ラブレター消失事件
@ITUKI_MADOKA
ラブレター消失事件
「ねぇ相楽、ちょっと顔貸してよ」
昨日降った大雪が除雪されて狭くなっていた歩道を滑らないようにゆっくり歩き、いつもより数分遅くなった登校。漏れる息で曇る眼鏡に煩わしさを、足元に溜まる水分に重さを感じながら学校に着いた瞬間、僕と同じくらいの身長をした女生徒に呼び止められた。彼女の名前は……
「何か用かな?岸本さん」
彼女は僕の幼馴染である小森薫の友人である岸本祥子。薫は引っ込み思案であまり人と関わることが得意ではない、対して彼女は竹を割ったような性格で自分が思ったことを素直に話し、表情も豊かで面倒見が良い姉御肌の人だ。それが災いしてトラブルが起こることもあるが、悪い人間ではないことは友人の友人である僕にもわかるくらいには気持ちの良い女の子だと思う。僕と薫とは一年からの付き合いで、出席番号が近かったことからすぐに交友関係を持つことができた。
「ちょっとね。あんたの返答次第では早く終わるから。ついてきて」
そんな彼女が僕に用があるとは、彼女の声は怒気が含まれているように感じたが、心当たりがない。
しかし、何かが彼女の逆鱗に触れてしまったのだろう。こんなことを薫に知られてしまったら怒られてしまうかもしれない。威嚇のつもりかもしれないが全く怖くない頬を膨らませながら上目遣いで「祥子ちゃんを怒らせちゃダメだよ!祥子ちゃんは優しくてほんとは怒りたくない子なんだから!」と注意する薫の顔が想像できる。
岸本さんは美人だ。ここは何もない田舎だが、もし新宿のような都会に赴けば数歩歩くたびに芸能事務所のスカウトマンが声をかけるであろう美貌を持つ、彼女の姿を他の生徒が視界に入れば必ず凝視してしまうほど。僕はそんな彼女の後ろを存在感をできるだけ消しながら歩く。だが、いやでも彼女が引き連れている凡夫な僕も視界に入ってしまい怪訝な目で見られてしまう。そんな視線を岸本さんは歯牙にもかけずぐんぐん前に進む。
校舎の端にある誰も来ないような場所に連れてこられた。岸本さんをよく知らない人が見れば、僕は彼女から恫喝される直前かと思われるかもしれないが、これまで関わってきた僕にはなんとなくわかる。岸本さんはこちらに向き合い、僕の目を真っ直ぐ見つめ、そのナイフのように切れ長でありながらも大きな瞳に宿る炎を込めながら話す。
「単刀直入に言うわ。あんた、何で昨日来なかったの?」
「へ?」
その覚えのない問いかけに間抜けな声がこぼれてしまった。僕は彼女からの誘いの連絡はもらった覚えはない。どこかで聞き逃してしまったのであれば僕の落ち度だろう。だが、彼女とはクラスも違く、わざわざ会いに行くような仲ではなく昨日も会っていないはずだ。その態度が彼女への怒りに拍車をかけてしまったのか、さらに言葉に鋭さが増す。
「昨日薫から誘われたのに何で行かなかったって言ってんのよ!このボケナスダサメガネ!」
掴みかからんばかりの彼女の顔は真っ赤になり、鋭い目がさらに吊り上がりその鋭さが増す。だが、知らないものは知らないのだという体でいたいが、彼女の名前が出てはそうはいかない。
「薫から?」
薫とは昨日話しこそはしたが、そんな約束を取り付けた覚えはない。彼女との約束なら聞き逃すことも忘れるなんてことも、僕が知らないうちに記憶喪失にでもなっていなければありえないはずだ。
「は?ここまで来て知らないふり?ありえないんだけど……」
「いや、本当に知らないんだよ。昨日薫とは話したけどそんなこと聞いてないし……」
「はぁ?あんたのせいで今日薫は風邪を引いて、待って、確か薫は手紙をあいつに……もしかしてあいつが……」
何かに気づいた様子の岸本さんは苛立ちを隠そうとせずに大きな舌打ちをして、僕の後ろに走って行った。
「え?岸本さん───」
「たぶん私が間違ってた!お前は悪くない、先にお前の教室に行ってるから!」
何が何やらわからないが、彼女の怒りの矢印は僕から逸れたようだ。だが、彼女は僕の教室で待っていると言った。僕は三組、岸本さんと薫は二組だったはずだ。なぜ、僕の教室に行くのだろうか。その答えを知るために僕も教室へ向かうことにした。
教室に着くと、岸本さんの大きな怒号が聞こえてきた。その怒りの矛先は僕のクラスメイトの男子のようだった。怒りのあまり彼女はその男子生徒の襟首を思い切り掴んでいる。それを受けている彼は息がしづらいせいかかなり苦しそうだ。彼の身長は170cmある僕よりも低い、つまり岸本さんよりも低いのだ。そんな彼女に力一杯掴まれているのだから苦しいに決まっている。
「お前、なんであの手紙を渡さなかったんだよ!薫は確かに、相楽に渡せって言ったよな!」
「う、うぅ」
「なぁおい!なんとか言えよ!」
「岸本さん、そんなに首絞めちゃったら話したいことも話せないよ」
「でもっ……チッ……」
さすがに彼女の言動は理不尽だと思い、仲介に入る。
「大丈夫?」
彼女からの制裁を受けた彼はようやく呼吸ができたのか、荒い呼吸を繰り返している。そんな彼は声をかけてきた僕を見るなり、恨みを込めたような表情になる。それどころか助けた僕に感謝をせず、舌打ちをして睨みつけてきた。岸本さんのような綺麗な女性とのお近づきの機会を奪ってしまったからなのか、僕と何か因縁があったのだろうかと記憶を辿ってみるが覚えはない。この数分の間に起こったことだけで、こんなにも僕は忘れやすい人間だったのかと疑ってしまいそうになる。
そんなことを思っていると、先ほどよりも比較的冷静になった岸本さんが切り出した。
「おい、出せよ手紙。持ってんだろ、昨日薫が渡したやつ。こいつに渡せって言われてたやつだよ」
「薫からの手紙……?」
その言葉を聞いて僕も彼に対しての険しい目を向けてしまう。だが、彼にも何か理由があるかもしれない。拳に力が入るが何とか抑えて彼に問いかけてみる。
「どうして、僕に渡さなかったのかな?教えてほしい、君のために」
できる限り頭に浮かんだ優しい言葉を使ったが、それを聞いた彼はいまだに人を刺すような目つきをしている。だが、彼は何かを決心したのか、一度ため息をついて思い切り息を吸う。そして、話し始めた。
「お前が、お前が小森さんを……奪うから……っ」
「は?」
「お前が、僕から小森さんを奪ったから!音楽の授業で俺に思わせぶりな態度したくせに、お前みたいな奴に靡くから!」
「チッ、てめぇ!」
手が出そうになる岸本さんを僕は左腕で制して質問を続ける。
「音楽の授業って一年生の時の?なんでそんな」
僕らは現在二年生である。そんな前のことをなぜ今になって掘り返したのか理解に苦しむ。
「そんなじゃない!僕にとって、あの時間は小森さんと話せる唯一の時間だった!二年になって会えなくて悲しかったけど、小森さんは教室に来てくれた、けど俺のためじゃない。お前のためだけに来ていただろ。それを見せつけられて、俺はどう思ったか。でも、昨日小森さんは声をかけてくれた。やっと僕を見てくれた、そう思ったのに、あの女はなんて言ったと思う?『相楽くんと同じクラスの人だよね、これを相楽夕くんに渡してほしいんです、お願いします』ってよ。顔を赤くして、照れくさそうな顔をして僕に手紙を渡してきやがった!期待させやがってよぉ!だから、手紙を渡さないで捨ててやったんだよ!」
彼の言葉はまるで濁流のようにその口から溢れ出てくる。そんな汚い言葉が僕の鼓膜を揺らすのを何とか耐える。
「おい、相楽。やっぱこいつ一発殴らねぇと気がすまね───」
「ダメだよ岸本さん、君の手が傷ついたたら、薫に怒られちゃうから」
「は?じゃあお前が殴るのかよ」
怒りで頭に血が昇ってしまっている彼女の言葉に首を振る。僕も確かに最初は腹は立っていたが、彼の無様な姿を見ていると冷静になってしまった。このままでは彼に手を出してしまうかもしれない。それに、僕はこんなところにいるべきではない。
「僕、行くよ」
教室を後にしようとすると岸本さんは怪訝な顔で見てくる。
「おい、どこ行くんだよ」
「薫の家に行くよ。何を話したかったのか、直接聞いてくる」
その言葉を聞いた岸本さんは先ほどとは打って変わって嬉しそうに笑った。
「おう、そうか!行ってこい。あとはまかせろ」
彼女の本質はこうだ。そんな姿の岸本さんに僕も笑顔が溢れる。
「手、出しちゃダメだよ」
「わ、わかってるっての。薫のやつ、根に持つタイプだから思い出すたび怒ってきやがるし……ってそんなことはどうでもいんだ。おい相楽」
「うん?」
彼女の顔からは笑みがなくなり、真剣な顔つきになる。
「薫のこと、まかせたから」
「うん、まかせて」
僕は学校を出て、登校時よりも滑りやすくなった雪道を走る。登校してきた他の生徒から怪訝な目を向けられているがそんなこと気にしていられない。さっきよりも日が出てきたせいか雪が溶け始め、足元にはシャーベット状になって靴下まで染みそうになっている。だけど、そんなこと構うものか。足を動かせ、速くあの子の元へ。
息を切らしながら走った。元々運動を積極的にする人間ではないが、数少ない貴重な運動の機会である冬の体育の授業は体育館で行っているせいか、さらに体力が落ちている気がする。肺に冷えた空気が入り込み凍りつきそうになる。胃か横隔膜かはよく知らないが、ジンジンとした嫌な痛みが僕を苦しませる。もうこれ以上走れば嘔吐してしまいそうな状態でギリギリ目的に到着した。
赤い屋根からポタポタと雪解け水が落ちてきている。それを避けながら家のインターホンを押す。
家主を呼ぶチャイムが鳴って二分ほど待つと、ドアが開く。ドアの隙間からは暖かそうな淡いピンクの寝巻きに包まれたショートカットの女の子。見た目だけなら中学生と間違えてしまいそうな小柄な体。丸い顔に不釣り合いになりそうなくらい大きな瞳、小さな鼻と赤い唇、熱を冷ますための冷感シートをおでこに貼り付けた少女、僕の幼馴染である小森薫がそこにいた。
「はーい……どなたでしょ───」
「薫!」
つい大きな声を出してしまった。その声に驚いたのか薫は肩を大きく震わせていた。まるで蛇に睨まれて動けなくなった子ウサギみたいで少し可愛いと思ってしまった。誰が来ているのか確認しないで迎えようとする彼女が少し心配になる。
「えっ……夕くん?なんで──ゴホッゴホッ」
「大丈夫かい?」
苦しそうな咳をする薫の背中を摩る。熱があるせいか、いつもよりもその顔に熱が籠って頬が赤くなっているような気がする。だが、僕を心配させないようにと薫は笑顔を作る。
「大丈夫だよ、ちょっと風邪引いちゃっただけだから、それより何で夕くんが?今日学校だよね?」
「それは……ね、中で話してもいいかな?」
風がビューと吹き込んでいることに気づき、このままでは薫の体調が悪化してしまうと思い提案する。
「あ、うん。そこまで綺麗じゃないけど……いいよ」
いつもよりも枯れた声を出しながら、緊張した面持ちで薫は僕を薫の部屋まで招いてくれた。
さっきの訪問で体を冷やしてしまったのか、薫は布団を小さな体に巻きながらベッドにポテンと座る。
「お茶とか何も出せなくてごめんね」
「病人の家に看病に来ておいてそこまで求めるほど厚かましくはないよ」
お互いに困ったように笑ったあと、しばらくの沈黙が訪れる。
「「あのっ、あ」」
話始めようと声が重なってしまう。幼馴染ゆえにリズムが似ているのかもしれない。
「夕くんから話していいよ」
薫は掠れた声で先に話すことを勧めてくれた。たぶん、僕が話せば彼女が話したいことも解決するし、彼女も喉へのダメージも少なくなるだろうと思い、その言葉を素直に受け取る。
「薫、昨日のことなんだけど……」
その言葉に薫の体は大きく震える。それもそうだろう、風邪を引いてしまうほどに長時間待たされたのだ。その姿を見て胸の辺りがちくりと痛むような気がした。
「ごめん、待ち合わせに行けなくて……」
薫は足元を見ながら首を振っている。構わないよと言いたいのだろう。
「……いいの、私が思い上がっただけだから……私が勝手に勘違いして……」
喉を痛めて出しづらいのか泣きそうになっているせいか声が震えている。なぜ僕はこんな小さな女の子にこんな声を出させてしまっているのだろう。彼女の冷えて震えている手を僕の冷たい手で包み込む。俯いていた彼女の顔が僕の顔に向けられる。その目尻には光るものが溜まっていた。
「違うんだ、実は……薫がクラスメイトに渡していた手紙が、僕に届かなかったんだ。色々あって……」
今の薫に彼が言ったことをそのまま言ってしまっては無駄に傷つけてしまうだけだと思い、丁寧に言葉を選ぶ。その言葉を聞いた薫の目は涙とはべつの光が宿ったように見えた。
「そう、だったんだ……良かった……夕くんに、振られちゃったんじゃないかと思って……」
薫の涙ぐんだ声を聞いて握っている手をさらに少し強く包み込む。彼女にこのことを伝えられたことにほっと一息つくと、薫の手がさっきよりも暖かくなっていることに気づく。熱が上がってきたのかと思い、彼女の顔を見ると、タコのように赤くなっていた。
「あ、あの……さっき言ったのは!その、違くて、いや違くはないんだけど……夕くゴッホゴホッ」
僕に何かを必死に伝えようと急に大きな声を出してしまったせいか、咳き込んでしまった薫に背中を摩る。
たぶん、さっき言ったことと僕に渡そうとした手紙に書かれた内容に何か関わりがあるんだろう。聞かなくてもわかると思う。いや、わかると確信している。今まで彼女への気持ちを出そうとしなかった僕がこの結果を生み出してしまったのだろう。もしちゃんと話していれば、薫が寒い外で待ちぼうけて風邪を引くこともなかったし、岸本さんもあんなに怒ることもなかった。もちろん、クラスメイトの彼の蛮行も起こることもなかっただろう。そう考えると、とてつもない罪悪感に襲われる。
彼女に優しく問いかける。
「直接渡すのが怖くて、他の人から渡してもらおうとしたのかな」
その質問に薫は目をぎゅっと閉じながら首肯する。薫は昔から臆病な子だった。休み時間にドッジボールで遊ぶクラスメイトに誘われても首を振って行こうとしなかった。なんで一緒に遊ぼうとしないのか聞いてみたら「ボールを当てたり当たったりするのが怖いから」って言ったのを覚えている。彼女は傷つくのも傷つけるのも嫌いなんだ。ずっと臆病で弱い女の子だった。最近は岸本さんと仲良くなって、強くなった気がした。僕なんかがいなくても、それでも彼女が離してくれなかった。たぶん、まだ臆病な薫がいるんだ。そんな彼女を僕が離したくなかった。いつまでもその小さな手を繋いであげたい。いつまでも彼女の柔らかい心を守ってあげたい。
今なら言える気がする。こんなひどい状況だけど。素直に彼女へ、自分の気持ちを伝えられる。
「ねぇ、薫」
僕の声に反応して彼女はこちらを見る。膝を立てて向き合っても小さな彼女は自然と上目遣いで見てくる。
「薫、僕は君が好きだ」
その言葉を聞いた彼女は驚いたのか目を見開いている。なんて、愛おしいのだろう。
彼女の小さな体が好きだ。彼女の大きな目が好きだ。僕と歩幅が合わないから早歩きになってしまいそうになる姿が好きだ。小さな口でハムスターみたいにパンを食べる姿が好きだ。静かに寝息を立てながら口の端からちょっとだけ涎を垂らしてしまう寝顔が好きだ。まだ好きところがある。これからも好きなところを知っていくだろう。そう思うと口角が自然と上がってしまう。
彼女の大きな目から涙が溢れている。
「私も……」
彼女の口から言葉が溢れる。
「私も、夕くんが好き、大好き」
そう言って彼女は僕の胸に飛び込んでくる。僕はできる限り、小さくて脆い彼女の体が壊れないように優しく抱きしめる。彼女はまだ泣き止まない。普段だったら僕の制服に彼女の体液が染み付いてしまうかもと考えていたが、そのときは彼女を温めてあげたいとしか考えられなかった。
そのまま、僕らはしばらくの間抱き合う状態でいた。彼女が泣き止んで制服の泣き跡を見てすぐにウェットティッシュを差し出してくれた。こういう優しいところも好きだ。
そういえば、彼女に聞いておきたいことがあったのを思い出した。
「ね、そういえば僕に渡そうとしてた手紙、なんて書いてあったの?」
「あ、うん。手紙には待ち合わせ場所を書いていたの」
「へぇ、ごめん。まだ読めてないんだ」
もう読めないんだけど
「どこを待ち合わせにしていたの?」
「え、えっとね、町の図書館だよ」
「図書館?」
なぜそんなところを待ち合わせにと一瞬思ったがすぐに気づいた。
「私たちが初めて出会った場所。夕くんが、私を見つけてくれた場所」
そうだ、僕らは図書館で出会った。同い年の女の子がいたのが珍しいと思って話しかけて、それから一緒に本を読んだりしたのを覚えている。
「なるほど、だから図書館か。なんかロマンチックとはちょっとかけ離れてるかもね」
「そ、そうかな」
「でも、僕ららしくて良いと思う」
「っ……うん!」
「治ったら行こう、図書館。もちろん、日が落ちる前にね」
「そうだね、また風邪引いちゃうかもだしね」
そう言って二人で笑い合う。これまでも何度も一緒に笑い合ってきたが、今までよりも心が暖かくなる。
彼女の顔を見つめてしまう。ゆっくり近づいていく。薫は何かを察したのか手を振って距離を取ろうとする。
「チ、チューしようとしてる?ダメだよ、風邪うつっちゃうから!夕くんが風邪引いたら、お、怒るよ!」
体を弱らせている病人を怒るのはどうかと思うよ。彼女が怒ったら癒されて治ってしまうかもしれないけど。ここはやめとこうかなと思ったけど、少し意地悪をしたくなった。僕がすっと立って彼女が安心した顔を見せた瞬間、僕は彼女の額に軽いキスをした。
「あ、え?」
何が起こったのかわからないようだ。戸惑っている顔も可愛い。
「うん……え?あの、えっと……」
彼女は目をぐるぐるさせている。ベッドに寝るように体を横にさせ、布団をかけてあげた。
「じゃあ、僕は学校に戻るよ、遅刻だろうけどね。お大事に」
その言葉に彼女はハッとしたような顔する。何かを言いたそうに口をパクパクさせるが言葉にできないのか何も聞こえない。でも、何か諦めたように落ち着いて、僕に笑いかけながら言う。
「うん、またね。夕くん」
「また、薫」
こうして、僕たちの一つの事件が幕を閉じた。そして、僕らの物語が始まった瞬間でもあった。
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