変わりゆく街に、変わらないぬくもりを

 時の流れとともに消えていくもの、けれど確かに残り続ける人の想い――その優しさが、湯気のように静かに立ちのぼるようでした。銭湯という小さな場所に宿る記憶や絆が、現代の空気の中でふっと息を吹き返す瞬間に立ち会ったような感覚です。
 
 坂上湯の湯気やゆずの香り、ペンキのはげた富士山の壁画、それぞれが温かい思い出と共に丁寧に描かれていて、読むほどにその場の空気まで伝わってくる気がします。人や町の営みが少しずつ変わっていく中で、写真や記憶、やさしい会話がそっと寄り添ってくれる。静かな余韻が、とても心地よかったです。
 
 まるで“失われゆく風景の祈り”をそっと写し取った、美しくあたたかい物語でした。

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