第13話
オレは村の広場から山を貫通した穴から太陽が上るのを見た。空はオレンジから薄紫へと移り変わり、山の向こうに広がる光景は言葉にならないほど壮大だった。
でも、その壮大さが今はただ、胸を締めつける。
「やっちまったな……」
思わずこぼれた言葉に、返事はなかった。誰も近寄らず、誰も話しかけてこない。ただ、この世界が静かにオレの仕業を見つめているような気がして、居心地が悪い。
そんな沈黙を破ったのは、やけに能天気な声だった。
「いやー、すごいよ!これは歴史に残る偉業だね、ガルストンさん!」
「偉業って、これ……どう考えても破壊だろ」
振り返りもせず、オレはぼそりと答えた。ゼファールの無責任な口調が逆に刺さる。
「ところで、ガルストンさん!」
またゼファールだ。
振り返ると、彼が満面の笑みを浮かべ、腕を広げて立っていた。その仕草にオレは嫌な予感しかしない。
「……なんだよ?」
ゼファールは一歩前に出ると、にやりと笑いながら指を突きつけてきた。
「キミ、拘束するね⭐︎」
「……は?」
一瞬、オレの頭は真っ白になった。
コイツはなにを言っているんだ?オレはいまこの村を打首好き女から守るために色々あれこれしてたんだぞ。……まぁそもそもの原因がオレにあるんだが。
「いやー、山も貫通したし、村人も救ったしめでたしめでたしなんだけどさ!」
ゼファールは軽い調子でそう言いながら近づいてくる。背後には兵士たちがジリジリと距離を詰めてくるのがわかった。
「お、おい、待てよ! なんでそうなるんだよ!」
オレが慌てて立ち上がると、ゼファールは楽しそうに肩をすくめた。
「まあまあ、気にしない気にしない。安心して、君を悪く扱うつもりはないからさ!」
その笑顔が全然安心できないんだよ!と思いつつも、オレは身構えるしかなかった。
「拘束すると言っても、本当に身体拘束はしないよ」
「なんじゃそりゃ」
「ただこんなことになってしまったので、ボクらも上に報告しなけりゃならないんだ。とはいえ、紙一枚の報告書で山に穴があきました!(それと上官もすり潰されました)なんて証拠でもなければ信用してもらえないだろう?」
ゼファールがにこやかに言い放ち、その隣ではゼファールよりもだいぶ背の低い兵士が見守っていた。
ガルストンはただ呆然とその言葉を聞いていた。
「いや、まぁそうかもしれないが……それで、オレになんの関係が……」
「そう!山に開いた大穴と、キミの素晴らしい魔法の成果をボクらの上官に説明して欲しいんだ。キミも大人なら社会的なあれこれ色々あるってわかるだろう?協力してくださいよ!」
ゼファールは両手を広げ、ガルストンの肩をぽんと叩いた。その言葉に、ガルストンは一瞬納得しかけたが、疑惑の眼差しを向けた。
「いや……まて。、ほーーんとうに報告のために協力するだけで済むのか?」
ゼファールはコイツ無能のガルストンのくせに意外と疑い深いなと思いつつ軽く肩をすくめながら、少し楽しげに言った。
「大丈夫大丈夫。ボクに任せて貰えば心配なんてなーんにもない」
その口調が妙に白々しく、ガルストンは思わず肩をすくめた。
「お前、こんなこと言ってるけど、どう見てもそれだけではないって顔してるじゃねえか……」
「あはは」
その様子を見ていたトーマスは、ついに我慢できなくなって、ため息をついて小声でそっと話しかけた。
(隊長。あんた、どんな神経してるんですか……)
(え?どうしてさ?どう見ても能力のある魔術師を公権力を駆使してスカウトしているだろう?これは国益さ)
(あんな超弩級魔術師、王国四天王クラスじゃないですか。……それに国王陛下の土地にあんな大穴あけて、間違えば国家反逆罪モノですよ。)
ゼファールは軽く笑いながら、手をひらひらと振った。
「国王陛下ね!ははっ!それには気がつかなかったな。確かにこれは気分がいい!」
トーマスはゼファールの言い方に、呆れを通り越して感心した。
「あなたのこういう時に出てくるセリフ。一体どこから出てくるのか……感心しますわ……」
ゼファールは無邪気な笑顔を浮かべて言った。その笑顔に、トーマスはますます呆れて頭を抱えた。
「そ・れ・に」
ゼファールはそっとガルストンの耳元で囁いた。
「そもそもアナタ、明日からの食糧はどうされるんですか?このまま村の世話になるわけにもいかないでしょう……?」
オレは完全に失念していた。
そうである。先ほどあれだけ食べたというのに、この体には魔力の塵ひとつ残されていない。魔法を使うどころか、もはや地面に膝をついたまま逃げ出すことも叶わなそうである。
「そ、それは……これからこの村で働いて……」
「ガルストンさん、食糧というのは一朝一夕に出来上がるものではないのですよ?食糧が出来上がるまで村人を植え続けさせるんですかぁ?」
「ううっ……」
そばで聞いていた背の低い兵士がもう我慢ができなくなったのが、ガルストンを追い詰めるように顔を近づけていたゼファールを引き剥がし、背の低い兵士はガルストンに向けて言った。
「ガルストンさん。この人は性格が悪く小根の腐った上司ですが、言っていることは一理あります。あなたがこの村に残っても、おそらくこの村はあなたの必要とする食事を用意することは難しいでしょう」
「トーマス君?さらっと私の悪口を挟んでいないかい」
「事実なので悪口には入りません」
会話を聞いていた村長がううっと下を俯いた。ガルストンは胸が痛くなり、なるべく村長の方へ視線を向けないようにした。
「それに、仮にあなたがここに残ったとしても、国民には例外なく違法に魔力を行使した人間を国に報告する義務があります。いずれ、あなたは王都へ召喚されることになるでしょう」
「そんな……」
「こんなこと言いたくはありませんが、国への報告を怠った場合には例外なくその場で打首です。あなたも村人も……」
打首……。再び聞くとは思っていなかった言葉にオレは思わず両手で首を押さえた。
なんなんだ。なんなんだよ。
「あーあ。トーマス君が脅かすから怖がっちゃったじゃない」
ゼファールははぁとため息を吐くと、背の低い部下の肩に腕を置いた。
「ま。そうはなりたくないでしょう?」
「ボクらに協力してくれればよいんです」
ゼファールは目尻を吊り上げ、口角だけが嫌味に歪ませて悪魔的な笑みを浮かべた。
オレは目の前の悪魔の提案にどうすることもできずに項垂れて、同意するようにこくりと頷いた。
「……でも、いいか。お前らが変なことしようとしたり、約束を破るようなことがあればさっきみたいな、その……すごい魔法を使うからな!」
オレは最大限、睨みを効かせるように凄んでみせたが、ゼファールは場慣れしているのか、「はいはい」と気の抜けた返事をして、そのまま背を向けて歩き出した。
「のんびりしてる時間はありませんよ。さっさと出発しましょう。ガルストンさん、別れの挨拶とかあるなら、手短に済ませてくださいね。」
ひらひらと手を振りながら去っていくゼファールの背を見送り、オレはようやく地面から立ち上がった。足元はフラフラだ。なんでもいい。もうこの際ネズミでも構わない。何か食べなきゃ……。
そう思った瞬間、目の前を誰かが駆けてくる気配がした。――トリントンだ。
「……はぁ、はぁ……森で、いま取ってきたんだよ」
トリントンが両手で抱える籠には、たくさんのキノコが詰まっていた。まだ摘みたての湿り気が残るそれは、まるで宝物のように見えた。
「村中の食い物は全部、あんたが食っちまったからな!」
「す、すまない……こんなにたくさん……」
「いいから早く焼けよ!……時間が、時間がないんだろう!!」
その言葉に、胸の奥がぐっと締め付けられた。トリントンの声は少し荒いけど、その顔には焦りと、ほんの少しの照れくささが混じっている。オレは思わず笑ってしまった。
「……ありがとう、トリントン」
そう言って手を伸ばすと、トリントンは「あんまり調子に乗るなよ」とそっぽを向きながら籠を押し付けてきた。その不器用さがなんだか嬉しい。
オレは手早く枝を集めて火を起こし、キノコをそのまま串に刺して焼く。香ばしい匂いが漂い、じんわりと胃の奥から生き返るようだった。
ふと空を見上げると、少しだけ雲が切れて、薄い光が差していた。
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