ふきのとうは雪の下
『梅の花 受験生寒いが頑張れ!』
シンプルなフォトスタンドには、どこかの公園で撮ったらしい梅の花の写真と、角ばった綺麗な字が並んだ小さなメッセージカード。花々に埋もれるような可愛らしい机の上に置かれたそれをじっくりと読んで、なずなは少しだらしない笑みを浮かべた。今日も癒されるなあ、お花屋さんの呟き。アナログなのがたまらないんだよねぇ、と彼女はコートからスマートフォンを取り出して机のそれらを撮影した。『お花屋さんの呟き』アルバムに撮ったばかりの写真を追加して、満足げに歩き出す。
彼女が最寄りの駅へ向かう度に通りかかる花屋。大学受験やらなんやら重圧のかかる毎日で、定休日の日曜日を除き毎日更新されるこの写真とメッセージはとてつもないモチベーションになった。新しく入荷した花や何気ない道端の花の写真を添えて、のんびりした性格の垣間見える一言。SNSの普及した現代で、直筆で書かれた誰にでも当てはまるような応援はとても暖かい。見に行くだけでも価値のあるそれを毎朝(時々昼)写真に撮って、上向きな気持ちで学校や塾に向かうのがなずなのここ最近の日課になっていた。日々お世話になっていながら一度も買い物をしたことがないことを、ちょっぴり申し訳なく思いながら。
店前の机しか見ないから、店員さんの顔すら知らないし。大学受かったら買いに来ます……!
たたん、と電車に揺られつつ、なずなはアルバムを久しぶりに一から見直した。半年近くほぼ毎日撮影しているので、もうかなりの枚数だ。どれもこれもお気に入りだけれど、たまに見返すくらい癒しパワーの強い写真がいくつかある。
『彼岸花 友人とケンカした今の怒りゲージはこんな感じ、ウキー!』だとか、『たんぽぽ 別名ダンディライオン ガルル』とか、『カラー(立てた襟のような真っ白の花)!? ウソつけ真っ白じゃねぇか!』とか。
書いた本人もふざけているのは分かるけれど、あんまりにも可愛くてあざとくて思わずにやにや口角が上がってしまうのだ。口調的に男性だろうと予想しているけれど、最近は性別なんてあやふやなものだから、受験期間中元気をもらってましたとお礼を言うときのシュミレーションはイケメンとボーイッシュ美女の両方でためしている。
明日はなんの花なのだろう、とさっそくうきうきしながら駅のホームに降り立った。
で、次の日。なずなは花屋の前で彫刻のようにぴしんと固まっていた。
『コットンツリーと ささやかなアプローチですが』
そんなメッセージと一緒にスタンドに立てかけられていたのは、見間違うはずのない、店先で腰をかがめている昨日の自分だ。コットンツリーらしい白いもこもこで顔は隠されているが、バックもコートもその中の制服もなずなのものと一緒である。ていうか今日もほぼ同じ格好だし。あ、それを考えるともっと前の写真かもしれない。
ではなくて、アプローチってどういうこと!?
頭は爆発しそうで心臓は痛い。毎日店の前で足を止めているから、熱心な冷やかしとして認識されているだろうと予想はしていたが、なんとなくこの距離感はずっと変わらないのだと思っていた。アピール、でなく、アプローチ、ならば、女性である可能性は限りなくゼロに近いはずだし、しかも、なんか、恋心寄せられてるよねこれ?
そういうことだな!? そっ、そういうことでいいんだな!?
イケメンに期待、と鼻息荒く硬直を解く。顔を上げようとしたまさにその瞬間、真横から声が降った。
「いつまで見てんだ?」
「うっひゃあ!!」
予想外の連続に悲鳴をこらえることもできなくて、なずなは全力で悲鳴を上げた。思ったよりガラの悪かった低い声は、ふん、とそんな彼女を鼻で笑う。染められた髪、整ってはいるが不機嫌そうな愛想のない顔。
「動揺しすぎだろ、早く行かないと遅刻するぞ」
あう、えっと、ん? 問題の彼に接触されたことで、動揺は体から溢れ出てしまうみたいになっていた。もっと、こう、アイドル系のにこにこした人かと思ってたけれど、普通にかっこいいし、声もいいし、学生って分かった上でのナンパなのかよ! このイケメンやり手か!
「……おい?」
もう何がなんだかわからないなずなが目を回しそうになっていると、その額に冷たい手が当てられた。
「わ________ッ!!」
ついに爆発したなずなは、彼を突き飛ばして走り去ろうとした。そんな頭の隅でも写真を撮り忘れたと思い出し、日課をこなさないのが気持ち悪くてのろのろと足を止める。
「おお、可愛いかよ」
「うるさいバカー!!」
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毎日 19:00 予定は変更される可能性があります
書き散らしファイル 日ノ竹京 @kirei-kirei
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