鏡の中の私にファックユー

産坂愛/Ai_Sanzaka

■■

「死んだ方がいいよね」とか「死にたい」とか馬鹿みたいなことほざいていた篠崎先輩を私は好きだった。友達の少ない先輩の友達は私、そして本とか漫画とか。だから少しフィクションに生きているところもあった。それにロックとかラップの曲も好き。先輩はJ-popをいつも馬鹿にしていたし、だから私とカラオケに行った時も「くせえ恋愛ソングよりも、『■■』の『■■■』なんだよ」って言って宗教臭いロックンロールラッパーのザ・暗澹みたいな曲を喉枯らして涙ぐんで叫んで歌って三十分でギブアップ。折角のフリータイムが意味ないじゃん。「金もったいねえ。マジで死にたー」笑いながら言ってた。でもJ-popを目の敵にしていた先輩も、卒業式の打ち上げには行ったんだよなあ。カラオケで何を歌ったんだろうか。何も歌わなかったんだろうか。


 さっき風呂の中で私が歌ってたのは、あの時先輩が歌ってたラッパーの曲。

 だから。──かもしれない。

 鏡の中に映るすっぽんぽんの私が、先輩に見えた。白い湯気を纏った私。それが先輩だと錯覚出来た。バスタオルで自分を──先輩をわしゃわしゃと拭く。今、私と先輩が重なっている。

 いや、調子乗ってんな。生理地獄明けから解放されて一発目の湯船が気持ち良かったんかな。

 とにかく!

 全裸すっぽんぽんの私がなぜ先輩と重なるのかと言えば、風呂上がりの顔が可愛くて似てるとか、ナイスバディ・スタイルがそっくりとか──そういうのもあるけれど(いや、ない。やっぱり調子乗ってます)、今までの人生で目撃した最も美しい人間の裸体が篠崎先輩だったからだ。そのくらいには焼き付いている。女の裸を見ると先輩を思い出すのだ。

 つうか多分。

 あれほど美しい女性のからだはもう一生見れねえべ。マジ。


 ちょっときもいか。死んだ方がいいかも。

 鏡の前の私に、死ね。


 とか言っても虚しくなるだけだから鏡の前の私を睨みつけてから私は脱衣所を出る。

 今日の洗顔は明日の朝の私に丸投げだ。

 なにせ時間が惜しい。

 受験生の私にお母さんとお父さんに「おやすみ」を言う必要はない。高校受験を後に控える中学三年生の夜は忙しい。「おやすみ」よりも勉強だよ。きっと。自分の部屋の勉強机に向かってスマホを触ります。当然。

 LINEのトーク履歴のてっぺんに釘付けされてる『まな』──篠崎先輩との最後のメッセージ。それは写真。先輩から第二ボタンをもらった、あの日の記念写真。

 スマホの電源を切る。黒い液晶に映る暗い私の顔面。ぶさいく。死ね。


 残念なことに私はスマホ依存症なの。返信しなきゃ。返信返信。あと友達にだるがらみ。明日の宿題それに恋バナとか友達の陰口とか。返信を終えた後にはインスタをサーフィンしなければならないでしょ?ストーリーを流し目に幸せそうな世界。そういや先輩はイ■スタやってなかったな。SNSやってる私達を馬鹿にしてた。J-popと同じだ。先輩は拗らせた一匹狼。それに偶に嘘吐き──いや、メッチャウソつく虚言癖の狼少年。いや少年じゃないけど。

 看護婦も看護師になったっつうのに狼少年は狼少女にはなれない。オオカミちゃんには騙されない。──というよりオオカミちゃんはこの世に存在出来てない。

 似たような話をする。L■NEはSNSじゃないと思ってた。いや、ショージキ今も思ってる。


 いやいや。受験生なんだぜ。ってのにやる気がない。先輩が進学した高校に私は行かなければならない。絶対に行かなければならない。

 前期、中期のどちらかで■■に合格して(後期はナシ)、先輩を救いに行く。これって何気にえげつないストレス。死にたい。


 ストレスの気分転換にコンビニにでも行こうかなってなります。受験まで二か月ちょい。今宵このまま眠るわけにはいかないのです。お母さんとお父さんに「コンビニ行ってくる」。お母さんがなんか言ってる。雨?知らない、私は雨でも夜を駆けるよ。それが人生でしょ。十五年生きてる私は知ってんだよ。ライフイズレイン、レイニー、ジャスライカレイニー。例えば──例2、自殺した先輩のことは忘れられません。イグザンポースリー。警察に自首した先輩の行方は、この世の誰にも分かりません。


 なに買えば良いって思います。

 受験生の先輩はグミを噛んでいましたので同じ商品を買うってわけです。それで同じ高校にいけます。天才的演繹法、リスペクトデカルト。


 家に戻って勉強机に向かう。結局私はスマホ依存症。問一さえ回答は空白。ストレス。私はベッドの中に入る。折角なので、裸になってみようと思いますよ、先輩。

 一度だけの夜、先輩が家に来た夜と同じですよ。先輩。

 毛布の中でもぞもぞとスウェットを脱いでく。私は先輩に近付きます。ゆえに先輩。自らを『レズビアン』と称した先輩の気持ちもあの時の勇気も理解できます。

 イットイズレズビアンオブ真奈ノットトゥウェアパジャマ 。アーユーキス?イエス、キス。アーユーセックス?イエスセックス!

 本当に死んだ方が良いと思います。こんなの本当のレズビアンにも失礼だ。諸先輩方を冒涜している。

 それに、先輩にも彼氏が出来たんだ。■■高校に入学した先輩にも恋人が出来たらしい。そうだよ変わってしまったよ先輩は。緋山さんに遊ばれて緋山さんの友達にも弄ばれて。先輩は楽しそうだったけど、あれは洗脳か、クスリか、ソウイウヤバいのが原因なはず。

「お前も好きにすれば」──ってなんだよそれ!女の友情より、アホな男共の何が良いのか本当に分からない。意味不明なガキっぽい、くだらない空間にどうして身をおけるってわけ!?ただ、男に囲まれただけじゃん。それの何が楽しいのよ?ゲンメツだ。ゲンメツ。先輩はそんなんじゃないと思ってた。

 先輩が勧めてきたドラマとか漫画のキャラクターに、レイプされて喜んでる気狂いきちがいがいたけれど、リアルじゃ有り得ない。有り得ないに決まってる。

 確かに。

 先輩の家庭環境は私より酷かったのだろう。お母さんはいなくて父親は月に三回ぐらいしか帰ってこない。だから、先輩は愛されたがってた。母性か、もしかすると父性を欲してた。そこを緋山さんに付け込まれたんだ。サイアク。私じゃ、きっと出来なかった。サイアク!

 緋山■■。いつか、殺してやる。


 勉強しなきゃ。私はスウェットに全身を突っ込む。勉強机に向かう。スマホのアルバムの奥の奥──プライベートアルバムをパスコ-ド打ち込んで開く。そこに在る先輩と私はよく似ている。

 まあ、とどのつまり、かろうじて。

 先輩は生きているらしい。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

鏡の中の私にファックユー 産坂愛/Ai_Sanzaka @turbo-foxing

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ