第12話
やった……。オレはやった、やり切った。
オレは魔法のドリルが消失すると同時に膝を地面についた。ほとんど崩れ落ちるように。
全身が震えている。疲労感と達成感が同時に押し寄せ、息が荒くなるのを抑えられない。指先は痺れ、足は震え、汗が止まらない。それでも、ガルストンの顔には達成者の誇りが浮かんでいた。
目の前には、自分の力が刻み込んだ巨大な証――山を貫通した途方もない大穴。そのスケールにガルストン自身が言葉を失うほどだった。
「……こんなことが、できるんだな……」
自嘲にも似た笑みがこぼれる。自分がここまでの魔力を持つ者だとは、転生前の平凡な大食いヤロウの人生では夢にも思わなかった。
足元の土を握りしめ、彼は静かに呟いた。
「すこし……やり過ぎたかもしれねぇけど……これで、打首は免れたんじゃないか?」
オレが振り返ると村民も村長も、トリントンも父親も、そしてゼファールとトーマスもあまりの出来事に硬直していた。
やばい……。やり過ぎた!?いや、加減がわからなかっただけだ。そんな言い訳が頭をよぎるが、それが通じる気がまったくしない。
村長の肩が震えている。オレはその様子を見た瞬間、小さい頃の記憶がフラッシュバックした。
祖父にこっぴどく怒られた、あの日の夕方だ。なぜか、似ている。いや、今のほうが数倍怖いかもしれない……。
(これ、絶対怒られるやつだ!!)
頭の中で叫びながら、オレは恐る恐る口を開こうとしたが、その前に村長が深く息を吸い込み、震える声で言った。
「……ガルストンよ……お前は本当に……」
怒られる、怒られる、怒られる……!
「すごいことをやってくれたなぁぁぁぁ!!!」
村長の怒りどころか、まさかの感嘆の声だった。それを聞いた村民たちも次々に我に返り、拍手喝采が湧き上がる。
「えっ……?」
予想外の展開に、オレは思わずぽかんとした顔で固まってしまった。横を見ると、ゼファールが薄ら笑いを浮かべながらポンと肩を叩いてきた。
「ガルストン君、君には才能があるねぇ。僕は君との未来が楽しみだよ」
「……やっぱり怒られたほうがマシだったかもしれん」
オレの心の声は、誰にも聞かれることなく消えた。
◇◆◇◆
「あーあ……。隊長殿、あれ……」
トーマスは双眼鏡を覗き込みながら、ぼそりとつぶやいた。
目の前には荒れ果てた大地と、巨大な穴を中心に舞い上がる土埃。つい先ほどまで、そこにはサタナチアの野営地が存在していたはずだったが、いまやその痕跡はどこにも見当たらない。
「……ありゃ完全に消し飛びましたね」
隣に立つゼファールが腕を組みながら、静かに息をついた。その表情には、どこか満足げな色が浮かんでいる。
「まぁ、作戦成功ってことでいいよね。兵士たちを避難させておいて正解だった。サタナチア一人だけなら……まぁ、多少、消えても問題ないだろうし」
ゼファールの軽い言葉に、トーマスはこめかみを押さえた。
「多少どころじゃなくて、完全に跡形もないんですけどぉ……」
「それにしてもすごいなぁ、あれだけの威力。あれが“無能ガルストン”だって?思った以上にやれる男じゃないか。よし、この勢いで誑かしてボクの戦力に加えよう!」
「また悪いこと考えてるな……」
トーマスはゼファールを冷めた目で見やったが、上司は全く気にする様子もない。
一方その頃。
ガルストンは地面に膝をつき、肩で息をしながらぼんやりと遠くを見つめていた。その視線の先には、山に開いた巨大な穴と、舞い散る土煙。
「やっちまった……やり過ぎだ……」
自分の手から放たれた魔法がここまでの破壊をもたらすとは予想していなかった。けれども、彼が破壊したのは山と野営地だけではなかった。そこに陣取っていたサタナチアまでもが、ドリルの回転に巻き込まれ、完全に消失してしまっていたのだ――しかし、その事実をガルストンはまだ知らない。
「でも……誰も死んでないよな?」
ガルストンは自分に言い聞かせるようにつぶやいた。彼の中で、この破壊はあくまで“無人の野営地”を吹き飛ばしただけのことになっていた。
「ともあれ打首にならずにすんだ!」
立ち上がり、自分を奮い立たせるガルストン。その姿を遠目で眺めていたトーマスは、ゼファールに向かってぽつりと呟く。
「……あいつ、もしかしてまだサタナチアをやっちゃったこと気づいてないんじゃないですか?」
ゼファールは肩をすくめてにやりと笑った。
「いいんじゃない? いま知ったら、彼人が良さそうだからしょんぼりしちゃいそうだし」
その場に漂う緊張感のない空気に、トーマスはひとり頭を抱えた。
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