君に1時間会うために、俺は5時間かけて君のところへ行く

春風秋雄

懐かしい友から思わぬ電話が入った

小林誠一の訃報を聞いたのは、昨日の夜だった。同級生の浜崎が電話で知らせてくれた。まだ43歳の若さで、一体どういうことだと浜崎と嘆いた。明日がお通夜で葬儀は明後日だという。こっちまで来るのは難しいだろ?葬儀に出られないのなら、代わりに香典を出しておこうかと浜崎は言ってくれたが、明日は金曜日だったので、こういう事情なのだから一日くらいは会社にいなくても大丈夫だろうと考え、俺は浜崎に明日そっちへ行くと伝えた。

電話を切ったあと、小林誠一との思い出が走馬灯のように蘇ってきた。


俺の名前は平塚勇也。小林誠一は高校時代の同級生だ。俺は高校卒業まで山陰の鳥取市に住んでいた。俺も小林も浜崎も、同じテニス部だった。とくに小林はダブルスのパートナーでもあり、仲が良かった。小林も俺も東京の大学へ進学し、年に数回は飲みに行ったりしていた。大学卒業後、小林は公務員試験に受かり、地元で公務員となった。俺は東京の企業に就職してそのまま東京に住み続けた。そして6年前に独立して、現在は小さいながらも会社を経営している。俺が大学3年の時に、両親はお袋の実家がある兵庫県に移り住んだので、それ以来鳥取へ帰ることはなかった。何度か同窓会の案内も来たが、日程が合わず、結局一度も参加したことはない。だから、小林とは大学卒業の祝いで、東京で二人で飲んだのが最後で、それ以来会っていなかった。


飛行機で行くことも考えたが、通夜まで時間は充分あるので、新幹線でゆっくり行くことにした。姫路まで新幹線で行き、姫路から“特急スーパーはくと”に乗り換える。東京を10時前の新幹線で出発し、姫路に着くと乗り継ぎの時間が小一時間あったので、外に出て昼食をとった。それから14時前の“スーパーはくと”に乗る。窓から見える景色が懐かしい。学生時代に帰省する時は、いつもこの“スーパーはくと”で帰省していた。鳥取駅に着いたのは15時半だった。前もって予約していた、駅前のシティーホテルにチェックインして、浜崎に電話をする。通夜は18時からだから、17時に迎えに行くといっていたので、その時間に礼服に着替え、ホテルの下にいると浜崎が車で迎えにきてくれた。久しぶりに会う浜崎はすっかりオジサンになっていた。街ですれ違ってもわからなかったかもしれない。

「遠くからご苦労様」

「小林とのお別れだから、来ないわけにはいかないよ」

久しぶりに見る鳥取の街はかなり変わっていた。昔はメイン通りでにぎわっていた国道沿いの商店街もシャッターが下りている店がちらほらある。その代わり、新しいビルや商店がいくつも出来ていた。

「まだ時間はあるから、ちょっとお茶でも飲んで時間をつぶそうか」

浜崎はそう言ってチェーン展開している珈琲店の駐車場に車を入れた。

「この店、鳥取にもあるんだな」

「もう何年も前から進出してきているよ」

中に入ると、夕方のこの時間だというのにお客は結構入っていた。

浜崎は昨日の夜、小林の家に弔問に行ったそうだ。

「小林はガンだったそうだ。健康診断で見つかったときはかなり進行していたらしい」

「そうか。まだ若いから進行も速かったんだろうな。残念だな」

「奥さんの留美さん、かなり落ち込んでいたよ」

小林の奥さんは1年後輩のテニス部員だった。女子テニス部の中で一二を争う可愛い娘だった。高校卒業の時に第二ボタンをもらいに来て告白されたらしい。東京で飲んでいたときに留美さんのことを色々聞かせてもらった。留美さんが待っているから卒業後は鳥取に帰らなければいけないと言っていた。

30分ほどコーヒーを飲んで、俺たちは通夜会場へ向かった。

会場には同級生も結構来ていると浜崎が言うが、20数年ぶりに会う俺には誰が誰なのかわからなかった。


通夜が終り、俺たちもそろそろ帰ろうかと思っていると、後からひとりの女性が声をかけてきた。

「ひょっとして平塚君?」

振り向いてその女性を見る。この人だけは20数年ぶりでもすぐにわかった。

「上杉さん?」

「よかった。覚えててくれたんだ。平塚君は変わらないね」

「そういう上杉さんも変わらないよ」

上杉聖子さんは、同級生で女子テニス部のキャプテンだった。男子のキャプテンだった俺とはよく打ち合わせなどを行った。俺と上杉さんが話していると、浜崎がやってきた。

「上杉さんも来てたんだ。夕食はまだだろ?俺たちこれから食べに行くけど、一緒にどう?」

「平塚君とは久しぶりだし、じゃあ、一緒に行こうかな」

上杉さんも車で来ていたので、徒歩で行ける近くの料理屋に行くことにした。

店に入って席に座るなり浜崎が上杉さんに言った。

「上杉さん、平塚をホテルまで送ってもらってもいいかな?そうすれば俺はお酒飲めるんだけど」

「いいわよ。平塚君は私が送るから、浜崎君は好きなだけ飲んで」

「おいおい、そしたら浜崎はどうやって帰るんだよ?」

「そんなの代行を頼むから大丈夫だよ」

鳥取では通勤の交通手段がバスしかないので、マイカー通勤がほとんどだ。だから仕事帰りにお酒を飲む人は運転代行を頼むのが普通らしい。

メニューを開くと、懐かしい鳥取の食べ物が並んでいた。モサエビ、大山鶏、鳥取和牛、のどぐろ、とうふ竹輪。俺は片っ端から注文した。

「今は松葉蟹の季節じゃないから残念だな」

俺がボソリと言うと、すかさず上杉さんが言った。

「カニの季節にまた来ればいいじゃない」

「なかなか用事がないと来られないよ」

「用事なんか、その気になればいくらでも作れるわよ」

上杉さんは運転があるので飲まないが、浜崎に誘われ俺もお酒を頂くことにした。最初こそ小林を偲んでの思い出話をしていたが、そのうちプチ同窓会の雰囲気になってきた。

「平塚君は、ずっと独身なんだって?」

上杉さんが唐突に聞いてきた。

「誰から聞いたんだよ?昔結婚しようとしていた女性と色々あって、それ以来結婚なんかどうでもいいって気になったんだよ」

「色々って何?」

お酒をのんでいない上杉さんが絡んでくる。

「それはまたの機会に話すよ。それより上杉さんの苗字は変わってないみたいだけど、結婚は?」

「一度したよ。でもすぐに別れた」

「お子さんはいなかったの?」

「2年で離婚したから、子供は出来なかったね。まあ、今考えると子供がいなくて良かったと思うけどね。子供がいたら離婚できなかったかもしれないし、離婚したらしたで大変だったろうしね」

何が原因で離婚したのかはわからないが、上杉さんにとっては婚姻を続けられない相当な理由があったのだろう。

浜崎が呼んだ運転代行が来たのでお開きとなった。浜崎は伝票を見て、その半額のお金を出そうとしたので、ここは俺が払うからと言って、無理やり帰らせた。

上杉さんの車でホテルまで送ってもらう。

「明日の葬儀は10時からだったよね?」

確認のために俺は上杉さんに尋ねた。

「そうだよ。明日は私が迎えに来ようか?」

「浜崎が来てくれると思うから、大丈夫だよ」

「平塚君は明日の葬儀が終ったら東京へ帰るの?」

「久しぶりの鳥取だし、ゆっくりしようと思って、明日もホテルを予約してある。日曜日に東京へ帰る予定だよ」

「だったら、明日の葬儀が終ったら、ドライブしようか?久しぶりの鳥取だから、行きたいところあるでしょ?」

「そうだね。じゃあ、お願いしようか」

そんなことを話していると、あっという間にホテルに着いてしまった。鳥取の街は狭い。


翌日、葬儀が終ると俺は上杉さんの車に乗った。

「着替えたいからホテルに寄ってくれないかな?」

「じゃあ、私も平塚君の部屋で着替えさせてもらおうかな」

上杉さんはそう言ってホテルの駐車場に車を入れた。上杉さんは荷台から着替えの荷物を取り出し、俺について部屋に上がる。部屋の鍵を開けて部屋に入ると上杉さんも一緒に入って来た。

「じゃあ、上杉さんが先に着替えてよ。俺は外で待っているから」

「私は一緒でも構わないわよ」

「そんなわけにはいかないでしょ」

俺は外で待つことにした。

5分ほどして上杉さんが出てきた。喪服姿と打って変わって、華やかなワンピース姿だった。こうやって見ると上杉さんは意外と美人だなと思い、ドキッとした。

着替えたあと、ホテルの近くの店で昼食をとり、ドライブへ出かけた。

「どこへ行きたい?」

上杉さんが聞いてきた。

「やっぱり海が見たいね」

「じゃあ、砂丘の方を回ってから海岸線を走ろうか」

鳥取砂丘を見るのも久しぶりだ。この砂丘から京都府の丹後にかけての日本海沿岸部が山陰海岸国立公園になっている。砂丘を通り過ぎ、浦富海岸から東浜の海岸、そして居組の海岸にかけて真っ青な海が広がる景色は絶景だ。途中の展望駐車場に車をとめ、潮の香りを満喫する。東京でせこせこ働いているのが馬鹿らしく思える爽快さだった。


鳥取市内に戻って、城跡の麓にある仁風閣(じんぷうかく)で車を止め、庭園を散歩した。仁風閣は大正天皇が皇太子時代に御宿所(おんしゅくしょ)として利用された洋館で、国の重要文化財に指定されている。映画『るろうに剣心』のロケ地として使用されたことでも有名だ。

「平塚君は昔、結婚しようとした女性と色々あったって言っていたけど、何があったの?」

「まだ会社を立ち上げる前で、働いていた会社で俺は結構出世街道を歩んでいたんだ。それで同じ会社の女性から告白されて付き合うようになったんだ。2年くらい付き合って結婚の約束もしたのだけど、会社を辞めて独立すると言ったらカンカンになって怒ってね。もう別れるって言うわけよ。俺はちゃんと勝算があって独立するんだと説明しても聞き入れてくれなくてね。仕方なく別れたんだけど、その子二股かけていて、俺以外にも同じ会社で付き合っているやつがいたんだ。それから女性が信じられなくなってね」

「それはひどいね。でもそんな女性はたまたまだよ。皆がみんな、そんな人じゃないから」

「そうだろうけど、俺にはそれを見分けるセンスがないから、結婚はもうどうでもいいやって思っている。それより上杉さんはどうして離婚したの?」

「簡単に言えば夫のハラスメント。結婚する前はとても優しい人だったの。この人と結婚すれば幸せになれるだろうなと思っていた。でも、結婚して半年も経つと、何かにつけネチネチと私を責めるようになった。掃除の仕方が悪い、料理の味付けが薄い、仕事でちょっと遅くなると、その理由を根掘り葉掘り聞いてくる。私の仕事の内容なんか知らないくせに聞いてくるから、仕事の内容を一から説明しなければいけない。そんなことを一年も続けていたら、精神的にまいっちゃって、私は実家に帰ったの。もう離婚しますと言ったら、そこからまた色々私の悪いところを並べ立てて、自分には非がないから絶対に離婚はしないと言い張るの。最終的には夫との会話を全部録音して、裁判でハラスメントを認めてもらって、やっと離婚できた」

壮絶な離婚劇だと思わずにいられなかった。

「だから、私も結婚に関しては臆病になっているかもしれない」

なるほど、それで上杉さんは再婚しないのか。


鳥取の懐かしい場所めぐりの最後は、母校の高校へ行くことにした。校舎は懐かしいままだったが、上杉さんに聞くと中に入れば色々新しい施設が出来ているということだった。残念ながら卒業生といえども許可なく中には入れないのでそれを見ることは出来なかった。我々テニス部のテニスコートは少し離れたところにある。コート脇の道に車を止め、テニスコートを眺める。今の時代は土曜日は部活をやらないのか、それとも時間的にもう終わったのか、誰もいなかった。テニスコートを眺めているだけで、様々なことが思い出されてきた。あの頃は楽しかったなとつくづく思う。

「私、高校時代、平塚君のことが好きだった」

いきなりの上杉さんの言葉に俺は上杉さんの顔を見る。

「あの頃の私はまだ子供だったから、留美みたいに卒業式の日に告白する勇気なんかなかったし、青春の思い出の一ページって感じだったけど、まさか20年以上も経ってこうやって告白する日が来るとは思わなかった」

「俺も上杉さんのこと、ちょっと好きだった」

「ちょっとなの?」

「うん、ちょっと」

「ちょっとでも好きでいてくれたのならいいか。ありがとう」

「お礼を言うのはこちらの方だよ。久しぶりに上杉さんに会えてよかったよ」

上杉さんはテニスコートを眺めながら少し微笑んだ。


夕食は俺が泊っているホテルのレストランで食べることにした。

「平塚君は飲むでしょ?だったら私も飲もうかな」

今日は俺を送って行く必要がないので、代行を頼むつもりなのだろう。

ワインをボトルで注文し、二人で飲むことにした。

「平塚君は、結婚はしなくても、彼女はいるのでしょ?」

「いないよ。ずっと特定な相手は作っていない」

「どうして?」

「深く付き合うと、どうしても情が入ってしまうだろ?だから、そうならないように深い付き合いはしないようにしているんだ」

「そうなんだ」

「上杉さんはどうなの?彼氏とかいるの?」

「いない。離婚して何年かはまったくそんな気おきなかったし、そのあとは出会い自体がなくなった。もうこの年になると相手してくれる人もいないしね」

「じゃあ、離婚してからはまったく?」

上杉さんが上目遣いに俺を見た。

「平塚君がどういう意味で言っているのかはわからないけど、色んな意味を含めてまったくないよ」

俺は何げなく聞いたつもりだったけど、上杉さんは下ネタだと思ったようだ。

食事が終わった後も飲み続け、気が付くと時計の針はもうすぐ22時になるところだった。

「そろそろ運転代行を呼ぼうか?」

「今日は平塚君の部屋に泊めてもらおうかな」

俺は驚いた。

「でも、さすがに小林の葬儀のあとだから、それは不謹慎じゃないか?」

「私を泊めるという行為に関しては否定しないんだ?うれしい。小林君なら笑って許してくれるよ。小林君、私が平塚君を好きだってこと知ってたの」

「そうなのか?あいつ何も言わなかったぞ」

「小林君は俺から平塚君に言ってあげようかと言ってくれたんだけど、私は絶対に言わないでと頼んだの。二人が東京へ行くことになって、小林君は告白する気になったらいつでも言ってくれといっていた。二人は絶対にお似合いだからって。私の結婚式に留美を呼んだのだけど、小林君が留美の送り迎えで来ていて、私にこっそりと言ったの。“俺としては相手が平塚でないのが残念だけど、おめでとう”って」

「あいつ、そんなことを・・・」

「だから、私が今日平塚君の部屋に泊ったら、小林君は“ようやくかよ。これも俺のおかげだぞ”って言いそう」

確かに、あいつなら言いそうだと思った。


東京に帰ってから、俺はずっと上杉さんのことを思い出していた。たった一晩の関係だったのに、上杉さんのことが忘れられなくなった。また会いたいと思う。こんな気持ちになったのは本当に久しぶりだ。連絡先は交換したので、また会おうと連絡すれば会ってくれると思う。しかし、このまま上杉さんにのめり込んで良いのだろうかと、心のどこかで自制する声が聞こえる。そんな悶々とした日々を過ごした。

東京に戻って1週間ほどした日、上杉さんからメッセージが届いた。

“元気?東京に帰ったら私のことなんか忘れちゃったかな?”

そのメッセージを読んで、俺は考える前に電話をしていた。

「もしもし?」

「電話くれるとは思ってなかった」

上杉さんが嬉しそうな声で言う。

「あれから上杉さんのこと、忘れた日はなかったよ」

「私も」

「会いたい」

「東京まで行くのは大変だし、鳥取まで来てもらうのも大変だろうから、どこか中間点で会わない?」

俺たちは大阪で会うことにした。

大阪のホテルを予約し、土曜日の夕方に大阪で落ち合い、1泊して日曜日の夕方に別れる。そういうパターンで俺たちは月に1回のペースで会うようになった。大阪駅で俺の顔を見つけたときの聖子は、毎回子供のように満面の笑顔で手を振って近づいてくる。その顔がたまらなく愛おしかった。


定期的に会うようになって、半年ほど過ぎた。その月は聖子が仕事の関係でどうしても大阪まで来られないという。聖子は健康食品やサプリメントを扱う会社に勤めているが、その月はイベントで、すべての土日が出勤となり、平日に振替休日をもらっているということだった。

俺はたった一ヶ月の辛抱だと思ったが、毎週土日になると気持ちが落ち着かなくなってきた。俺はとうとう我慢できなくなり、その月の最終土曜日に新幹線に乗った。

鳥取駅に着いたのは17時半を少し過ぎた時刻だった。前泊ったホテルにチェックインする。聖子はまだ仕事が終わってないだろう。とりあえず聖子に鳥取に来たということを知らせるためにメッセージを送った。

20時近くになって、やっと聖子から電話がかかってきた。

「びっくりしたよ。今どこにいるの?」

「この前泊ったホテル」

「今から行く。何号室?」

俺は部屋番号を教えた。

20分ほどして部屋のチャイムが鳴る。

ドアを開けると聖子が入って来た。

「夕飯は食べた?どこか食べに行こうか?」

俺がそう言うと、聖子は抱きついてきて、俺をベッドに押し倒した。

「夕飯なんか食べなくてもいい。今はこうしたい」

聖子はそう言って唇を押し付けてきた。


「今月は会えないと思ってたから、嬉しかった」

聖子は裸の肩を俺の腕に抱かれ、息を整えた後、やっと言葉を発した。

「どうしても会いたくて、1時間でもいいから会いたいと思って新幹線に乗ってしまった」

「1時間会うために5時間かけてきたの?」

「まあ、そういうこと。1時間でも会えるなら往復10時間かけてもいいと思った」

聖子が俺の胸に顔をうずめてきた。

「なあ、東京で一緒に暮らさないか?」

聖子が俺の顔を見た。

「俺たち結婚に対して臆病になっているだろ?でも、もうそろそろ人生最後のチャンスと思って、結婚しないか?ただ、結婚してもどうしてもダメだったというケースを考えて、こういうものを用意してきた」

俺はそう言ってカバンから書類を出して聖子に渡した。

「離婚届?」

「聖子は前の旦那さんと離婚するとき苦労したと言っていただろ?だから、前もって離婚届を作成して聖子に渡しておくよ。もし聖子が俺と暮らして、どうしても無理だと思ったら、俺が何と言おうとその書類を役所に提出すればいい」

「勇也は?もし私と一緒に暮らすのは無理だと思った時はどうするの?もう一通離婚届を作って、それを勇也が持っておく?」

「俺は必要ない。いくら女性を見る目がない俺でも、聖子は大丈夫だと確信しているから」

聖子がジッと俺を見る。そして、フッと息を吐きながら言った。

「わかった。結婚しよう。ただし、これはいらない」

聖子はそう言って離婚届を真っ二つに破った。

「高校時代からの夢が叶ったんだもの。それで苦労するなら、それも私の人生ということでしょ?でも、勇也は絶対に私を大事にしてくれると確信している」

俺は聖子を抱きしめた。

「ねえ、お腹空いてきた。何か食べに行こうよ」

「そうだな。何か食べにいこう」

「何食べる?今の時季ならまだ松葉ガニがあるから、カニを食べに行こうか?」

「やっぱり鳥取に来たら松葉ガニだよな。よし、行こう」

聖子がベッドから抜け出し、下着をつけようとした。その後ろ姿を見て、俺は思わず後ろから抱きついた。

「何?どうしたの?」

「やっぱり、もう一回しよう」

「カニ売り切れちゃうよ?」

「カニよりも、俺はこっちの方が魅力的だから」

聖子が俺の顔を見て嬉しそうに微笑んだ。

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