そして僕は灯りを消した

翡翠

 

僕は毎日人を殺している。


肩に据えた銃が、沈み込むように腕全体へ重量を預け、ただ無機質な金属がてのひらを刺し、微かなしびれが広がる。


遠くの標的を照準器しょうじゅんき越しにとらえた瞬間、視界は世界の全てを押し退けて一点に収束する。


カチリ――


セーフティを外す音が、世界を切り裂く刃のように耳に響くように撃つ。そして、トリガーを引いた刹那せつな、肩に鈍い衝撃が一度、叩きつけられ、銃口は僅かに跳ねる。


空間を割る轟音ごうおんがこだまし、鼻腔びくう硝煙しょうえんの鋭い香りが満たす。振り返る暇もなく、地面に弾かれた薬莢やっきょうが転がり、冷たい金属音が鳴り響く。


最初は重かったはずのこの感触も、今では馴染んでしまった。そんな自分が途轍とてつもなく汚らわしい。


たかが十五年しか生きていない僕が、こんなものに慣れてしまうなんて。


目の前の風景は、砂埃すなぼこりかすむ。砲声ほうせいや叫び声、どれも遠いのに近い。それを聞くたびに心は痛み、助けをうのに、体は動き続ける。


標的を狙う手も震えない。引き金を引く指先も、淡々としている。自分が自分じゃなくなるみたいだ。


何で僕が召集されたのか、心の中でその言葉を反芻はんすうさせるが、答えなんて返ってきたことは一度たりともない。


ただ、一つだけはっきりしているのは、この銃を持ち、人を撃つ事がこの国の為なのだという現実。命令に従い、標的ひょうてきを倒さなければならない。やらなきゃ死んでしまう。そういう話。


引き金を引くたびに、一つの灯りが消えていく。それが誰なのかも分からない。ただ、僕と同じように生きたいと思ってたはずの誰かで。


それを思うと、胸が火傷やけどをしたように熱くなって、死にたくなるほど苦しくなる。その苦しさを顔に出す余裕なんてものはない。そんなことをしてしまったら次は僕が倒れる番だ。


僕の存在意義は何だ。兵士か、子どもか、それとも、ただの道具か。分からない。何も分からない。分かりたくもない。


だけど、普通の十五歳のままじゃいられない。いや、いれない。周りの灯りが一つずつ消えるたびに心の中で叫ぶんだ。


家族のところに戻りたいって。


でも、もう戻れないんだろうな。そう思いながら僕はまた一つの灯りを消した。




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そして僕は灯りを消した 翡翠 @hisui_may5

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