第3話 謎の女
それよりも、レナードには気になることがあった。
レナードは自分の体を見下ろし、腕を動かしたりしながら観察していく。
(この肉体が俺のものだということはわかるが……あまりにも貧弱すぎる……)
かつての自分にあった剛腕は見る影もなく、今となっては少年の肉体であった。
(こちらの世界に来られただけでも幸運か。また鍛え直すのも一興よ)
肉体の変化を嘆いていたレナードだったが、すぐに気持ちを切り替える。
「そのぉ……本当に大丈夫ですか?」
「ぬ?」
いつの間にかローブの女性がレナードの近くに来ており、顔を覗き込んできた。
女性からふわりと香る甘い匂いに、レナードは顔をしかめた。
「あまり近寄るな。驚くだろう」
「えっ!? ごめんなさい!!」
レナードの言葉に女性は驚き、慌てて離れる。
その拍子に女性が深く被っていたフードがはだけてしまう。
さらさらな金色の髪に、澄み切った青い瞳を持った美しい少女だった。
年齢は十代後半くらいだろうか、整った容姿をしているものの、どこか暗い印象を受ける。
肌は白く透き通っており、シミ一つなかった。
(この女は……)
レナードは目の前にいる女性の人間離れした美しさに目を奪われる。
そのせいで、自分が女性へ何を言うかも忘れ、ただ見つめることしかできなかった。
「あ、あの……」
無言のまま立ち尽くすレナードに対して、目の前の少女がおずおずと声をかける。
「すまない。少々考え事をしていた。それで、お前はどうしてここにいるんだ?」
「先ほども言いましたがあなたの治療を……」
「本当に治療だと?」
「はい……受けていただけませんか?」
レナードは半信半疑の目で少女を見る。
この場に現れた時、少女は治療道具らしきものを何も持ってはいなかった。
それなのにこの少女が頑なに治療を行うと言い張っているため、どのように治療をするつもりなのかレナードは興味を持つ。
「いいだろう、治療してみろ」
「ありがとうございます!! ここへ座っていただけますか?」
少女は嬉しそうに礼を述べると、近くの椅子へとレナードを誘導する。
そして、少女もレナードの横に座り、膝の上に手を置いた。
「では、始めさせていただきます」
「ああ」
レナードが返事をすると、少女は両手をレナードの腹部へかざした。
「この者を癒せ……『ヒール』」
「なっ!?」
次の瞬間、レナードの腹部が暖かな光に包まれた。
同時に、体中を駆け巡るような心地よい感覚に襲われる。
「どうでしょうか……? まだ痛みはありますか?」
「……ない。お前、何をした?」
「はい、治癒魔法を使いました」
「魔法……これが魔法だというのか……」
魔法という単語を聞いたレナードは驚愕する。
その単語は詐欺や虚言を表す言葉であり、世界に存在するはずがないとレナードは考えていた。
だが、実際に魔法は存在し、自分の体に起きた変化は現実だ。
レナードはその事実を受け入れることができず、呆然としてしまう。
「あの……どうかしましたか?」
「いや……」
(魔法が存在する世界か……この体に移った時に知った事だが、実際に見るまで信じられなかったな……)
少女から声をかけられても、レナードはまだ混乱しており、まともに反応することができない。
しかし、いつまでもこうしているわけにもいかないと思い直し、状況を確認するために質問することにする。
「聞きたいことがあるのだが、名前を教えてくれ」
「私の名前は……ルミナリア……えと……アーガレインです」
「貴族か?」
姓を名乗ったルミナリアへレナードが問いかける。
すると、彼女は悲しげな表情を浮かべ、自分の足を見つめるようにうつむく。
「その……貴族の娘ではあるのですが……えっと……」
「なるほど。複雑な事情があるようだな」
「はい……その……」
「よい、何も言うな。それよりも、ルミナリア、俺に魔法を教えろ」
「魔法を……あなたへ? なぜ……」
ルミナリアはうつむいていた顔を上げ、レナードと目を合わせる。
レナードが真剣な顔で告げているのに対し、彼女の顔には戸惑いの色が浮かぶ。
「なぜ? 決まっている。俺は魔法を使えないからだ。だから、魔法を学ぶ必要がある。違うか?」
「えっと……レナードさんは魔法の天才なので私が教えられることは……」
「む? 俺が天才? ……そうか、魔法の才があったのだな……」
レナードは自分を納得させるように呟いた。
自分に足りないのは自らの体を理解することだと察したレナードは、ここから出るために立ち上がる。
「世話になった。俺は行かねばならぬ」
「え? 行くって……どこに?」
「鍛えるのだ。明日、大切な勝負があるのでな」
それだけを答え、レナードは大股で歩き出す。
そんな彼の背中をルミナリアは不安げに見送った。
◆◇◆◇◆◇◆◇
街の郊外。
教会のあった場所から少し離れた森の中にレナードの姿がある。
彼は大きな岩の前で屈んでおり、その拳を強く握りしめていた。
「はぁっ!!」
裂帛の気合と共にレナードが振り抜いた拳が岩に止められる。
(……やはりこの程度の力しかない)
岩を割る気で放った拳の方がダメージを受け、レナードは歯噛みする。
(この肉体は脆弱すぎる……)
レナードは改めて自分の肉体の弱さを実感した。
国包の肉体ならば、この程度の岩など気合を入れずとも簡単に砕け散った。
「……この世界の人間はこんな弱いものばかりなのか?」
レナードは独りごちりながら考える。
この肉体が元々持っていた強さはわからないが、何かしら今まで培ってきた技術は残っているはずだ。
しかし、その記憶を探っても武術の類の知識は一切存在しなかった。
「心が乱れておるな……よし」
レナードは焦る気持ちを整理するため、座禅を組み、精神統一を行う。
心を落ち着けようとしたとき、自らの体へ何かが入り込んでくる感覚に気づく。
(これは……魔素か? 自然から集めている……のか)
レナードの肉体に宿る國包の魂が、その身に眠る魔法の記憶を覗き始める。
そのおかげで、以前のレナードとしての記憶が脳裏に焼き付くような勢いで流れ込んできた。
数分後。
レナードはため息をつき、肩の力を抜く。
「なるほど……レナードよ、お前は魔法の鍛錬を行ってきたんだな。すまぬ」
レナードは座禅したまま、自らへ語りかける。
武術についてはまったくの無知だったこの体は、魔法に関して膨大な量の知識が蓄えられていた。
レナードをただの軟弱者と決めつけていた過去の自分を恥じる。
「お前の知識、存分に使わせてもらうぞ」
レナードは頭の中で、蓄えられていた知識を紐解いていく。
(この体が得た情報によると、魔法とは空気中の魔素と呼ばれる物質を利用し、事象を引き起こす行為らしいな)
レナードはこの体の持つ記憶を思い出しつつ、思考を進めていく。
(つまり、この世界には大気中に存在する魔素という物質があり、それを利用するのが魔法ということか)
この世界で魔法を行使するためには、体内の魔力を操作し、大気にある魔素へ干渉する必要がある。
そのためには高度な集中力と緻密なコントロールが必要となり、並大抵の者では発動できない。
(……俺ならこれを使った鍛錬ができる)
そう考えたレナードは、早速実行に移すことにした。
まずは、体内に存在する魔力を感じ取ることから始める。
目を閉じ、意識を自身の体へ向けるとすぐに違和感に気づいた。
「この妙に生暖かいもの……なるほど」
レナードは自分の体に纏わりつく熱のようなものを感じた。
その正体を探るため、自分の胸へ手を当て、魔力の流れを意識してみる。
すると、体の奥底に小さな火のような存在があることに気がついた。
「ふむ、これが俺の体か……よし」
記憶によれば、この火の存在をを大きくすればするほど体が強くなる。
体にくすぶる火を大きくする方法を知っているレナードは目を閉じ、ゆっくりと息を吐いた。
「コォォォオオオオ」
レナードはこの小さな火を燃え盛る炎とするイメージを思い浮かべた。
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