隣のX

星野マヤ

第一話 隣のX

「F市にある廃墟マンションは、異世界に繋がっているらしい...」



5月24日、麗らかな日差しが降り注ぐ一年D組の教室内。

スピーカーから流れるお昼の放送を聞き流しながら、空になりかけの野菜ジュースをズズッと吸い込む。

室内は昼間の賑やかな喧騒に包まれ、僕を含めグループで昼食をとっている者がほとんどだった。


「ねえくーさん今の『松東女恐怖ダイアリー』聞いたにゃ?F市の廃墟マンションってあそこだよね絶対」


僕の真正面、購買で買ってきたチョココロネを食べながらキラキラと目を輝かせているこの子は出水マヤという。

茶髪に短いお下げをしている彼女は、高校入学早々オカルト研究部を単独で立ち上げ、僕を強制的に入部させた大のオカルト好きだ。

因みに「松東女恐怖ダイアリー」というのはここ松野東女子高等学校の金曜日のお昼の放送の一枠である。


「聞いてたよ、やっぱり今度行ってみる?」


僕の横、マヤの問いかけに頷きながら手作りの弁当をパクパクと口へ放り込んでいる長い黒髪の彼女は草壁紅葉といって、クラスメイトは皆くーさんと呼ぶ。

彼女も僕と同様、マヤからオカルト研究部に誘われた口だが、彼女の場合はマヤと中学校からの同級生だったらしく、オカ研の活動もその延長なんだとか。

彼女はマヤに対して甘く、僕と違い部の活動には乗り気だ。


「真央さんはどうするにゃ?」


サッと四つの目玉が僕を射抜く。


「行くの?」


マヤとくーさんが首を傾げながら問いかけてくる。

二人の有無を言わせない雰囲気が落ち着かない。僕は引きつった笑みを浮かべ、おどけて言葉を返す。


「え......行くって今の放送の...廃墟に?」


僕の返答にマヤが意気揚々と自分の胸を叩き椅子から立ち上がる。

「そうだよ火田真央さん!オカ研の部員として、共に奇々怪々魑魅魍魎を探しに行こうぞ!!」


マヤの勢いで三人分の並べた机が僅かに揺れる。


「ちょっちょっ静かに...それに行こうぞ、ってねえ......」 


期待する様な二人から視線を逸らし、少し彷徨わせた後天井を見上げた。

率直に言えば、僕はオカルトに興味がない。というか、信じていない。

それはマヤから部に誘われた際にも再三確認したのだ、とても現実的な性格なのだと。しかし、言って少し失礼かと思って焦る僕に対してマヤは「そこが良い」とうんうん頷きながら怒るでもなくニコニコしていた。なんで僕がとか話したことも無いのにとか色々思うところはあったが、その後なんだかんだで入部する羽目になってしまった。今でもその「なんだかんだ」の部分が思い出せないのだが。


「...しょうがないなあ、わかったよ」


僕が観念して頷くと、マヤが大仰な仕草で僕の肩をポンポンと叩く。


「やったー!真央さんゲッチュー!」

「ありがとう真央さん」


マヤとは反対の僕の肩をポンと叩いたくーさんは黒々とした大きな目を三日月のようにして微笑んだ。僕はなんとなくその瞳に吸い込まれそうな気がしてふっと目を逸らしたのだった。

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隣のX 星野マヤ @mayapyon

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