第2話 レナードの覚悟
すでに日は暮れており、空には月が浮かんでいた。
だが、その月に照らされる大通りを歩く人影は少ない。
大怪我をしているのにもかかわらず、レナードへ声をかける者はいない。
なぜなら、誰も彼に近づきたくないと思っているからだ。
腫れ上がった顔に青あざがいくつもあり、体中が痛む。
時折、口から漏れる息にはヒューという音が混じっていた。
「ここ……だ……やっとついた……っ」
レナードはフラつきながらも、ようやく目的地へとたどり着く。
そこには古びた教会があった。
「はは……神様に祈る場所もない……か」
教会の扉を開け、中に入る。
中には祭壇と椅子がいくつか置かれていた。
そして、一番奥には十字架が床に落ちて朽ちている。
(あんなやつに殺されるくらいなら僕は……)
十字架の真下に着いたレナードは力尽きるように膝を崩す。
天井を見上げ、瞳から流れる涙が頬を伝い、床に零れた。
「神様……もう僕は耐えることができません……自ら命を絶つことをどうかお許しください……」
懺悔するようにそう言って、レナードは胸元からナイフを取り出す。
震える手で、刃先を首筋へと当てた。
「天国の父さん……母さん……不甲斐ない息子でごめんなさい」
レナードは目を閉じて、一気にナイフを突き立てる。
「……っ!?」
次の瞬間、彼の手からナイフが弾け飛ぶ。
同時に、目の前へ黄金の光が集まり、巨大な光源となった。
「お前が死にたいというのなら、その体を俺によこせ!!」
「え……」
突然聞こえてきた声に、レナードは呆然とした表情で固まる。
レナードが惚けていると、光が収縮し、人の形をとった。
そして――。
「我が名は國包天平。お前が生を捨てるというのなら、代わりにこの世界を生きてやる」
現れたのは金色に輝く人間だった。
身長は高く、引き締まった肉体をしており、その腕はレナードの首よりも太い。
頭上に浮かぶ姿は威風堂々としており、まさに王と呼ぶにふさわしい男だった。
(なんだこれ? どういうことだ? だけど……もう僕は疲れた……)
状況が全く理解できないレナードだったが、深く考える気さえ失せていた。
自分にはもうこの世界で生きる希望や未来がなくなっているのだ。
(この人? が僕を必要としているのなら、喜んで身を差し出そう)
レナードが何も言わずに横たわっていると、國包と名乗った金色の男は首を傾げた。
「どうした? 死ねないのが不満なのか?」
(死ぬ……? ああ、そういえば僕……)
國包の言葉を聞き、自分が自殺しようとしていたことを思い出す。
しかし、その目的を果たすことができず、逆に國包と名乗る謎の存在が現れた。
「僕の体なら好きに使ってください。どうすればいいですか?」
自分のすべてを諦めたレナードは身を委ねるように目を閉じ、國包に判断を任せる。
國包はその言葉を聞くと、ニヤリと笑った。
「話が早くて助かる。では、最後にお前の望みを聞いてやろう」
「望み……ですか?」
國包の威圧感から、レナードはこのまま何もせずに消滅するのかと思っていた。
望みを聞かれたレナードが思い浮かべるモノは、自分を暴行した低俗な王族の顔だ。
「この世界は理不尽で溢れています……身分だけで区別し、弱者を虐げるような輩がばっこしています。だから、そんな世界を変えてください!! あと、魔法学校は卒業してほしいです……」
「ハッハッハッハ!!!! 死にかけだというのに要求が多い奴だ!!!!」
レナードが最後にボソッと恥ずかしそうに言うと、國包は高らかに笑う。
「だが気に入った!! 良いだろう!! その願い、この國包天平が聞き入れた!!」
その姿を見たレナードは、彼が神なのだと確信する。
レナードは生を諦めた自分に神が頼ってくれたことを心の底から感謝した。
「お主の名は?」
「レナード……平民のため姓はありません……」
「そうか。ならばレナードよ。お主はこれより死ぬが……何か言い残すことはあるか?」
「いえ……こんな世界を変えていただけるのであればなにもありません」
「カッカッカ!! よい答えだ!! では行くぞ!!」
國包の体が発光すると同時に、レナードの意識も薄れていった――。
――レナード。
彼は貧しい農村に生まれた。
家族は両親と妹。
彼は生まれながらにして魔力が高く、魔法の才能に恵まれていた。
その才は世界でトップクラスであったため、アデル中央国家にある世界で唯一の魔法学校へ入学することとなった。
魔法学校では身分に関係なく、誰もが平等に学ぶことができる。
そう期待を胸に入学したレナードを迎えたのが、身分による差別だった。
魔法学校に通う生徒の大半は貴族や豪商であり、それ以外のものは肩身の狭い思いをしていた。
そんな中、頭角を現したレナードは格好の標的となってしまった。
「なるほどな……」
廃墟の境界で身を起こしたレナードは先ほどまでと雰囲気が変わり、目つきが鋭くなる。
レナードの体へ自分の意識を移したとき、彼の記憶を覗いた國包は拳を握りしめた。
「レナードの意思は我が継いだ。これより我は國包天平の名を捨て、レナードとして生きよう!」
決意を固めた國包は過去の自分と決別し、この世界でレナードとしての人生を歩むことを決めた。
「さて、まずはここを出て……ん?」
横たわっているレナードの耳へ、教会の扉が押し開けられたギーッという音が届く。
「誰だ!?」
「ひっ!?」
警戒心をあらわにしたレナードは声を張り上げた。
すると、教会へ入ってきた人物が悲鳴を上げ、後ずさる気配を感じる。
「だ、だれ……です……か……?」
「むっ!?」
恐る恐るといった様子の声に、レナードは臨戦態勢を解く。
そこに立っていたのは、ボロ布のようなローブを纏う女性だ。
フードを被っているため、顔はよく見えないが、その体は小刻みに震えている。
「…………」
(なんだこいつは……なぜ俺を見て怯えている?)
「あの……その……ごめんなさい」
沈黙しているレナードを見て、女性は謝罪する。
(この女……一体なんの用でここに来たんだ? それにしても、こいつは……)
女性の姿を見て、レナードは違和感を覚える。
彼女の着ているローブは所々が破れているが、まったく汚れていない。
あえてボロボロに見せるための加工をローブへしているとしか思えないのだ。
(ここは女が一人で来るような場所ではない。となると、レナードを追ってきたのか?)
そう考えたレナードは女性がなにかを話そうとする前に口を開く。
「待て、お前は何者だ? ここへ何をしにきた?」
「あぅ……えっと……私は……その……あなたの怪我を……」
「怪我を?」
レナードの問いに対し、女性は俯きながら答える。
だが、今のレナードには怪我をした覚えはなかった。
「おい、怪我とはなんだ? 俺は怪我などしていない」
「えっと……そのお腹、とても痛そうですよ?」
レナードが言うと、女性はためらいがちに視線をチラリと下へ向けつつ、口を開いた。
レナードも下へ顔を向けると、赤く染まっている腹部が視界に入る。
「なるほど。これは先ほどの男に殴られた跡らしいな」
「えっ……あっ……ごめんなさい……」
なぜか怪我に気が付いたレナードへ女性が謝罪を行う。
彼女は申し訳なさそうな顔をして、うつむいてしまった。
しかし、そんな彼女に構わずレナードは話しかける。
「まぁ、この程度なら問題ないな」
「えぇ……でも、凄く腫れてますよ?」
(確かに少し痛みはあるが……この程度動くのに支障はない)
先ほどまでこの体が受けていた暴行の跡を眺め、レナードは鼻で笑った。
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