太っちょサンタ、人肌脱ぎます

成規しゅん

太っちょサンタ、一肌脱ぎます

 飾り付けられたミニミニサイズのクリスマスツリーの下、ぼてっとしたイチゴが乗せられた小さなカップケーキとともに置かれていた、見るからに美味しそうな手紙。ずずっと唾液を啜る。


 クリーム色の便箋をぱたっと開く。そして1文字ずつ熟読していく。



[さんたさんへ


 さんた さん 

 ぼくのさ おねがい きいてくれるよね?


 ぼくは いいこ です

 みーちゃんのおせわ も 

 ままの おてつだい も 

 がんばってます 

 だからね おねがい きいて


 1 ぼくがつくた まずい けえきたべて

 2 おもしろいこと して

 3 ぼくを わらわして

 4 あとさ おどって みて

 5 どうが みたいな


 ぷれぜんと はいらない から 

 どうか おねがいします

 

 ぼくは さんたさん のこと だいすき!


                  けいた より]


「ククク……、うっははは」


 文字が反転していたり、妙な隙間があったり…。5歳児が書いた、ひらがなだらけの可愛らしい手紙。ただ、内容は酷だし、一癖も二癖もある。ただ、男の子がサンタのワタシにやって欲しいことを頑張って書いてくれたことだけは犇々と伝わっている。


パティシエ(修行を含めて2年間)と芸人(学校を含めて1年間)と、おもちゃ会社企業で勤めた時代(3年間)の血が騒ぐぜ。


「よぉーし、いっちょやってやりますか」


  サンタ歴2年と3カ月の太っちょサンタ、

  この子のために一肌脱ぎます。


 まずは、わざわざ「まずい」と教えてくれているカップケーキをひと口で……、


「うっ、、、ぐふっぅ」


嘘でも悪戯でもなく、カップケーキは本当に不味かった。イチゴはぐじゅぐじゅで酸味しか感じられず、生クリームは甘くも何ともない。ケーキの生地はパッサパサで、噛むごとに口の中の唾液がだんだんと失われていく。


「うはっ。ぐふっ」


今にも吐き出したいと思えるほどだったが、我慢してゴクリと飲み込む。後味もクッソマズイ。最悪だ。見た眼は美味しそうなのに。どうやったらこんな味のカップケーキができるのか、不思議でしかない。


見習いのパティシエだろうが、ここまで不味いケーキを作る奴はいないだろう。これは、ある意味で神様がこの子に与えた才……、いや、待てよ、大体、このカップケーキ、親と一緒に作ってるよな、だとしたら、親子ともども味覚が狂っているのか。あ、これ以上は悪口になるから黙っておこう。


サンタ先輩に、どんなケーキだろうが食べること、と口煩く言われてきたが、ケーキが毎回美味しいとも限らないから、そのことを各先輩たちが守っているとは思えないし、その約束を忠実に守ってこんな思いをするなんて……、あぁ。



 次は面白いこと、か。うーんっ、いいやっ、残り4つのお願い事も一緒に済ましちゃえ。時間もないことだし、まとめて終わらしたほうが楽じゃ。


5歳の男の子が見ただけで面白いと笑ってくれるもの……、なおかつワタシの正体がバレないもの……、絵本でも……、あぁ、そうだ、この子はプレゼントがいらないんだった。子供らしくないというか……、ハハハ困ったもんだぜ。


次の子供のところにも行かなければならないのに、アイディアが何も降ってこない。これじゃあ元芸人としては失格じゃないか。それに、おもちゃ会社で働いた期間も無駄じゃないか。


 今ワタシがいるこの地区は、難アリなお願い事をしてくる子供が多いことで有名だった。だから数多いるサンタの中でも、熟練者や信頼度が高いサンタが担当することになっているのに、『今年はオマエ、あぁ、太っちょサンタに任せたぞ。』って。あぁ、もうっ! 偉い人たちの意地悪! いつか見返してやる!


 こうなったら、手紙の最後に書いてるように、動画を残すしかなさそうだ。


おいおい、困ったもんだぜ。さては、サンタがどんなどんなお願い事でも聞いてくれると思っているな。地頭がいいというか、ズルいというか。親は一体どういうことを教えているんだよ。でも、最新のスマホがあるということは、カネはある家なんだろうな。


 スマホの電源を入れ、カメラを起動させる。画面に映し出されたのは、みっともない1人のオジサンサンタのワタシ。第二ボタンが今にもはち切れそうになっていて、サンタ帽と髪の毛の間から滝のような汗が流れている。ベルトで締め上げられた腹は、まさにだらしなさの象徴でしかない。


 子供たちが想像する優しいおじさんと言うよりは、ただの太っていて汗かきなオジサン。こんな姿を生で見られたら恥ずかしいったらありゃしない。ただ、画面を通した先では笑ってもらえるはず、だよな。こりゃあいいや。


録画開始ボタンを押す。体でリズムを刻み、5歳児が好きそうな動きをする。笑ってもらえればそれでいい。芸人としては本望だ。ただ、スベったら完全なる恥晒しで、芸人としては終わりだ。そして、ワタシは無心で30秒ほど踊り続けた。1年間かけて整えてきた髭にもしょっぱい水滴が付き、背中はジメッとした汗でベタベタ。冬なのに、不快でしかない。


 ただ、まだ帰れない。今手元にあるのは、袋に入っているたくさんおおもちゃたち。これを全て運ぶまでは、ホームに帰宅することが禁止されている。帰りたくても帰れないなんて。


 聞いていた話では、サンタの仕事としては、用意された茶菓子を食べ、要望のプレゼントを、正体がバレないように置き、最後に手紙を食べるだけで終わりだ。なのに、この子は……、くそっ。



 仕方ない。さぁ、最後の仕上げといきますか。


どんなお味をしていても、手紙をもらったのならサンタからのお礼も必要だ。ここで再びスマホを立ち上げ、顔から下を写し、録画開始ボタンを押す。


「けいた君! どうもぉ~、サンタさんですっ! キミが書いてくれた5つのこと、全部叶えましたよ。だからね、サンタさんからのお願い事も守って欲しいんだ。


①動画は誰にも見せたら駄目なこと

②たとえ、ワタシが誰か分かったとしても、その存在を探さないこと


よろしく頼んだよ。


あと、これはお願い事にはなかったけれど、君には特別に美味しいカップケーキのつくり方を伝授してあげる! 料理をするときは、必ず大人の手を借りてね。じゃあ、説明していくよ! まずは、下準備として――


――最後に、真っ赤でツヤッツヤの、傷んでいないイチゴを乗せれば完成さ!


ぐふふっ


君にはね、どうしても美味しいカップケーキを作って欲しいんだ。こんなまずいカップケーキを食べるのは、もう懲り懲りだからね。それに、不味いものをお友達、サンタさんに食べさせるのだけは絶対にやめてね。君が作ったものを他人に食べさせることは、残酷なことをしているってことだから。


ワタシがどんな思いでこのカップケーキを食べたか分かるかい? 特別な訓練を受けているサンタさんだから食べられたけどね、イチゴは完全に傷んじゃってるし、ケーキの生地もパッサパサで、飲み込むのすら大変だったよ。


5歳の君には酷い言葉になるけど、ワタシは嘘を言えないサンタなんだ。そもそも、君だって、サンタが嘘つきなのは嫌だろう?


来年以降、君の家に来るサンタさんのために、もっと美味しいデザートを用意するんだよ。それに、他のサンタさんたちを困らせないためにも、次はもう少し簡単なお願い事で手紙を書いてね。


以上、太っちょサンタでした。ばいばい」



  よし。これでミッションは全て成功だ。


「いただきます」


ひらがなだらけの手紙をむしゃむしゃと頬張る。この子が書いた手紙は、サンタ歴が浅いワタシにとっては、ほろ苦いを通り越して、カカオ80%ぐらいの苦さだった。


「ごちそうさまでした」


   太っちょサンタ、

   一肌脱がせていただきました。


 さぁ、長い長ーい今日が終われば、新しい転職先を見つけないとだなぁ。もう、サンタクロースはやりたくない。辞職届には何て書こうかしら。ワタシはやっぱり、何をやっても長続きしないようだ。ほほほ、次は、そうだなぁ、テーマパークに出没するハロウィンのお化けにでもなろうかしら。うはは、夢は膨らむばかりだぜ。

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