十、番外編 〜湖畔野宿〜

第12話

新緑の季節、鷹鳥家と香月家さらには松尾家の合同湖畔キャンプ(通称:湖畔野宿…吾郎の父、大五郎命名)が早速開催された。


この三家に加え、いとこの巡哉と彼女の可菜実、吾郎の彼女である玲花、なな子達の友人カップル涼太と多満子も参加した。


なな子達鷹鳥家は、香月家と松尾家や他のメンバー達に遅れ、一番最後に現地に到着した。

仲間との待ち合わせに関してはルーズな鷹鳥家である。


「どうも」

なな子は髪をアップにしてTシャツと短パンというスタイルで現れた。


「…っっ!!」


悠佑やその場にいた全員は、普段とは違うなな子のスタイルに目が釘付けとなった。

そして、同時になな子の父である弘乃丞と母、椿の姿にも見惚れる。


「鷹鳥家の破壊力…半端ねぇ…」

悠佑の兄である理久斗は、呆然となな子達家族に見惚れながら呟いた。

悠佑の弟、爽汰も同じく見惚れている。


「・・・っっ」

悠佑は、なな子に見惚れながらも、兄理久斗と弟爽汰の様子に警戒した。


「なな子…ちょっと足出し過ぎじゃねぇか…?」

悠佑は顔を赤くしながらなな子にすり寄る。


なな子「そぉ?でもほら、湖だから松尾家の鷹松無双サップに乗らせてもらわないと」


悠佑「・・ん?鷹松…無双…サップ…??・・・何それ…」


「アレよ」

なな子は吾郎の父大五郎が担いでいるサップを指差した。

サップには大きい達筆な文字で「鷹松無双」と書いてあった。

松尾家は、鷹松無双サップを量産している為、十分な量のサップやパドル、ライフジャケットなど、初心者でも乗れるように必要な道具を一通り常備している。


なな子「アレで湖の上を浮かぶのよ」


悠佑「…っっ」


なな子「一緒に乗るのよ」


悠佑「えっ!!」


悠佑は想像した。

なな子と密着して乗る様子を。


悠佑「早く乗ろうぜ」


単純だった。


--


吾郎「ねぇ…父さん、この文字…目立ち過ぎ。そろそろ無双解除したら?」


大五郎「バカ言うんじゃねぇ。コレは一生もんなんだよッ」


吾郎「・・・・」


「大ちゃんッ!やっぱカッケーなッ!鷹松無双はッ!」

なな子の父、弘乃丞が嬉しそうに大五郎へ声をかけた。


「だろ?いつ見ても良いよなッ」

大五郎はそう言うと照れ笑いした。


「・・・・」

吾郎は、何歳になっても青春を生きる大人達を横目に、仕方なくテントを張ることにした。


吾郎はやれやれとばかりにテントを広げるやいなや、言葉を失った。


「・・・・っっ」


"松宿無双"


それは、松尾家のテントに達筆な文字で大きく書かれている。

吾郎の父、大五郎は"無双"という文字がお気に入りらしい…。

吾郎は、松尾家の四字熟語狂を改めて思い知るのであった。


「ハァー…マジかよ」

吾郎は松尾家の行く末を案じた。


--


玲花「燈ちゃんッ!コレが " 乙女のタートルプリンス伝説" シーズン2ねッ!」


吾郎の彼女である玲花は、吾郎の妹、あかりに自身の愛読している少女漫画を貸していた」


燈「ありがとう。シーズン1面白くてすぐ読んじゃった」


玲花「でしょでしょッ!シーズン2はさらに面白くなってるわよッ」


燈「へー!楽しみッ」


吾郎の妹は、玲花と趣味が合うようであった。


--


「椿ぃーッ!サップヨガしようよッ」

吾郎の母富士子が、なな子の母である椿を誘った。


「いいわねッ!喜江さんと進乃介さんも一緒にやりましょうよッ」

椿は笑顔でそう言うと、悠佑の両親に顔を向けた。


喜江「ぜひッ!!」

進乃介「喜んでッ!」


悠佑の母と父もノリノリである。


「何それッ!私もやりたいッ」

悠佑の姉である理沙も興味を示す。


椿「理沙ちゃんもやろうやろうッ」


大人達はヨガで盛り上がっていた。


--


涼太「たまちゃん、湖って気持ち良いねー」


多満子「うん、最高だね!涼太くんッ」


涼太と多満子は湖の上をゴムボートに乗りながら穏やかな時間を過ごしていた。


多満子「こうやって舟に乗ってると、諸葛孔明が敵から十万本の矢を得た三国志の話…思い出しちゃうなァ…」

多満子は戦国武将のみならず、三国志にも詳しい歴史マニアであった。


涼太「たまちゃんといると、いつの間にか過去の時代にタイムスリップしてるみたいで…俺、すっげぇ楽しいッ!今度一緒にお城巡りしよっか!」


多満子「するするッ!!楽しみー!」


戦国時代を語る平和な二人であった…。


--


「オィッ!おまえらッ!薪集めて来いッ!あと理久斗ッ!おまえはこっち来てこれ持て!」


いとこの巡哉は教師だけあり、テキパキと指示を出し準備を進める。

悠佑の兄である理久斗とは、月二回行われている肉食会にて親しくなっており舎弟のような扱いをしている。


理久斗「えぇッ!何で俺なんだよッ!一番大変なとこじゃんッ」


巡哉「つべこべ言うなッ」


なな子「さすが体育教師」

可菜実「やっぱり巡哉は、教師に向いてるわよね」


なな子と可菜実は巡哉を見ながら微笑む。


「で…そちらは?」

可菜実がなな子の陰からひょっこり顔を出す女の子を見ながらたずねる。


なな子「あぁ…この子は悠佑の妹さんで、彩伽ちゃんっていうの。今年中学1年生になったのよね?」


彩伽「はい…よ、よろしくお願いします…」


可菜実「可愛いーっ!緊張しなくてもいいのよ。よろしくね」

可菜実はニッコリと彩伽に微笑んだ。


彩伽は照れながら笑顔になった。


「なな子、貸してくれてた道着ありがとう。ちゃんと洗っといたから」

雰囲気や感じがなな子に似ている、眼鏡をかけた吾郎の姉、 有希子あきこがなな子に道着を手渡す。


そう…この吾郎の姉である有希子こそが、吾郎となな子にとって、世の中に似た者が三人いるという内の、もう一人の似ている人物なのであった。


ちなみに…松尾家の眼鏡事情はというと、視力の悪い母の冨士子は眼鏡をかけており、その母に似た吾郎と吾郎の姉である有希子は近視の為眼鏡をかけている。一方、視力の良い父の大五郎は眼鏡をかけておらず、そんな父に似た吾郎の妹、燈は視力1.5の裸眼で眼鏡をかけていない。


そして、松尾家もまた容姿端麗な美男美女一家であった…。


なな子「あき姉ッ!どうだった?ストレス発散できた?」


有希子「まあね。久しぶりに道場行って瓦七枚割って来たわ」


なな子「さすが」


有希子「なな子の瓦十枚割りはさすがに無理だったけど」


なな子「そのうちできるようになるよ」


彩伽「…っっ」

可菜実「…っ」


彩伽と可菜実の二人は、異次元過ぎるなな子と有希子の会話を呆然としながら聞いていた。


--


「爽汰、今日は松尾家と親睦を深めるんだぞッ!なな子のとこばっか見てんじゃねぇぞッ」


悠佑は、弟の爽太に言い聞かせていた。


爽汰「は?何で松尾家だよ」


悠佑「おまえにはまだ分からねぇだろうがなぁ…松尾家にも原石がゴロゴロしてんだよッ」


爽汰「何、原石って」


悠佑「まぁそのうち分かるわッ」


爽汰「ねぇ、そのドヤ顔いい加減やめてくんない?ムカつくから」


悠佑「ナニッ?」


「ホント、君の兄さんムカつくよねー」

突然、爽汰と悠佑の間から新年度早々に悠佑とバトルをした亀木琉生が顔を出す。


悠佑「…って、何でテメぇまでちゃっかり来てんだよッ!」


後輩の琉生は、悠佑とバトルを繰り広げるうちに意外と仲良くなっていた…。

そして、悠佑の弟である爽汰とはもっと仲良くなっていた…。


爽汰「やっぱ分かる?俺、来年から同じ高校行くつもりだから、その時は一緒に戦って」


琉生「もちろんだぜッ」


悠佑「マジでおまえら、二人合わさって来んのやめろよ?ウザさが倍増すっから」


琉生「俺ら二人合わせても先輩のキャラには敵わないっすわー」


悠佑「テメェ…バカにしてんのかッ」


--


 巡哉は薪割りを中断しながら、なな子にある話をしていた。


「そういやぁ…この前、保健室行って俺ビビったんだけどさ…。何故かあんなとこに宇宙服が飾ってあってよぉ、ここは種子島かッて思ったわ…。あの宇宙服さぁ、胸の辺りに変なマークがあったんだけどよ…確かなな子んちに置いてあった宇宙服にも変なマーク付いてたよな?宇宙服って皆、あんなマーク付いてんの?…ってまさかあれ、なな子んちにあったやつじゃねぇよな?(笑)まあ、さすがにそりゃねぇか…。それにしても何で保健室に飾ってあんのかイマイチよく分かんねぇ…」

巡哉が苦笑いする。


「あぁ、それうちの」

なな子がサラリと応える。


巡哉「は…。はぁぁあーッ?!」


なな子「あの宇宙服のマークは椿の形をした鷹の顔なの。特注よ」


巡哉「・・・っっ。えっとー…ん?ちょっと待って…。え、何で?何で…なな子んちの宇宙服があんなとこに飾ってあんの?寄贈でもしたんか…?」


「ううん、悠佑を護衛する為に保健室に置かせてもらってるの」

なな子は表情一つ変えずに淡々と説明する。


「俺…なな子に愛されちゃって…」

悠佑がひょっこり顔を出し、照れながら言う。


巡哉「は?何それ…。コイツの護衛って…一体どんな敵から守ってんだよッ」


なな子「ほら、悠佑が寝込みを襲われたら太刀打ちできないでしょ?」


巡哉「おぃ…なな子、正気か?保健室であんなもん着てたら休めねぇだろッ!って…普通に鍵かけときゃ良いだろッ!」


「・・・・っ!!」

なな子と悠佑は巡哉の言葉を聞き、二人して青天の霹靂のような顔をして見せた。


「おまえら…」

巡哉はなな子と悠佑を哀れんだ眼差しで見つめた。


--


「なな子お姉ちゃん、トイレ行きたい」

しばらくすると、悠佑の妹である彩伽がなな子にすり寄ってきた。


なな子「うん、じゃあ行こうか」


悠佑「おまえら二人で大丈夫か?」


なな子「うん、大丈夫」


なな子は彩伽と手を繋いでトイレの方向へ歩いて行った。


その場にいた悠佑と理久斗、爽汰と琉生の四名は、なな子達の後ろ姿を心配そうに見つめる。


理久斗「おぃ、ホントに大丈夫なのか?」


悠佑「・・・・」


悠佑は兄の理久斗に言われ急に不安になった。


"今までは大丈夫だったとしても…万が一大丈夫じゃない事が起きたら…"


「やっぱ…ちょっと見てくる」

悠佑がそう言い慌てて駆け出して行った。


「・・・」

すると理久斗と爽汰は、もし万が一に何かあって自分が助けてあげられれば、なな子をときめかせられるのでは…と挽回のチャンスを狙い、悠佑の後に続いた。琉生も釣られて後をついて行った。



なな子はトイレ前で彩伽を待っていた。

彩伽が出てきて戻ろうとした時、案の定知らない男三人に囲まれた。


男①「君達可愛いねぇ、どこから来たの?」


男②「あっちで俺たちと遊ばない?」


なな子「けっこうです」


男③「そんな事言わないでさぁー、一緒に遊ぼうよー」


なな子「私達忙しいんでそんな暇ないです」


男①「ちょっとぐらい良いでしょ」


ちょうどその時、悠佑達はなな子達の近くに到着した。


「あッ!アイツらッ!」

悠佑達は三人の男達に囲まれてるなな子と彩伽を発見した。


「アイツら…シメてやる…」

理久斗がギラギラした目つきでなな子達の救出に向かおうとする。


ちょうどその時、一人の男が彩伽の肩に手を置いた。

その瞬間なな子はピクッとし額に血管を浮かせた。


そして次の瞬間…


ガシッ…


なな子は、彩伽の肩に手を置いた男の腕を掴んだ。


「…っ!!」


なな子に腕を掴まれた男はもちろんのこと、その場に居合わせた誰もが目を丸くさせ驚く。


するとなな子は、掴んだ男の腕をそのまま捻り上げ背負い投げをした。


理久斗「…っっ!!」

爽汰「!!」

琉生「…っ!」

悠佑「!」


理久斗と爽汰は、初めて見るなな子の強さに呆然としていた。


琉生は、久しぶりに見る強いなな子の姿に見惚れている。


悠佑は驚きながらも一先ず安心していた。


「この子に気安く触んな…」

なな子は倒した男に鋭い口調と目つきで言った。


「…っっ」

ナンパ男達はなな子の意外な強さにたじろぐ。


「…っっ!」

彩伽はなな子を呆然と見つめている。


「あぁ…あと、しつこいと嫌われるよ」

なな子はナンパ男達を冷たい表情で一瞥した。


「…っっ」

ナンパ男達は慌ててその場を退散した。


「大丈夫?」

なな子は彩伽を気遣った。


彩伽は顔を赤くしながら静かに頷いた。


「・・・。ハァ…良かった…」

悠佑はその場で一安心しながら何気なく隣に立つ兄の理久斗を見た。


理久斗「・・・・」

悠佑「…っ」


兄の理久斗は明らかになな子に見惚れている表情をしていた。


"チッ…なな子の勇姿をコイツに見せるんじゃなかった…"


悠佑はムスッとした表情で理久斗と反対側にいた隣りの弟、爽汰に顔を向けた。


爽汰「・・・・」

悠佑「…っっ」


爽汰も目がハートになっていた。


"チッ…おまえも同じ反応してんじゃねぇよッ"


悠佑は、とことん自分と似ている香月ブラザーズにうんざりした。


なな子をときめかせ一気に逆転満塁ホームランで悠佑から彼氏の座を奪おうと目論んでいた理久斗と爽汰は逆になな子にときめかせられていた…。


「やっぱなな子さん…素敵だわ…」

後輩の琉生は、改めて見るなな子の強さに感動していた。


「まぁな…。・・・…んっっ!?」

悠佑は琉生の言葉に何気なく頷きながらなな子に連れられている妹の彩伽を見ると、なな子を見つめる彩伽の目が明らかに恋をしているような目になっていた。


悠佑「マジかよッ!そっちもかよッ!!」


琉生「…ん?どっち?」


香月家のDNAは男も女も関係ないのだと悟る悠佑であった…。


なな子「あら、悠佑達…。どうしたの?」


悠佑「あ…いや、おまえら何ともなくて良かったわ…」


なな子「おかげさまで」


琉生「なな子さん…今回もカッコ良かったっす…」


なな子「あら。見てたの?」


理久斗「なな子…マジで惚れたわ…」


なな子「え…」


悠佑「オィッ!」


爽汰「俺も…惚れました」


なな子「…っっ」


悠佑「テ、テメェ…」


すると、悠佑はなな子と繋がれている妹の彩伽の手を見た。


悠佑「…っっ!!・・とりあえず、彩伽…おまえは、なな子とじゃなくて俺と手を繋ごう」


彩伽「は?」


なな子「?」


琉生「先輩、何か…大丈夫ですかァ?」


悠佑「う…うるせぇッ」


悠佑はなな子に向けられている複数の恋矢印をへし折るのに必死になっていた…。


--ー


しばらくして、悠佑は弟の爽汰と共に吾郎のいる「松宿無双」と名付けられたテントへやって来た。


「吾郎…その子がおまえの妹か?」

悠佑が吾郎にたずねる。


「うん、妹の燈…香月くんのとことは違う中学だけど同じ3年」

吾郎が優しい表情で燈を見た。


「だってよ」

悠佑が爽汰に言う。


「ふーん…」

爽太がぶっきらぼうに呟く。


「コイツも中学3年。まぁ仲良くしてやってくれよッ」

悠佑は燈に笑いながら爽汰を託した。


「え…。はぁ…」

燈は呆然としながら爽汰を見た。


「・・・っ」

爽太は、じーっと見つめる燈の視線にたじろぐ。


「俺らあっち手伝ってくるからよぉ、まぁ二人でゆっくりしてなッ」

悠佑はニヤニヤしながら爽汰と燈に言うと、吾郎を連れて行ってしまった。


「えっ!ちょっ…。何だよ…ったく、悠佑兄の奴…」

爽汰は慌てふためきながら言うと、チラッと燈を見た。


「・・・」

燈は少女漫画を熟読している。


爽汰「・・・おまえって…そういう漫画、外でも平気で読むんだな…」


燈「うん。私、好きなものは堂々と好きって言うタイプだから」


爽汰は淡々と話す燈を驚いたように目を丸くさせた。


爽汰「珍しいな。普通そういうのって恥ずかしがって隠したりしそうなのに。俺の中学はそんな子ばっかだけど」


燈「それはつまらない学校ね」


爽汰「うん…俺もそう思う…」


燈は爽汰の意外な返事に思わず漫画から目を離し爽汰を見た。


すると燈は笑顔で言った。


「なーんだ、あなたも仲間なのね」


「…っっ!」

爽汰は燈の笑顔にドキッ…とした。


爽汰「・・・・っ」


燈「好きなものは好きってハッキリ言って行くべきよ。周りと合わせて何でも隠してばかりいたら、ロボットみたいな人間になっちゃう。私ね、見かけなんか気にしない人達の中で育ってきたから、自分を押し殺して他人の目ばかり気にするような環境は居心地悪くて嫌なんだッ」


「・・ふーん…」

爽汰は呆然と燈の横顔を見つめた。


「なな子さんだって、お兄ちゃんの彼女の玲花さんだって…あんなに美人なのに少女漫画好きのアニメオタクだって堂々と言ってる。姉さんだって、爬虫類好きを隠したりなんかしてない。お兄ちゃんとなな子さんのお友達の多満子さんだって、戦国武将の話をいつも楽しそうにしてる。私もそうやって…堂々と好きなものを好きだって言えるような人間でいたい。君もそう思わない?」

燈は爽汰に笑顔でたずねた。


そんなキラキラとした目で語る燈に、爽汰は見惚れていた。


そして応えた。


「うん…俺もそう思う」


「だよねーッ」

燈は満面の笑みを浮かべて満足げに言うと漫画に目を戻した。


爽汰「・・・・」


爽汰にとって、自然体でハッキリと自分の考えを話す燈は新鮮だった。爽汰は中学イチのイケメンモテ男であった為、色眼鏡で近寄ってくる同年代の女子しか知らなかった。


「なぁ…おまえって、高校どこ受けんの?」

爽汰は燈をチラッと見ながらたずねた。


「私はなな子さんと同じ、黒柴高校を受けるつもり。私、ずっとなな子さんをリスペクトしてるの。絶対になな子さんと同じ高校に行くって前から決めてるんだぁ」

燈はまたしてもキラキラとした目をしながら語っている。


爽汰は燈の言葉を聞き、驚いた。

同時に何だか嬉しい気持ちになった。


「俺も…。俺も、黒柴…。同じ高校受ける…つもり…」

爽太は顔を若干赤くさせながら言うと、チラッと燈を見た。


「そうなの?奇遇ね!じゃぁ…私達、同級生になれるように、お互い頑張りましょ」

燈はけろりとした表情でそう言うと笑顔で爽汰を見た。


「お、おぅ…そう…だな…。絶対、受かろうな」


爽汰は照れながら燈の笑顔に応えるように微笑んだ。


燈は爽汰の言葉を聞き、微笑みながら頷いた。


爽汰の中で、確実に何かが芽生え始めた湖畔でのひと時であった。


--ー


ガサガサ…


理久斗「・・・!?」


悠佑の兄である理久斗が、巡哉の指示により一人で懸命に焚き火の火起こしをしていると、後ろから何やら物音がした。


「・・・」

理久斗はゆっくり振り返ると、そこにはわりと大きめの蛇がいた。


「ヒィッ!!」

理久斗は驚き慄いた。


ガシッ…


するとすかさず、眼鏡をかけた女性が手掴みで蛇を仕留めた。


理久斗「…っっ!!!」


理久斗はギョッとしながらその女性と蛇を見つめる。

その女性は吾郎の姉、有希子である。

理久斗とは初対面であった。


「さぁ…お行き」

有希子は捕まえた蛇を茂みの方へ逃した。


理久斗「・・・すげーな…」


有希子「私、アマゾンで生活してたことあるから爬虫類は仲間みたいなものなの」


理久斗「…っっ、マジかよ・・」


有希子「あなた…柴大しばだい(柴大学)よね?」


理久斗「え…何で…」


有希子「私も今年の春からそこ通ってるから」


理久斗「マジ?同級生じゃん!あんたって…名前は…」


有希子「松尾有希子」


理久斗「松尾…?あぁ、大五郎さんのとこの…」


有希子「えぇ。肉食会ではうちの父がお世話になってるわね」


理久斗「いやいや、俺の方が世話になってるし…。でも…よく俺の事、同じ大学だって知ってたなァ…あんなに人いんのに。大五郎さんにも確かまだ言ってなかったような…」


有希子「あなたモテモテだから、だいぶ有名人よ」


理久斗「え…俺、有名人?大袈裟じゃね?」


有希子「モテる人ほど自覚がないのね」


理久斗「そうかぁ?でもなー…モテたって肝心の好いた奴から好かれねぇと嬉しかねぇけど…」


有希子「あら、誰か想い人でもいるの?」


理久斗「あー…いるけど、いない」


有希子「何それ」


理久斗「恋に落ちた瞬間と失恋が同時にやって来た感じ…」


有希子「あら…それは電気ショック並みに痛いわね」


理久斗「電気ショック…。確かに、だいぶ痛かったわ…。本物の電気ショック食らったことねぇけど…」


有希子「まぁ…次にまた新しく恋に落ちる瞬間が来るのを待つしかないわね…」

キュ…キュ…キュ…


「また新しく恋に落ちる瞬間なんて、そんなすぐには…」

理久斗はそう言いながら隣にいた有希子に目を向けると、有希子は先程の蛇捕獲の際に汚れた眼鏡を拭いていた。


「・・・」

理久斗は有希子の眼鏡を外した素顔の横顔に目を奪われた。

有希子もまた美人であった。


理久斗「ねぇ…。ちょっと…そのままこっち向いて…」


有希子「え?」


有希子は素顔のまま理久斗を見た。


理久斗「・・・っっ!!」

理久斗は、有希子の素顔に驚くとそのまま呆然と見惚れた。


有希子「え…何?」


理久斗「来たかも…」


有希子「ん?何が?」


理久斗「落ちる…瞬間…」


有希子「落ちる・・?」


有希子はキョトンとしながらゆっくり上を見上げる。


「…?」

有希子は不思議に思いながら眼鏡をかけようとした。


「ちょ…ちょっと待ってッ!まだ…眼鏡…かけないで…」

理久斗は顔を赤くしながら、慌てて有希子が眼鏡をかけようとするのを阻止した。


「え…。私、近視だからこのままだとぼやけて仕方ないんだけど。あなたは今こちらを見ているの?」

有希子はそう言うと、グイっと理久斗の顔に近づきまじまじと見た。


「…っっ!!わ、分かった…。い、いいよ…眼鏡かけて…っっ」

理久斗は、急に近づいてきた有希子の顔に狼狽えながら顔を真っ赤にさせた。


「あぁ、そう」

有希子は冷静に眼鏡を装着した。


理久斗「なぁ…おまえってさ…朝いつも何時に着く電車乗ってんの?」


有希子「八時二十分着のやつだけど」


理久斗「ふーん、じゃあ次から俺もその時間に着く電車に乗るわ」


有希子「え…」


理久斗「あと、おまえの連絡先教えて…」


有希子「え…いいけど…どうしたの急に…」


理久斗「俺にも分かった気がするんだわ…弟の悠佑が言ってた運命?ってやつ…」


有希子「ん?…何の話?」


理久斗にも確かに何かが芽生え始め、火起こしと共に理久斗の心の何かも一緒に起こした…そんな時間であった。そして、運命を知ってからの押しの強さは、弟の悠佑と全く同じ仲良しブラザーズである。


こうして香月家ブラザーズは、なな子と悠佑の目論見通り、無事に松尾家の原石を発掘できたようであった。


--ー


湖の畔で、なな子は腰を下ろして景色を眺めていた。


「なな子」

すると、隣に悠佑が座った。


「悠佑…」

なな子は悠佑を見た。


「やっと二人きりになれたなァ…」

悠佑はやれやれとばかりに言った。


「そうね。忙しかったね」

なな子は小さく笑いながら言った。


「手…」

悠佑が手を差し出してきた。


なな子はそれを見ると、自身の手も悠佑に差し出し二人は手を繋いだ。


「やばい…好きが溢れる」

悠佑はそう言いながらなな子を見つめた。


なな子はそんな悠佑を微笑みながら見つめ返す。


「あーッ!!至福だわ…」

悠佑はそう言うと、なな子に頭を寄せた。


「落ち着くね」

なな子はポツリと呟いた。


「…っっ!・・うん…落ち着く…」

悠佑はなな子の言葉に驚いた後、安堵の表情を浮かべながら呟く。


すると突然、悠佑は辺りをキョロキョロし始めた。


周りの人々はそれぞれに夢中になっており、こちらには気づく気配はなさそうである。


悠佑「なな子…」

なな子「ん?」


すると、瞬時に悠佑はなな子にキスをした。


なな子「…っっ!」


悠佑「大丈夫…今のは誰も見てねぇから…」


「あーッ!!悠佑兄、今なな子お姉ちゃんにチューしてたぁッ!!」

突然後ろから悠佑の妹、彩伽が声を大にして叫んだ。


ビクッ…!!

なな子「…っ!?」

悠佑「!!」


「おまっ…いつの間に…」

悠佑が突然現れた妹の彩伽にギョッとした。


「テメェ…人が汗水垂らして火起こしてるっつーのに、良いご身分だなァ…。テメェも手伝えッ!」

すると、すぐさま理久斗が怒りの炎を身に纏いながらズンズン悠佑に近づいて来た。


悠佑「げっ…。兄貴こっち来んの早ッ!」


理久斗「いいからこっち来いッ」


悠佑「ちょっっ、待って…まだゆっくりさせて…」


理久斗「もう充分だろッ」


悠佑「…っっ」


悠佑は兄理久斗にギリギリと連行された。


「・・・・」

なな子は仲良さそうな兄弟の姿に目を細めた。


--ー


パチッ…パチッ…


程よく燃える焚き火を眺めながら、皆それぞれ思い思いに食事をする。


「焚き火っていいね。見てると落ち着く」

なな子が焚き火に見惚れながら言う。


「そうだろ?俺が丹精込めて起こした火だからなァ」

理久斗がドヤ顔で言う。


「そんな変わんねぇよッ」

すかさず悠佑がツッコむ。


「テメェ…サボり小僧が偉そうに言ってんじゃねぇぞ…」

理久斗が怒りをワナワナ燃やしながら言う。


「…っっ」

悠佑はムスっとする。


なな子はそんな二人を見ながら微笑ましく思った。


--


「このアスパラベーコン巻き美味しいッ!」

多満子がモシャモシャ食べながら目を輝かせている。


「うまッ!このアスパラ…太いのに柔らかッ!」

涼太も目を丸くしながら食べている。


「でしょ?このアスパラ、松尾家が庭で育ててるアスパラなんだよッ!ねっ、吾郎」

玲花がドヤ顔をしながら言う。


「うん、母さんがアスパラベーコン巻き大好物だから庭中アスパラだらけ…」

吾郎が苦笑いしながら言う。


「すげぇな…おまえんち」

悠佑が呆然と吾郎を見つめる。


「玲花…俺の分のアスパラも食べていいよ」

吾郎は玲花に自身のアスパラを渡す。


「え、食べないの?」

玲花が驚いたように吾郎を見た。


「いや…昨日もアスパラとベーコンを炒めた料理だったからさ…。今日は巻いてあるけど…メンバーは一緒じゃん…。このコンビはしばらく出入り禁止だって、俺の胃がそう言ってる…」

吾郎はげっそりしながら言う。


「え、そんなに…?」

涼太が驚いた様子で吾郎を見た。


有希子「・・・・」

燈「・・・・」

吾郎の姉である有希子と妹の燈も、吾郎と同じ食卓を囲ってる人間として同じ反応を見せた。


「・・・・」

松尾家に於けるアスパラとベーコンの仲良しコンビの食卓出現率は、どんだけのものなのかと各々が想像した。


--


「姉さん、そこにあるタレ取って」

吾郎はそう言いながら、姉の有希子の方へ手を伸ばした。


すると有希子の隣にいた理久斗が、すかさず吾郎にタレを渡す。


理久斗「ん」


吾郎「あぁ…どうも」


理久斗「おまえが有希子の弟か」


「有希子…」

その場にいた皆は、呆然と理久斗を見た。


吾郎「え…はぃ…」


理久斗「・・まぁ、弟が二人も三人も…変わらねぇか…」


吾郎「は?」


理久斗「俺の弟の悠佑が、いつも世話になってるなァ…」


吾郎「え…いや別に…」


理久斗「まぁ俺もそのうち世話なると思うけどなッ」


吾郎「え?」


理久斗「たぶん、俺の方がこの先長え付き合いになるかもしれねぇな…」


吾郎「・・ん?え…何?どういう事?」


吾郎は理久斗の日本語分からないと言った感じで、理久斗の隣にいる姉の有希子を見た。


有希子「何か…私もよく分からないんだけど、どうやら私…この人の心の鍵をぶっ壊しちゃったみたい」


吾郎「・・・・」

なな子「・・・・っ」

悠佑「・・・っっ」


一同、唖然としながら有希子と理久斗を見つめた。


理久斗「まぁ…今後もよろしく頼むわッ!松尾弟ッ!」


吾郎「吾郎なッ!お笑い兄弟コンビの弟の方みたいな呼び方すんなよッ」


爽汰「吾郎兄さん、ガラムマサラ要ります?」


吾郎「要らない…っていうか、君は何で兄さん呼びしてくるわけ?」


爽汰「俺も近い将来お世話になると思うんで」


吾郎「は?」


爽汰「俺も兄さんが二人も三人も変わらないし大丈夫っす」


吾郎「いや、君が大丈夫かどうかはどうだっていいんだけど…」


吾郎は爽汰の横に座る妹の燈を見た。


燈「何か私達、結構気が合うみたい」


吾郎「・・・・っ」


なな子と悠佑は、目を細めながら爽汰と燈を見つめた。


爽汰「俺達、来年は吾郎兄さん達と同じ高校行くつもりなんで、よろしくっス!」


「・・・っっ」

吾郎はギロッと悠佑を見た。


悠佑「お互い厄介な兄弟が来るけどよぉ、まぁ温かく迎えてやろうぜッ!」


吾郎「厄介なのはおまえの弟だけだけどなッ」


爽汰「ヤダッ…何それッ!心外ッ!!俺はもう弟のつもりでいるのにッ!ってか…もう俺の兄さんだからなッ!吾郎兄ッ!」


吾郎「…っっ。君ら兄弟は心と行動のスピードが異次元並みに速すぎんだよッ!おまえらタイムマシーンかッ!」


爽汰「吾郎兄、ガラムマサラ要る?」


吾郎「要らねぇよッ!何でそんなにインドの風吹かせたがんだよッ」


理久斗「吾郎、ナンプラー要る?」


吾郎「タイの風も吹かせなくていい…って、何でそんなにいろんな調味料があんだよッ」


なな子「・・・・」

悠佑「・・・・」


なな子と悠佑は、香月ブラザーズを軽快に回している吾郎の勇姿を誇らしく思いながら、安堵した表情でその光景を眺めた。


悠佑「やっぱ吾郎は大丈夫だな」

なな子「そうね」


--


「彩伽ちゃん、肉焼けたけど食べる?」

なな子と悠佑の向かいに座る亀木琉生が隣にいる悠佑の妹、彩伽を気遣っている。


さすが鉄板焼き屋「竜宮亭」の息子だけあり、焼き方作法がテキパキとしている。


琉生「あ、彩伽ちゃん…飲み物ないね。何飲む?」


彩伽「じゃぁ、麦茶…」


琉生「ハイ」


彩伽「ありがと…」



「亀くん…気遣いが最高ね」

なな子はポツリと呟く。


「でもよぉ… それって彩伽にだけじゃね?」

悠佑が呟いた。


「え…」

なな子はまじまじと琉生の動向を観察してみた。

すると、琉生を挟んで彩伽とは反対側にいる吾郎の妹、燈には一切気にしている様子はなかった。


なな子「確かに…」


悠佑「だろ?」


なな子「じゃあ亀くん、無意識に彩伽ちゃんを特別扱いしているってこと?それって…」


「・・・・」

なな子と悠佑はお互い顔を見合わせた。


悠佑「なぁ、彩伽が二十歳になったら…亀の奴は何歳になるんだっけ?」


なな子「二十三歳?」


「・・・・」


悠佑「アリだな」

なな子「アリだね」


なな子と悠佑は顔を見合わせ、二人同時に呟いた。


なな子が新年度早々から課題としていた「琉生の原石を探さなければ」という思いと、悠佑を悩ませていた「なな子を狙う琉生と彩伽を同時になんとかしなければ」という思いが、"意外に丸っとスッキリ収まるのでは?"と、なな子と悠佑がそれぞれ同時に思った瞬間であった。


なな子と悠佑にとって、予想以上に数々の原石を発掘出来た大収穫な湖畔キャンプ…元い、湖畔野宿であった。


めでたし、めでたし…


悠佑「…今回、俺らのイチャイチャが足りなかったな…やっぱ大勢いるとダメだな」


なな子「また今度ね」


悠佑「・・・っっ!!…今度って、いつ?」


なな子「近いうち」


悠佑「近いうちって…。なな子…とりあえず…今、手繋ごう」


なな子「食べれないから無理」


悠佑「じゃあいいッ!俺から腕組む」


なな子「ちょっ…暑い…」


悠佑「ギュッ」


なな子「ギュッ…じゃなくて、ちょっと一旦離れて」


悠佑「嫌だよ」


なな子「・・・っっ」


悠佑「そういえば…なな子。おまえから勉強教わってた時にやった問題…紀元前3000年頃から2500年頃に栄えた世界の文明3つ答えるやつあったじゃん?その中のモアイ…復刻したやつが…なんと…宮崎県にあるらしいぜ…。文明が日本で全部見れんだぜ?すごくね?モアイ、牛久大仏、ガンダモ…」


なな子「…っっ、だから…文明じゃないでしょそれ…」


悠佑「いや、俺の中では立派な文明なんだって」


なな子「はいはい。そうだったわね」


悠佑「・・いつか一緒に見に行こうな…。俺の三大文明…」


なな子「・・うん。悠佑の三大文明ね…(笑)」


悠佑「・・・(照)」



-おわり-

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眼鏡を外すとき 星ヶ丘 彩日 @iroka_314

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