第2部 過労生徒会長ゲロ甘やかし編

プロローグ 眠れない女の子

 深夜二時。

 空に鎮座した丸い月が放つ白光が、闇に包まれた世界を照らす頃。


「……眠れない」


 カーテンの隙間から月明かりが差し込む部屋にて。

 壁際のベッドに身体を横たえていた私は下ろしていた瞼を持ち上げ、上半身を起こした。


 大半の者は眠りに就いている頃だろう。

 夢の世界に旅立ってから数時間が経過し、今頃は肩を揺すられても起きないほど熟睡している者も多いはずだ。


 けど、私は眠ることができない。夢の世界に旅立てない。

 既にベッドに入ってから四時間が経過している。

 眠気はあるし、身体も頭も疲労している。本当はぐっすりと眠りたいのだけど……何故か、頭は活発に動いているのだ。


 常に何かを考えていて、思考を止めようとすると余計に脳が働く。

 瞼を下ろしても、いつまでも眠りにありつけない。


 もう数週間もこんな状態が続いている。

 最後にまともな睡眠にありつけたのは、もう随分前だ。

 おかげで昼間の活動にも支障が出ている。睡眠薬も、まるで効果がないから困ったものだ。


「……仕方ない」


 少し本でも読もう。

 ベッドから下りた私は傍にあった勉強机に向かい、椅子に腰を落とし、机上のランプに火を灯した。


 と、光源が生まれ視界が明瞭になったことで、机に置かれていた小さな鏡に自分の顔が映った。


 控えめにいって、酷い顔だ。

 長い黒髪はボサボサになって乱れており、目は眠たげに半分に細められている。また、何処か肌が乾燥しているようにも見え……極めつけは、目元の隈。


 とても濃い隈で、これを見るだけでどれだけまともに眠れていないのかがわかる。

 疲労困憊。すぐにでも倒れてしまいそうな、病人のような姿だ。


「私、こんな顔で学校に行ってるんだ」


 自分の酷い顔に触れ、呟き、私は流れ落ちそうになった涙を堪える。

 そりゃあ、毎日のように心配されるわけだ。

 友人たちにも、先生たちにも、大丈夫? 無理していない? 眠ったほうがいいよ? そんな声をかけられているけど……この顔見たら、そりゃあ声をかける。

 仮に私がこんな顔の子を見たら、迷わず声をかけるから。


 自分の顔を見つめ続けていると、苛立ちが生まれた。

 わかってる。眠らなくちゃ、休まなくちゃいけないことは。

 私だって好きでこんな顔をしているわけじゃない。好きで眠らないんじゃない。


 眠りたいなら眠りたい。

 休めるのなら休みたい。

 でも、無理なんだ。私一人では、どう頑張っても……。


 弱音を零したけれど、すぐに首を左右に振る。

 駄目だ。しっかりしろ。私は生徒会長。皆から頼られる存在で、強い人であり続けなくてはならない。

 例え……忌み嫌われる種族だとしても、皆の模範にならないと。


 嗚呼、でも、それでも……自分の現状に嘆き、つい、口から零れ落ちてしまう。

 胸に蓄積した思いを。願いを。


「誰か……私を寝かしつけて」


 机上に置いた両手を握り固め、私は小さな呟きを零した。

 当然、誰の返事もない。

 発した声は空気に溶けて、消え去った──。


     ◇


 この時の私はまだ知らない。

 人知れず自分の不調に涙を流した夜が明けた日──とある人が、私を安眠させてくれることを。

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学院の生徒たちが産んだ卵を食べさせようとしてくるんだが 安居院晃 @artkou

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