第2話 剛との出会い
次の日、お昼近くに例の郵便配達の青年がやって来た。
「郵便です」
そう言って、僕が飼われてるお店CATの自動ドアを開け郵便配達の青年が手に郵便物を持って入って来た。
店内では多数の猫達がうろちょろと徘徊していた。
青年はと言うと、見た目は三十代前半のパッとしない中太りでメガネをかけ、真面目そうなと言うより、気弱そうな感じだった。
首にぶら下げられた、郵便局のネームプレートには山田
その青年は郵便をオヤジに手渡すと、早速オヤジは例の里親探しの件を青年に話し始めた。
郵便配達の青年は、僕を見つけ、またいつものように「可愛い、可愛い」と言いながら撫でて来た。
「ところでさ、郵便屋さんは実家暮らし、それともひとり暮らしかい」
「えっ、何でですか。僕はアパートひとり暮らしですけど」
青年は突然の質問に、面食らったように答えた。
「じゃぁ好都合だ。ところで郵便屋さんのところではペットを飼えるのかい」
オヤジは青年に立て続けに質問した。
「どうなんだろう。大家さんに聞いて見ないと良くわからないですね」
青年はモゴモゴとはっきり聞き取れない小さな声でそう答えた。
【なんだ、こいつのところではどうやらペット飼えないっぽいな】
僕は青年の自信なさそうな小さな声の返答からそう読み取った。
【これでホッとした。ひとり里親候補が消えてくれたみたいだな。僕はまだ家族のみんなとここにいたいんだ。家族のいないところで人間と一緒に暮らすなんてまっぴらごめんだよ】
数秒間の沈黙の後、再びオヤジが口を開いた。
「実は今ここにいる三匹の猫のうち一匹の里親を探してたんだけど、郵便屋さんのアパートでは無理っぽいかな」
そう言うとオヤジは僕とその横にいたお兄さんニ匹をチラッと見た。その視線の流れに誘われる様に青年もこちらをチラッと見た。
「いつも思ってたんですけど、この子可愛いですよね」
そう答えた青年は僕を撫でながら、眼は乙女のようにキラキラと輝いていた。
飼えるか飼えないかは別として、青年は動物が好きだった。かつてオンボロアパートでハムスターを飼っていたこともあった。
それにCATへ郵便の配達に来た時可愛さからか僕の頭を撫でて帰って行ったことが何回かあった。
【ちょっと待ってよ、青年。さっきわからないって言ってたじゃん。あんたのアパートではどうせペットなんて飼えないんだろ。大家さんに聞かないとダメなんだろ】
「店長さん、もしかしたらウチのアパートでも飼えるかもしれません。大家さんに聞いてみます。店長さん、ニ、三日時間をいただけませんか」
オヤジにそう答えた青年の眼は多少困惑しているようにも見えた。
【だから、ちょっと待てって。大家さんに聞かなきゃわからないってことは、ペットなんて飼っちゃいけないアパートに住んでるんだろ。無責任な返事はやめてくれよ。飼えないならはっきり飼えないって言え。それとも僕らのあまりの可愛さに心揺れ動いたのか。それとも一人暮らしの寂しさからそう答えたのか】
「大家さんに聞いてみます」
と言った後、青年は僕や僕のお兄さん達の頭をずっと撫でていた。
その日はそんな青年の曖昧な返事で終わった。
次の日も青年はCATに配達に来た。今度はお兄さん達じゃなく僕の頭を撫でた。頭を撫でたと思ったら、喉まで撫でて来た。
【うわー案外気持ち良い】
僕は気持ち良さのあまり喉を鳴らしてしまった。
「どうだい気に入ったかい」
店長が言うと
「この子が大人しくて一番可愛いっすね。ゴロゴロ喉鳴らしてますよ」
青年は嬉しそうにそう答えた。
「じゃぁ決定だな。一番下のこの子を連れてってくれるかい」
「すみません、あとニ、三日待って下さい。必ず答え出しますから」
店長に促された青年はそう言って僕の喉をずっと撫でていた。
ニャー(気持ち良い)
僕は気持ち良さのあまり、思わずそう言って鳴いてしまった。
次の日も青年はCATに配達に来た。今度は二匹のお兄さん達には目もくれず、僕を見つけるなりお腹のあたりを触って来た。
【やめてよ、気持ち良いじゃんかよ】
僕はあまりの気持ち良さにまた喉をならしてしまった。青年はこの日は僕だけじゃなくお兄さん達のことも触って行った。どの猫が良いのかしっかり吟味しているんだろう。
「じゃぁ決まりだな。さぁどの子にするんだい」
「すみません、あと一日、二日待って下さい。二日後には必ず答え出しますから」
次の日も青年はCATに配達に来てお兄さん達と僕を交互に一通り撫でて行った。その次の日も青年はお兄さん達と僕を交互に一通り撫でて行った。
青年は特に僕のことが気に入ったのか、僕のことを仕切りに撫でてくれた。たまにお腹のあたりも撫でてきたので僕はたまらず
ニャー(気持ち良い)
と鳴いてしまった。
「本当可愛い猫達ですね。僕のところでぜひ飼わせて下さい。大家さんと交渉してみますので、ぜひ猫を譲って下さい」
青年はオヤジにそう告げた。
「なんだよ、まだ大家さんを説得してないのかよ」
店長が少しムッとした表情で青年をそう問い詰めると
「大丈夫です。大家さんも大の猫好きなんで断られないと思いますので」
青年は自信ありげにそう答えた。
「そうかそうか、じゃぁ交渉成立だ。郵便屋さんは今仕事中で猫なんて持ち帰れないだろうから、休みの日で良いから取りに来なさい」
オヤジがそう答えると、青年は
「ありがとうございます。次の休みは明後日水曜日になりますので取りに来ます」
嬉しそうにそう答えた。
【いやぁ、だからちょっと待てって。ペットを飼えるかどうか大家さんに聞かなきゃわからない奴が、何で自信満々に嬉しそうに、自分は飼えます、なんて言ってるの。可愛いからとか、寂しいからとかで僕らを飼って後で大家さんに見つかったからとかでポイっと捨てるんじゃないだろうね。やめてくれよ。僕は物じゃないんだから】
僕は心の中で叫んだけれど、オヤジや青年には伝わるはずもなかった。
ふっと見ると、一番上のお兄さんは相変わらず会社の中を元気いっぱい走り回り、二番目の僕のお兄さんは毛繕いしながらのんびりあくびなんかしていた。
【おいおいお兄さん達も自分達の中で一匹里親に出されちゃうんだよ。そんなのんきなことで良いのかよ】
チラッと会社のデスクの下でくつろいでいたお母さんに目を向けると、お母さんもまるで人ごと、いや猫ごとの様にあくびをしていた。
【お母さんまでなんでそんなにのんきでいられるんだよ】
とにかく、青年が明後日水曜日に僕らを引き取りに来る日を待って、結局飼えないと言う結論に至るのを期待するしかないかな。
君と出会えて、幸せだった 山田剛 @ceg86647
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