9. 結婚の挨拶
「心の準備はOK、標準語も良し」
「そんなに緊張しなくても」
「これからお義父さん・お義母さんになる人に失礼は出来ません」
緊張でガチガチに震えている妹を初めて見た。
いつもLINEだったから知らないだけで、
普段からこうだったのかもしれない。
でも今は妹を直接フォローしてあげることが出来る。
「妹よ、お兄が一緒にいるから大丈夫だ」
「お兄……」
体が固まって震えている妹を抱きしめると、
一気に力を抜いてこちらに寄りかかってきた。
こんなに頑張っていたんだな。
「お兄の心臓の音聞くと落ち着く」
「たしかにそういう話聞いたことあるな」
「うん、がんばれそうや」
「ならいくぞ、ただいまー」
俺が先に家に入り妹が後を追って入る。
すぐに母が迎えに出てきた。
「どうしたの、お父さんまで一緒に話聞いてほしいことがあるって……あら?」
「は、初めまして、時原鈴奈と申します、本日はお日柄もよく」
「あら、可愛らしい子ね、挨拶はお父さんのいる所でね」
「は、はい」
まだ緊張しているようだ。
軽く手を握ってあげると強く握り返された。
居間に行くと父が既に座っていた。
「どうした和馬、まるで結婚の……そちらの方は?」
「は、初めまして、時原鈴奈と申します、本日は忙しい中集まって頂き」
「ああ、いいからいいから、まずは座って」
「は、はい」
「和馬も座りなさい」
「おう」
妹を見てからにやけている父と、
いつの間にか父の横に座っている母。
俺にとっては当たり前の光景でも、
妹にとっては初めて見る親子の風景なんだろう。
不安そうに様子を伺っている。
「これはつまりそういうことだな?」
「そういうことですね」
「おい、そこの夫婦、分かるように話せよ」
「か、和馬さんご両親に失礼ですよ」
妹に名前で呼ばれるとくすぐったい気分になるな。
「大体理解してるってことだよ」
「え?」
「とはいえお話はちゃんとお願いしますね」
「え? 別にいいじゃな……はい、すみません」
相変わらず母に頭が上がらない父だ。
まあそもそもノリが軽すぎるのが問題なんだろうけど。
「ほ、本日は和馬さんとの結婚のご報告に参りました」
「うんうん」
「年は18で現在和馬さんと同じ専門学校に通っています」
「おお、すごい子じゃないか」
父よ、顔がデレデレだぞ。
まあ妹は美人だし娘が欲しかったと言っていたからよほど嬉しいんだろう。
「つきましては婚姻届けの証人欄にサインを頂きたく」
「え、結納とか結婚式とかは?」
父が当たり前の疑問を投げかけてきた。
母のほうが言うと思ったから意外だな。
「それは俺から説明しよう」
「いえ、和馬さん、私が説明します」
さすがに重荷だと思って代わろうとしたが断られた。
「私には親戚がおらず天涯孤独の身です」
「なんと……」
「……それでどうやって今まで生活をしていたのですか?」
「両親は子どもの頃に亡くなり祖母が育ててくれたのですが、その祖母も昨年……」
「母さん、可哀そうな話じゃないか」
「少し黙っていて下さい」
「はい……」
「学費や住むところはどうしたのですか?」
「家族が残してくれたお金でやりくりしています」
「それは大変でしたね」
「はい」
「結納が不要な点については理解しました、しかし結婚式は両家親族を交えて行うものですよ?」
「それは……」
「俺が説明を」
「和馬は黙ってなさい」
「和馬さんは黙っていて下さい」
「はい……」
父と目が合った。
おかしい、なぜ同じ状況になっているんだ?
「それについては考えが及んでいませんでした」
「ならどうするか考えましたか?」
「結婚式は改めて日程を立てて行うのが良いと考えます」
「そこまでしてどうして婚姻届けを先に出したいのですか?」
「一秒でも早く和馬さんと結婚したいからです」
「……どうして?」
母の言葉が崩れた。
多分想定外の言葉だったんだろう。
「和馬さんはようやく会えた私の家族だからです」
強い意志のこもった目で言い切った。
目を逸らすことなく背筋を伸ばして母の顔を見ている。
そうか、同棲じゃ駄目なんだ。
家族と一緒に暮らしたいんだ。
「どういうことだ?」
「いろいろ事情があるんだよ」
こそっと父が話しかけてきたが一言で話しきれる内容ではない。
母もきっと意味を理解できたわけじゃないだろう。
それでも口を開くことなくじっと妹を見ている。
あれは熟考している時の癖のはずで睨んでいるわけではないと思う。
「わかりました、いくつか条件があります」
「ありがとうございます!!」
「まずきちんと専門学校は卒業すること」
「わかりました」
「結婚式は学校卒業後に身内のみを集めて行うこと」
「わかりました」
「子どもは学校卒業まで我慢すること」
「……わかりました」
最後だけ若干反応が遅かったな。
あれは納得がいってないんだろうな。
「なら婚姻届けにサインするわね、ほらお父さんも」
「待ってました」
冷静な母とノリノリすぎる父にサインをもらう。
妹はその婚姻届けを大事そうに抱えている。
「気になったんだけどもしかして和馬の妹だったりする?」
「え、知ってるんですか?」
「やっぱり、そんな気がしてたのよ」
「なんで知ってるんだよ!?」
「あんた小さいころに普通にLINE見せてきたわよ」
「そういえば俺にも「妹が出来たんだー」って自慢してたぞ」
「まじかよ……」
小学生の俺は何を考えていたんだ?
いや、何も考えていなかったから兄妹とか言えたのか。
「なら安心ね、和馬があれだけ大事にしてる子だから」
「家族の目線から見てそう見えましたか?」
「重度のシスコンにしか見えなかったわね、あとお義母さんでいいから」
「俺もお義父さんと呼んでいいぞ」
「それは呼ばれたいだけだろ!?」
「お義父さん、お義母さん、末永くよろしくお願い致します」
家を出てすぐ市役所に向かう。
婚姻届けは不備がなければ受け取るだけらしく、
あっさり受理された。
実感はわかないがこれで夫婦となったんだ。
「なんか実感がわかへんな」
「たしかにな」
考えることは一緒だった。
本当に俺達はよく似ている。
「でもこれでようやくお兄と本当の家族になったんやな」
「これからよろしくな、妹よ」
「一生よろしくやで、お兄」
「で、どうして付いてきてるんだ?」
「結婚したんやから帰る場所は同じやろ?」
ニッコニコでそう答える妹。
いや、それをしたかったからこそ急いでいたんだろうけど。
「せめて荷物を取ってくるとか」
「そんなん明日でもええやん」
「下着ぐらいは」
「……なんか家に入ったらまずい理由でもあるん?」
ジトーっとした目で見られる。
まずいな、いろいろ散らかしてるから片付けたいんだけど。
「ほら、一人暮らしだしいろいろとね」
「決めた、すぐ行く」
「腕を引っ張ってどこに向かうんだよ!?」
「お兄の家」
「場所分からないだろ!?」
「住所教えてくれたらスマホのナビ使う」
「……」
返事をしなければ誤魔化せると思っていたら、
妹は無言でスマホを取り出してどこかに電話を始めた。
「あ、お義母さんですか、先ほどはどうも、和馬さんの家の住所を教えて頂きたくて」
「判断が早い!?」
「はい、はい、○○ですね、ありがとうございます、ええ、はい、さっそく、ええ」
「え、住所聞いて終わりじゃない……?」
「事後の対策はしっかりと、はい、ええ、頑張ります、ではまた近いうちに」
「なんだよ事後の対策って!?」
「お兄、お義母さんから許可もらったで」
「何のだよ!?」
「初めては記念だからいいよって言ってたんよ」
「だから何のだよ!?」
「さあいくで」
「だから何の許可だよ!!??」
妹からの返事はないまま自分の家の前まで連れてこられた。
もう覚悟を決めるしか無い、鍵を開けて妹を先に通す。
「お邪魔します」
さっきまでの強引さは身を潜めて借りてきた猫のようになっている。
「妹よ、違うぞ」
「何が?」
「ただいま、だ」
「あ…………ただいま」
「おかえり」
「お兄!!」
また飛びついてきた。
相変わらず甘えたがりの妹だ。
「出迎えの挨拶されるってええな」
「これからはいつでもそうだよ」
「えへへー」
完全に締まりの無い顔になっている。
他の男に見せたら一撃で恋に落とせそうだ。
「そうや、やることあるんや」
「やること?」
「トイレどこ?」
「え、あっちだけど」
腕の中から抜け出して洗面所に向かう妹。
トイレを我慢してたのかと思ったけど、
すぐに出てきて部屋のタンスや棚を開け始めた。
正直かなり恥ずかしいけど、
一緒に住むなら荷物置く場所の確認は必須だろう。
引っ越しも考えたほうがいいかな?
「よかった……」
「まだスペースはあっただろ?」
「女物置いてなかった」
「あるわけないだろ!?」
「だってお兄かっこええし実は女がおっても……」
涙目になって俺を見ている。
そんなに不安だったのか。
「俺は妹一筋だよ」
「……うん」
「それにもう結婚したんだから心配しなくていいだろ?」
「うん、これからは悪い虫全部うちが排除する」
「排除!?」
「早めに潰しておくのがコツやで」
「そんなコツいらない!?」
妹が過激派になっている。
「でもお兄、なんであんなに嫌がってたん?」
「だから散らかってるからって言っただろ」
「うちが全部片付けたるからええんよ」
「そんなことやらせるのは……」
「うちがやりたいからやるってゆーてるやろ」
なんて可愛いことを言う妹なんだ。
お礼とばかりに抱きしめると強く抱きしめ返してきた。
「お兄、今日は初夜、なんやで」
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