【第一夜】氷の月

一色二酒三文学

episode1. 


ある夜のこと。



優しい波音と冷たい夜の風が僕を包みこんでいる。その時の僕はやけに寒さを感じていた。澄みきった空気と頬を切るような痛みから察するに、きっと今は真冬で、それも雪が降ってもおかしくないほど寒い地域にいるように思った。


この場所に見覚えはない。

どこにでもありそうな綺麗とも汚いとも言えない砂浜と、闇をはらんだ海が広がっているばかりだった。


僕は一人でその砂浜を歩く。行く宛も、どこに向かっているのかも分からないが、波に沿ってぽつりぽつりと足を進めている。

辺りは静まり返っていて街灯もない。静寂と暗闇の中、小さな星あかりだけを頼りにただただ歩く。


この時の僕は中学生くらいの姿をしていた。見覚えのある、学生の頃よく身につけてあったミサンガを頼りにそう判断した。

親友からもらった部活の活躍を祈るミサンガだ。運動部では手作りのミサンガやお守り、キーホルダーなんかを身につけるのが流行っていたし、何より皆好意を乗せてそういう物を渡していたと思う。

僕と親友は決して恋仲であった訳はないけれど、今となってはそれに似た家族愛のような物が互いにあったような気がする。

懐かしい顔が浮かんで、すぐにぼやけて消えてしまった。もう顔も思い出せないほど会っていない。あいつは元気にしているだろうか。



しばらく歩いていると、やけに辺りが明るくなったことに気づく。

でも空は暗いままだ。朝は、まだ来ない。


光の在り処は海にあった。

それはあまりにも大きく、それでも慎ましく光り輝く「氷の月」だった。

氷でできた三日月が、下弦を海に浸してプカプカと浮かんでいる。海に浸かる半分は白く濁り、海の冷たさをさまざまと見せつけていた。星のあかりに照らされて小さくきらきらと瞬く姿が美しい。


現実の世界を生きていて、こういう物が存在することも、そういう不思議な出来事が起こることも全く信じていない質だけど、何故かその時だけは「やっと見ることが出来た」と感じたのを覚えている。

まるで長年探し続けていたかのように、ここへ来るために歩き続けたかのように。


僕は砂浜に座り、冷たい夜風を感じながらずっとその月を眺めた。

やがて氷の月は溶けてゆき、どんどんその存在は小さく光は弱くなっていった。

月の頂点が氷山の一角になる頃、あたりは元通りの闇に包まれていく。

最後まで、その光が海に沈むまで、僕は何をするでもなくただずっと眺めていた。

消えないで、そう願いながら僕は静かに瞼を閉じた。

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