10. エピローグ

初体験後。


朝目覚めると既に妹は起きていた。

何か料理をしているらしくたまに鼻歌が聞こえてくる。

昨日はあれだけしたのに元気だな。


「あ、お兄、起きてたん?」

「ん、今起きた」


ドアが開いて妹が顔を出す。

ちょうど呼びに来たようだ。


「お兄おはよう」

「おはよう」

「ご飯できてるで」


寝室から出るといい香りが漂っていた。

テーブルを見るとベーコンエッグとパントーストが置かれている。


「豪勢だな」

「え、むしろ手抜きで申し訳ないぐらいなんよ」

「そうなの?」

「お祖母ちゃんはいつもいろいろ用意してたから」


さすが年輩の方は違うな。

ただ俺としては今までそういう食生活をしていないので、

たくさんあっても食べられない。


「俺はこれぐらいで十分だよ」

「そうなんか」

「いろいろ常識をすり合わせないといけないな」

「うん、お兄色に染められる」

「なんか表現がエロいぞ!?」

「昨日もいっぱい染められたし」


顔真っ赤で下ネタ言っているのが可愛すぎる。

つい抱きしめるとお礼とばかりにキスされた。


「……夢みたいや」

「ならこれからは毎日夢みたいなものだな」

「嬉しい」

「泣くほどのことなのか!?」


泣き出してしまった妹をなぐさめる。

こんなに涙もろかったなんて知らなかった。

いつも一人で頑張ってきていたんだろうな。


なんとか泣きやませて二人で学校に向かう。

家を出る直前まで泣いていたのに、

一緒に学校に行くとなると途端に上機嫌になった。

腕を組みたいと言ってきたので試しにやらせてみたら、

思ったよりガッツリ掴まれた。


「いもう、鈴奈、ちょっと恥ずかしいんだけど」

「おに、和馬さん、虫よけは最初が肝心なんですよ」

「寄ってくる女性なんて鈴奈しかいなかったんだが」

「まだ入学して間もないですから周りは和馬さんの魅力に気づいていないんですよ」

「そんなことないと思うけどな……そういえば先輩呼びじゃないんだな」

「名前呼びで私のものであると主張しておこうと思いまして」

「意外と打算に満ちていた!?」

「女は大体計算でやっていますよ」

「こわっ」

「和馬さんは天然でやってるから怖いんですけどね」

「何を?」

「自覚しなくていいです」


食堂に着いて席に座ると、

おさげの部分のリボンが取れかかっているのに気づいた。


「いもう、鈴奈、リボン外れそうだぞ」

「そうですか、治してもらえますか?」

「なおす? 破れてる訳じゃないぞ」

「和馬さん、付け直してもらえますか」

「あ、そういうことか」


標準語で喋ってるから混乱してしまった。

"治す"はたしか"元に戻す"って意味だったな。


「うわ、止めようとしてもリボンが滑る」

「そうなんですよ」

「でも触ってて気持ちいい」

「そうでしょうそうでしょう」

「どうやら目玉を抉り出す必要はなさそうだな」


リボンが止まらず悩んでいると彰人がやって来た。

鈴奈の様子を見て少し驚いているようだった。


「で、この状況は何なんだ?」

「リボンが外れそうだったから付け直してる」

「和馬さんはいいんですよ」

「そうか」

「何がだ?」

「お前は知らなくていいことだ」

「和馬さんは知らなくていいことです」

「なんか仲いいなお前ら」

「和馬さんの友達ですから仲良くしておかないと」


うん、彰人に対する妹の反応を見ても普通だし、

キスした云々は俺を焚きつけるための嘘だったんだろう。

わざわざ悪役までかってくれた彰人には感謝の念に堪えない。


「呼び方変わったんだな」

「ええ」

「いろいろあって結婚した」

「は? 付き合ったの間違いじゃないのか?」

「もう婚姻届けだした」

「昨日まであんな状況で?」

「本当にいろいろあったんだよ……」

「そうか……」


彰人もさすがに驚いている。

昨日まで「本気かどうか信じられない」とか言ってたんだから当然だな。


「和馬がここまで手が早いとはな、妹はどうするんだ?」

「あれ、彰人さんは妹さんのこと知ってるんですか?」

「女を紹介しても妹を優先するせいで振られてたからな」

「そうですかそうですか」

「……なんだその目は?」

「いいえ、何にも?」


妹め、ニヤニヤしおって。

別に妹を優先したから振られた訳じゃないぞ、

ただ単に振られただけだ。

……考えていて悲しくなってきた。


「たしかに妹さんにも許可をもらわないといけませんね」

「な!?」

「是非紹介してくださいよー」

「おま、それは反則だろ!?」

「えー、私は義理の姉になるのに紹介出来ないとでも?」


完全にいたずらモードの妹だ。

何か良い言い返しが出来ないとずっと遊ばれるぞ。


「す、鈴奈のお兄さんに俺を紹介してくれたらいいぞ」

「おに、和馬さん、それはずるいでしょう!?」

「これが等価交換ってやつだ、ふははー」

「いじめられました、そんな事を言う人にはお弁当あげません」

「え!?」

「愛妻弁当はゴミ箱行きに……」

「すみません、調子に乗りました」

「和馬さん、わたしを愛していると言ってみろ」


なぜに北斗の拳?

まあいいか、流れに乗ってやろう。


「愛してるよ、鈴奈」

「えへへー、許します」


目を合わせてしっかりと伝えると、

あっさり許して蕩け顔で俺にしだれかかってきた。

頭をなでると満足げにしている。


「一度言ってみたかったんですよね」

「あのセリフを?」

「ネタだと分かっていたら愛していると言ってくれそうじゃないですか」

「そんなことしなくてもいつでも言ってあげるのに」

「じゃあ、もう一回」

「愛してるよ、鈴奈」

「えへへー」

「本当に楽しそうだな」

「好きな人と一緒にいるんだから楽しいに決まってるじゃないですか、彰人さんも探してみては?」

「そうだな、俺も探してみるか」

「お、彰人がとうとう本気になるのか」

「頑張ってください」

「モテる奴はいいよなぁ、俺m


その瞬間、頭を掴まれた。

気づくとさっきまで胸元にあった妹の顔が目の前にある。


「別に私以外にモテる必要はないですよね、よね?」

「あ、はい……」


妹の本気の目力が強すぎた。

見た目と合いすぎてかなり怖い。


「既に尻に敷かれてるじゃないか」

「和馬さんは尻に敷かれるよりおっぱいを押し付けられるほうが好きですよね」

「唐突な下ネタはやめるんだ」

「大丈夫ですよ、私は全て受け入れます」

「やめろ、それじゃまるで俺が変態みたいじゃないか!?」

「愛はお互いを見つめ合うことではなく、ともに同じ方向を見つめることである、と言いますからね」

「おっぱいを見つめんな!? ってどうした彰人?」


彰人は俺と妹が会話する所をじっと見ていた。

その表情は穏やかでどこか遠い幻想を見ているかのような雰囲気がある。


「和馬、鈴奈ちゃんに質問してもいいか?」

「え、あ、おう、いいけど」


そのまま聞けばいいだけなのに、

どうしてわざわざ断りを入れてくるんだ?


「鈴奈ちゃん、家族と恋人どっちが大事だ?」

「両方です」

「どっちが、と聞いているんだが?」

「両方です、比べることはできません」

「どちらかを選ばないといけないとしたら?」

「きっと悩んで悩んで悩みぬいてそれでも選べなくて両方失うでしょうね」

「二兎を追う者は一兎をも得ずになってるじゃないか」

「そう言われても仕方ありませんね」

「人生は選択の連続である、というが?」

「その言葉の本質は選択することではなく後悔しないことです」

「両方失うのは後悔しないとでも?」

「片方を選ぶより後悔しないでしょう」

「そうか……」


一体何なんだ?

二人の間では意志が通じているようだけど俺にはさっぱりだ。


「オレも鈴奈ちゃんみたいな子探してくるよ、じゃあな」


彰人はそう言って席を立った。

妹みたいな子を探すって……。

え、本気で妹のこと好きとかじゃないよな?


「嫉妬心丸出しですよ」

「え!?」


気づくと妹が振り向いてこちらを見ていた。

顔に出ていたらしい。


「うちはお兄が好きやで」


小声でささやかれた。

そうだ、誰が妹を好きでも構わない。

俺は妹が好きで、妹も俺を好きと言ってくれる。

それで十分じゃないか。


・・・


10年後。


「パパ、お風呂空きましたよ」

「わかったー」


子どもたちはもうお風呂から上がったようだ。

だいぶ早いけどしっかり温まったのかな?


子どもが生まれていろいろ変わった。

「お兄」「妹」なんて呼んでいたら子どもが勘違いしてしまうので、

呼び方はパパママに変わった。

関西弁も真似してしまうから使っていない。

軽々しく「好き」ということもなくなった。

子ども中心の生活で夫婦としての時間はほとんどないし、

数少ない夜の時間も子どもが起きてきた時のために普段通りにしている。

それでも……。


[お兄、大好きやで]

[俺も大好きだよ、妹よ]


それでもLINEの中ではずっと兄妹だった。

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