賢者遊戯
下空景
第1話 夢
「俺が勇者で、おまえが賢者になるんだ! そして俺たちで、最強のパーティを作ろう!」
幼馴染のサンがそう言ったのは、7年前、僕らがまだ8歳だった頃のことだ。あの日、孤児院の庭で木剣を振り回しながら語る彼の姿が、今でも瞼に焼き付いている。
それがどれだけ無謀で、手の届かない夢に思えたか――。少なくとも、僕にとっては。
サンには、それを言えるだけの理由があった。孤児院で一番強くて、頼れる存在で。剣の腕もずば抜けていて、大人たちからも一目置かれるほどだった。彼の「勇者」という言葉は、いつだって自然に彼自身と重なっていた。
でも、僕は違った。
僕は魔法の練習をやっていたのだが、できたことといえば、唯一扱える「引き寄せの魔法」を応用した「カードを浮かび上がらせる魔法」や「コインを消す魔法」のような娯楽ばかり。派手な攻撃魔法も、誰かを癒す回復魔法も、僕にはできなかった。そんな僕が、賢者なんて大層な存在を目指すなんて考えたこともなかった。
だけど、サンは笑ってこう言う。
「お前、魔法で遊ぶの好きだろ? ならこうも考えられないか? これからやるのは人生を賭けた一度っきりの大遊びだ。田舎の孤児院出身の俺たちが英雄に成り上がり、世界に名を轟かせるっていうな!」
その言葉は、僕の心の奥深くにまで響いた。全身に電撃が走るような感覚だった。そんな挑戦、
「絶対楽しいに決まってるじゃん」
そう答えた僕の言葉は、あの日から一度も変わっていない。
今振り返れば、多分これが僕の人生の転換点だったんだと思う。
――――――
「ここにタネも仕掛けもないコインとグラスがあります」
孤児院の一室。薄暗い光の中で、僕は子供たちの視線を一手に集めていた。右手には小さなコイン、左手には透明なグラスを持ち、その動きをゆっくりと見せつける。
「さて、このコインをこのグラスの中に貫通させてみましょう」
僕の声に子供たちの目がさらに輝く。右手のコインをそっとグラスの底面に近づけ、軽く触れたその瞬間、コインは吸い込まれるようにしてグラスの中へと入った。
「どういうこと!?」
「ハルすげー!」
歓声と驚きの声が飛び交う。
正直なところ、これは単純な魔法だ。大人が見れば、ただのそういう現象が起こる魔法と解釈するだけで興味を持つことはないだろう。この手のプロならば、魔法と知られた上でも、楽しませられるのだろうが。
それでも彼らの純粋な反応に、僕の心も自然と温かくなった。この瞬間のために、僕は遊びのような魔法を覚えたのかもしれない。
子供たちの賑わいが落ち着きだしたとき、部屋の扉が勢いよく開いた。
「ハル、大事なものが届いたぞ!」
サンが封筒を二つ手にして、興奮気味に立っている。
「大事なものって?」
「もちろん勇者学園の合否通知だ!」
その言葉に、僕の心臓が一気に高鳴るのを感じた。ついに来た、僕たちの未来を決める知らせが。
勇者学園――それは魔物などの脅威に立ち向かうための才能を育てる機関だ。ここでの成績次第では、「勇者」や「賢者」といった名誉ある称号を得られる。僕もサンもその未来を信じ、つい先月に試験に挑んだ。
「ほら、ハルの分だ」
サンが手渡してきた封筒は、いつもよりずっしりとした重みを感じる。中にある小さな紙切れ一枚が、これからの人生を左右する――そう思うと、手が少し震えた。
「ありがと」
僕はそばにいた子供にグラスとコインを渡し、封筒を慎重に持ち直す。差出人欄に記された「勇者学園」の文字が目に飛び込む。それだけで鼓動がさらに速くなるのが分かった。
「よし、いよいよだな。ハル、いいか? せーので開けるぞ!」
サンの声は弾んでいて、自信に満ち溢れている。僕の緊張を打ち消そうとするかのように、明るい笑顔を浮かべているのが目に入った。
「せーの!」
その掛け声と同時に、僕たちは封筒を破る。中から取り出した紙には細かい文字がぎっしりと記されていた。その中で、一際目立つ大きな文字――
「合格」
僕はその二文字をじっと見つめた。胸の奥がじんわりと熱くなる。
「俺もだ!」
サンの声が響き渡る。彼が見せてきた紙にも、同じ二文字が力強く記されている。
「本当に受かったんだ……」
安堵と喜びが同時に押し寄せてくる。こうして二人とも同じ結果を手にできたことが何よりも嬉しかった。
「な、言っただろ! 俺たちはやれるんだよ!」
サンが笑いながら拳を振り上げる。僕もつられて微笑んだ。
「おい、ほかにも何か書いてあるぞ。入学生全員の戦闘時の役割をわかりやすくするため、ロールを決めるんだってよ。俺は戦士だとさ。ハルはどうだ?」
サンがそう言いながら、自分の通知書を誇らしげに見せてくる。その笑顔には、彼が戦士というロールに満足しているのがはっきりと表れていた。
僕も自分の通知書を再度確認し、ロールの欄に目を通す。そして、その内容に一瞬言葉を失った。
「……なんだこれ?」
「ん? どうした?」
サンが僕の合格通知を覗き込む。しばらくして、彼もロールの欄に書かれた文字を見つけたようで固まり――次の瞬間、大声で笑い出した。
「ぷっ……はははは! お前、本当にすげえな!」
「なんで笑うんだよ」
「いやいや、これ笑わずにいられるか! ロールが遊び人って、なんだよそれ。やっぱハル、お前最高すぎるだろ。まじで腹痛ぇ!」
サンは腹を抱えて笑い続ける。その様子を見て、僕はため息をつきながら通知書を見直す。
――確かに、僕のロールには「遊び人」と記されていた。
魔法使いでも僧侶でもなく、遊び人。戦士や武道家と並んでこれが「戦闘時の役割」だというのだろうか? 確かに僕の魔法は遊びに使えるものばかりだけど……戦闘時も遊べってことなのか?
「くっ……いや、悪い、つい笑っちまった。けどさ、ハルの実力が正しく評価されたからこその合格のはずだからな。その『遊び人』も、実はすごいロールかもしれないぞ?」
サンが肩を叩きながら、少し真剣な表情で言った。その言葉には彼なりのフォローが込められているのが分かる。
「だといいけどね。……まあ、合格には変わりないしとりあえず喜んでおくことにするよ」
僕は小さく笑って、通知書を畳んだ。どうやらロールは自身の能力になんら影響を与えるものでもないらしいし。この遊び人というロールが何を意味するのか、その真意はきっと学園に行けば分かるだろう。
むしろ楽しませるようなロールなら僕に合っていていいんじゃないか?
「ねえ、ハルもサンも、ここから出て行っちゃうの?」
「いやだ、寂しいよ!」
さっきまで笑顔だった子供たちが次々に口をそろえて言い出す。その目には涙が浮かんでいる子もいて、胸が少し痛んだ。
「大丈夫。すぐに帰ってくるよ。寂しくなる暇もないくらいにさ」
僕は努めて明るい声を出した。本当のところ、どれだけの頻度戻ってこれるかなんて分からない。でも、彼らを安心させるにはそう言うしかなかった。それでも何人かは、ぽろぽろと涙を流し始める。
僕には彼らの気持ちが痛いほど分かる。ここにいるほとんどの子供たちは、嫌な形で家族や大切な人と別れている。だから、誰かが去ることには敏感なんだ。
だからってここに居続けるだけじゃ何も変わらない。僕が彼らに見せたいのは、悲しみじゃない――希望だ。
そんな思いを読み取ったかのように、サンが口を開く。
「ハル、覚えてるか? あの日の夢の話」
その声には、どこか懐かしさと期待が混じっていた。
「もちろん。君が勇者で、僕が賢者になるってことだろ?」
「そうだ。あれから7年経った。今のお前はどう思う?」
振り返ってみればあまりに一瞬だったような、長かったような不思議な感覚だ。
「……そうだね。いろいろ現実が見えてきたよ。子供の頃みたいに、夢に向かってただ真っ直ぐ突き進めばいいってものじゃないことにも気づいた。物事への考え方も、少し変わったよ」
孤児院の片隅で、何度魔法の練習を繰り返しても、攻撃魔法も回復魔法も、僕にはどうしても使いこなせなかった。「こんな魔法で賢者になれるわけないだろ」と、嘲笑されたことだって一度や二度じゃない。その度に何度サンが突っかかっていったことか、思い出して懐かしく思う。
「じゃあ、どうする? 夢を諦めるのか?」
サンの声が少しだけ挑発的になる。その瞳には、昔と変わらない強い輝きが宿っていた。
「馬鹿言うなよ。本当に楽しいのはここからだろ?」
僕は口角を引き上げ、そう返した。
――ずっと胸の中にあった夢。それ叶える理由が、この7年で生まれた。
近年、戦争や魔物の被害で孤児院に来る子供たちが増えている。泣きながら新しい生活を始める子供たちを、僕は何度も見てきた。だから、そんな世界を変えたいと思った。子供たちが泣かずに済むような世界にしたい。そして、今目の前で泣いている子たちがもう寂しく感じないくらい名を挙げてやりたい。
それに、不可能だと思えるような壁に挑み乗り越える瞬間が一番夢があって楽しいんだ。
「俺は勇者になるぞ。お前はどうだ、ハル!」
サンが笑顔で拳を差し出してくる。その目は、次の舞台へと向かう高揚感に満ちていた。
僕は彼に笑い返しながら拳を合わせた。たとえ不可能だと言われようと関係ない。どんな壁でも打ち破ってやる。
「僕が賢者になる」
賢者遊戯 下空景 @shimosorakei
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