『同じ蓮の上』
凸惚(ぽんこつ)
第1話
有名とまではいかないが、名を知る人は多い私立の中高一貫校。そこに通う生徒たちは、半袖から長袖に衣替えを始めつつある。
––––キーンコーンカーンコーン
やっと午前の授業が終わった。高校二年生になって約半年、進路について考え始める人が大半を超えているが、俺はまだふらふらと目標を持てずにいる。今は授業の内容に置いていかれないように必死なんだ。授業が終わってまでそんなことを考えたくない。俺は財布を持って、校内一階にある食堂に早歩きで向かった。
学食で人気のカツカレーを大盛りで注文し、少し奥の席にいつも通り座る。そのまま食べずにスマホでニュースを見ていると、対面の席に誰かが座る。
「おはよう
顔を上げると、見慣れた顔の幼馴染。少し目線を下げると、カツカレーの奥に置かれているのは唐揚げ定食だ。
「おはよう
「嫌だね。四つしかないんだから貴重なんだよ。食べたいなら単品買ってきな。」
「ケチ。」
幼馴染である"
そして俺たちは毎日一緒に、食堂で昼食を食べる。
「てか髪切ったんだ。今切ったら冬に首元寒くなるんじゃないの?」
和の髪は、ロングをポニーテールでまとめている姿が印象的だったが、今目の前にいるのは、艶のいい黒髪が肩の高さで切り揃えられている姿である。
「ボブにしたら髪結べないからさ、夏の間は切らないでおこうと思ってたんだよね。冬になるまでに少し伸びると思うし、結構この髪型気に入ってる。」
そう微笑む姿は、本当に嬉しい時に見せる表情だった。
––––ザワザワ
突然、食堂にいる生徒たちの声が倍になったかのように大きくなった。生徒たちはみんな、俺たちがいる場所とは真反対の方向を見ている。気になって少し背筋を伸ばして見ようとするが、和は気にする様子もなく唐揚げ定食を食べている。
「なあ、あれなんの騒ぎ?」
俺が問いかけてようやく和はざわついている方を見た。
「あーあれ、生徒会でしょ。今選挙期間だからバチバチしてんじゃない?」
「選挙期間…?」
気づけば和は、最後の味噌汁をすすって食事を終えていた。
「カレー冷めるよ?カツいらないならもらうからね。」
そう言って、余っていた二切れのうち一切れを奪った。しかも大きい方。正直大盛りを頼んだことを後悔していたから、あまり嫌な気はしなかった。
「選挙期間ってなんの話?」
「え、知らないわけ?九月二十四日に生徒会選挙があるの。だから十日から二十三日が選挙期間で、立候補者が選挙活動してんのよ。」
「それって掲示板に張り出されてた?」
「掲示板どころか学校中にポスター貼ってるよ。この前の朝礼でも話されてたけど、そっちのクラス聞いてないの?」
「あーまぁ、言ってたかも。」
生徒会とか、縁もなければ何をしているかすら知らない。誰が立候補しているかも知っているわけがない。そんな話を聞かされても見かけても、到底頭には入ってこない。
「正直役員については誰も興味ないけど、会長と副会長が争ってんの。ほら、あの二人見える?左にいるのが現会長の"
和の説明でも全て抜けていくかのように、ほとんど分からなかった。その二人は今も何かを話しているようだ。
会長の方は、制服もきちんと着ていて、知的なオーラがあり、爽やかな印象もある。周りの女子がキャーキャー叫ぶ理由も分かる。典型的な完璧人間って感じだ。副会長の方は、制服を少し気崩していて、髪もパーマをかけているように見える。威圧感はあるが、この遠さからでも顔の良さが窺える。こちらもまた周りの女子がキャーキャー叫ぶ理由が分かる。だが、生徒会の人間とは思えない。ましてや会長になろうとしているとは思えない印象だ。
「あとね、あの会長と副会長で派閥が分かれてんの。」
「派閥?」
「そう、佐伯派と天堂派。生徒会の中でも佐伯派と天堂派に分かれているらしいよ。
俺は全く聞いたことがないが、和は顔が広いこともあり、そういった話もよく聞くのだろう。
「ちょっと陽太、カレー食べないの?もう時間やばいよ?」
ハッとして皿を見る。普段の量なら食べ終わっているだろう。大盛りにした分が、もう口にすら入りそうにない。仕方ないが諦めよう。
「もう無理だ、悪いけど残す。」
「そう、じゃあ片付けよう。ちゃんとおばさんたちに謝りなよ?」
少し後悔しながら席を立った時、会長がこちらに向かってくるのが見えた。まだ気づいていない様子だった和が、トレーを持ち返却口へ向いた時にはもう会長が目の前にいた。
和は驚いた顔をして俺の方を見る。俺は何も知らないと首を横に振る。周りの生徒は、会長のような人間が自ら生徒に話しかけていることが珍しいのか、羨望と嫉妬の眼差しでこちらを見ている。
「初めまして、佐伯と言います。今回の生徒会選挙に立候補しているので、よければ名前だけでも覚えてください。」
急に来たかと思えば自分の宣伝。わざわざ少し離れた俺たちに話しかけに来るとは、マメなのか丁寧なのか、よく分からない。というかこいつ、ずっと和の方見て喋ってんな。会長だかなんだか知らないが、俺は軽く牽制した。
「あーもちろん知ってますよ!佐伯会長、応援してます。では午後の授業があるので、私たちはこれで。」
感情が表情に滲み出ている和はそう言って俺に目配せをし、急いで食器を返却口に持っていく。俺は食堂の調理員さんに、「残してすみません!」とだけ大声で伝え、早歩きで和の後を着いて行った。
「やばいやばい、会長に話しかけられてマジビビった。説教でもされんのかと思った。」
「だからか、顔歪んでたぞ。苦虫でも丸呑みしたのかってくらい。」
「苦虫は噛み潰すものでしょ。」
「いや、噛んでないから苦くなくて、そこまで酷くはないけど、みたいなさ。」
「は?センスないね。」
教室の前に着いた俺たちは、廊下で「また放課後に」と挨拶をして、それぞれの教室に戻る。
次は現代文か。開始のチャイムが鳴った五時間目、俺はいつもより少しだけ集中した。
『同じ蓮の上』 凸惚(ぽんこつ) @im-ponkotsu
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