第14話
森のキノコは滋養効果が抜群で、オレは一串食べるたびに体に力が漲るのを感じた。腹が満たされると、ぼんやりしていた頭も少しずつ冴えてくる。火を消して立ち上がると、ゼファールと兵士たちが待つ村の入り口へ向かった。
村人たちの反応は様々だった。感謝の言葉を口にする者もいれば、迷惑そうに眉をひそめる者、悪態をついてくる者もいる。そんな中でオレはどう振る舞えばいいのかわからず、ただ俯いて歩いた。
村の出入り口に近づくと、トリントンとその父親、母親が待っていた。家族揃って頭を下げている。
「魔術師様……息子が大変なご迷惑を……」
「いえ、下手をすればオレのせいで村全体を危険に晒していたかもしれません。迷惑をかけたのは、むしろオレの方です。」
そう答えながら、俯いているトリントンの頭に手を伸ばして軽く撫でた。
「ごめんな、トリントン。」
少年は黙ったままだったが、やがて袖口で目元を拭い始めた。その仕草に胸が少し痛む。この先、この家族が村でどう扱われるのかを考えると、不安がよぎる。
父親と母親が少しだけ表情を和らげた。
「ですが、魔術師様のお力で家内の病が本当によくなりました。本当に感謝しております。」
「そうですか。それなら……よかった。」
そう答えたものの、どこか落ち着かない気持ちだった。振り返ると、トリントンの母親がそっと息子の肩に手を置き、その姿が何よりも「家族の絆」を物語っているように見えた。
「ガルストンさーん!なにをしてるんですかー?はやくしてくださいよー!」
ゼファールの無遠慮な声が背後から響く。せっかくの別れを台無しにされながら、オレは口をつぐみ、しぶしぶ兵士たちの列に加わった。やがてぞろぞろと集団が動き出し、オレもその流れに紛れて歩き始める。
「また……また森に遊びにいこうぜ!」
突然、トリントンの大きな声が背中を突き抜けた。思わず足を止めて振り返ると、彼がこちらに向かって全力で手を振っている。
オレは迷わず手を挙げ、大きく振り返した。
「またな!」
その一言だけが、今のオレにできる精一杯の答えだった。
◇◆◇◆
村を出ると、異様な光景が広がっていた。そこにはなにかが「通った」痕跡が山に向かって一つに伸びていた。大地は無慈悲に裂け、木々は根こそぎ倒され、破壊された岩が散らばっている。その跡は、まさしくガルストンの放った魔法が通った証だった。
ガルストンは目の前に広がる光景をじっと見つめた。彼の魔法の力が、まさにこの大地に深い爪痕を残している。魔術の力で大自然の秩序を乱すことができるという事実が、今さらながらに胸に迫ってきた。
ゼファールが肩をすくめて見せた。
「その様子だとあの時の魔法がこんな形で影響を残すとは、思ってもいませんでしたか?」
ガルストンは少し間を置いてから、気まずそうに頷いた。
「思ってもみなかった。まさか、こんな形で……」
「まあ、魔法というものは予測不可能ですから。」
ゼファールは余裕を持って笑った。
「でも、これでまた新たな道が開けたってことです。」
ガルストンは無言でその跡を見つめ続けた。自分の魔法が引き起こした結果を目の当たりにし、少し重い気持ちになった。だが、その背後でゼファールがまた軽口を叩く。
「いやーあなたのおかげで一石二鳥でした。山の開通はご覧の通りですし、あの女もいなくなったことですし 」
「あの女?」
ガルストンは歩みを止めた。あの女、と聞いてこの兵士たちとの共通項として思いつくのはただ1人しかいない。
その言葉に、ガルストンは驚いた表情でゼファールを見た。
「あの女?ってまさか……あの時の魔法に、サタナチアが……」
ゼファールはニヤリと笑う。
「あ、気がついちゃいました? そう、あなたの魔法があたったのは、あの女の拠点だったんですよ。」
ガルストンはしばらく言葉を失った。予想外の展開に、頭の中で計算が狂っていくのを感じた。あの女、サタナチアがその時すでにその場所にいたとは。まさか、自分が放った魔法がそうした結果を生むとは、夢にも思っていなかった。
ゼファールはその反応を楽しむかのように、わざとらしく肩をすくめる。
「まあ、計算外でしたね。でも、これで打首から免れたわけですし」
「……」
ガルストンはその後も黙って、その光景を見つめ続けた。彼の中で色々な思惑が渦巻いていたが、今はただ目の前に広がる荒廃した光景に圧倒されていた。
◇◆◇◆
ゼファールとその兵士たちの列は、やがてガルストンが開けた山の大穴付近にたどり着いた。
目の前に広がるのは、山が魔法の力で引き裂かれた光景だ。岩石や地層は巨大な力で削り取られ、無惨に崩れた跡がそこかしこに見られる。ガルストンが放ったドリルの魔法によって、山の一部が貫通され、その力強さが大地に深い傷を刻んでいる。山肌はひび割れ、巨大なドリルが直接突き刺さった跡が広がっていた。
あまりの壮絶さに、兵士たちは言葉を失った。誰もがその光景に圧倒され、無言のまま進んでいった。
一同はその穴を通り抜け、王都へと向かうべく歩き出した。穴の中にはひんやりとした空気が漂い、無音の中で静寂が広がっている。だが、進むべき道はただひとつ、崩れた山の中を貫通する大穴を目指して、全員が足を進めた。
オレは居心地の悪さを感じた。無言で歩く兵士たちの間に、静かな緊張が漂っている。その視線は、間違いなくオレを見ているのがわかる。言葉にはしないまでも、疑念や警戒、あるいは期待のようなものが、目の奥に滲んでいるのを感じ取ることができた。
進む道はまだ長い。しかし、オレの足取りは重く、周囲の冷たい視線が心にのしかかっていた。
「おやおや。元気がないですね、ガルストンさん」
ゼファールの腕がぐわっと首に巻きついてきた。その圧迫感に一瞬息が止まり、思わず体をよじって腕を払い除ける。
「やめろよ! 会ったばかりなのになんでそんなに馴れ馴れしいんだよ」
ゼファールはにっこりと笑って、さらに力を込めようとしたが、オレの怒りの視線に気づいてやめた。
「そんなこと言わずに、魔術師同士仲良くしましょうよ~」
「魔術師…。お前も魔術師なのか?」
オレはしばらくゼファールを見つめた。どう見ても魔術師に見えない。食べ物を求めてうろついているのは、どう考えても普通の人間だろう。
「ええ、こう見えてもボクはエリート魔術師なのですよ」
ゼファールが胸を張ったが、オレは不安そうに目を細めた。魔術師の姿がまったく想像できない。あの食欲は、どう見ても魔術師のものじゃない。
「ああ、魔術師とはいえ普通の人間よりかは食べますが、それも魔術を使う時だけですよ。あなたみたいに四六時中食べ物を探し回る飢えた獣とは違って」
「なんだよ、飢えた獣って!」
ゼファールは、ちょっと得意げに肩をすくめる。
「それだけあなたが規格外ということです」
オレは思わず顔をしかめたが、ゼファールのあっけらかんとした表情に、どこか呆れてしまう自分を感じた。
だが、ゼファールとのやり取りですこし気分が晴れるような気がしたのも確かだ。人1人を死に追いやった首謀者に慰められるのも変な話だが……。
「ま、そこまで気が病むことはありませんよ。いままでサタナチアに首を切られた人間がどれほどいると思ってるんですか?上の人間が手を焼くからこうしてわざわざボクが出向いて……」
「ちょ、ゼファール隊長!」
ゼファールのおしゃべりに背の低い兵士トーマスが遮るように叫んだ。
「あなたのやったことはこれから未来で彼女に首を切られる人間の命を救ったのです。……胸を張って堂々としていてくださいよ」
軽薄な男が他の人間を慰めるのをトーマスは初めて見て驚いた顔をした。
一同が今にも崩れそうな山の上を通過すると驚くような光景が広がっていた。
道の端で二つの大きな岩石が揃って並んでいた。その見事なまでにつるりと滑らかに磨かれた岩肌に見る者にあるものを連想させた。
(おっ◯いだな…)
(似ているな…)
(誰もなんも言わないけど、絶対そうだよな…)
(あれはお◯ぱいだな…)
ちょうどガルストンがその前を歩くと、ぴたりと足を止めた。彼の目には驚異的な魔力で岩をぶち抜いた希代の魔術師という肩書がふさわしくないほど、深淵な表情が浮かんでいた。
ガルストンは、目の前の滑らかな二つの岩石をじっと見つめた後、何かを探すように視線を地面に落とした。その目線がふと止まり、比較的綺麗な石を見つけると、それを手に取ってそっと岩石の前に置いた。
その行為は、まるで転生前の日本人が自然の中に息づく神聖なものに対して行うお供えのようだった。山の中に生まれた美しいものに対して、敬意と感謝の気持ちを込めて手を合わせる行動だ。
(え、なんで?)
(なんか意味あるのか?)
(オレもやったほうがよいのかな……)
小銭を清らかな場所に置く日本の風習のように、ガルストンは無言で岩石の前に静かに手を合わせ、深く一礼した。自然の力に対する畏敬の念がその所作に込められているのが、誰の目にも明らかだった。
(よくわからないけど、やっておこう)
そしてそれを見ていた兵士たちがぞくぞくとガルストンの積み上げた石にさらに石を置いた。
その石の上にまた石が置かれる。
二つの岩石の前に徐々に積み上がっていく小石たち。やがてそこは『女神の乳房』という名の下に家内安全・安産祈願の名所として近郊の村々のお参りスポットとして栄えていく。
人々が積み上げれる小石には信仰の祈りが込められた。
そして……人々の祈りの力を糧として二つの岩石の下に眠る“あるもの”が静かに、だが確実に脈動し始め、それが再びガルストンを騒動に巻き込んでいくのだが……それはまた別の話にしておこう。
異世界転生フードファイトバトル あじのこ @ijinoko
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