第14話 共に歩む未来へ

[side: カイル・ロータス(旧名: カイル・フォン・エリシア)]


 滞在室セリスのいる部屋を後にするとそれまで入っていた肩の力がそっと抜けた。ようやく、セリスと一緒に過ごす未来が現実のものとなった。


 セリスを幸せにすると誓ったのに、結局ほとんど彼女の意思をほとんど無視してしまった。貴族は平民に落とされると生きていけない。そのことを利用してしまった。それを思うたび、自分の醜さが胸に突き刺さる。自分が彼女を汚してしまうのではないか――そんな恐怖すら感じる。


 それでも、セリスが「一緒に行きます」と言ってくれたときの姿を思い出すと、胸が温かくなると同時に、痛いほど心が締め付けられる。それでも領地に行って、セリスと二度と会えない未来を考えるだけで、耐えられなかったからついてきてくれると聞いて安堵した。


 目を離した隙に彼女が自殺を試みたあの時、自分は何もできなかった。ただただ、ベッドに横たわる幻のようなセリスの姿を眺めることしかできなかった。


 その時の無力感が胸を苛む。だからこそ、セリスを置いて領地に行く選択肢はなかった。自分の目が届かない場所でセリスが再び消え去ってしまうかもしれない恐怖が、セリスがついてこない事を許さなかった。


 かつての自分たちは、互いに一歩引いた距離を保っていた。それが最近、セリスが昔のように話してくれるようになり、それだけで心が浮き立つ。そうなるほど、彼女への想いが抑えられなくなっていった。


 セリスは感情のコントロールが毒を飲んだ影響かうまくできないと申し訳なさそうにしていた。私は迷惑に思うどころか思っていることを素直に言ってくるのを嬉しく感じている。



 セリスから「一緒に行きます」と言ってもらったとしてもそれは言わせたみたいなもので本当にセリスにとって良かったのか自信が持てない。




 ――本当は、彼女を連れて行かない方がよかったのかもしれない。


 父上と母上に託していれば、セリスは王城で安全に暮らしていけただろう。あの二人ならセリスを決して粗末に扱わないはずだ。


 でも、そう思いながらも、セリスのいない未来は耐えられなかった。

 いや、違う。付いてきて良かったと思ってもらえるように、私が努力しなければならないのだ。


 自らにそう言い聞かせ、明後日には領地に出立する準備を進める。セリスがそばにいてくれる――それだけで頑張れる気がしていた。




 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 王城の中庭は朝霧に包まれている。荷馬車の準備が整えられ、使用人たちが最後の荷物、大きめの車輪が4つついた椅子車椅子を荷馬車に取り付けている。

 空気はひんやりとしていて、冬の訪れを感じさせるが、それよりも胸の奥がざわついて仕方がない。


「遅れてすみません。」


 振り返ると、セリスがサマンサに支えられて歩いてくる。その姿を目にした瞬間、どこか緊張していた心が少しだけ和らいだ。


「大丈夫だ。まだ時間はある。」


 彼女がいること自体に安堵している自分がいる。淡い色合いのコートに身を包んだ彼女は、どこかしら凛々しさと神秘さを漂わせていて、その姿に目を奪われた。


「これから先、厳しいことが多いかもしれない。でも、セリスがそばにいてくれるだけで心強い。」


 素直な言葉が口をついて出た。セリスは一瞬驚いたように目を見開き、それから小さく笑った。


「カイルはロータス公爵領の当主になるのですよ。私も支えますから、しっかりしてくださいね。」


 その言葉に胸が熱くなった。セリスを幸せにすると誓ったのに、自分こそがセリスに救われている。その事実が胸を締め付ける。



 馬車が静かに動き始めた。後方に王城の高い塔が小さくなっていく。セリスは窓越しにそれを見つめている。


 その姿はどこか遠くを見ているようで、不安が胸をよぎった。彼女を連れてきたことが本当に正しかったのか――そう思わずにはいられない。


「後悔してない?」


 不意にそう尋ねると、セリスは少しだけ考えるような顔をしてから答えた。


「後悔させないようにしてください。でも……」


 そう言って、カイルの方に向き直った。その瞳には揺るぎない決意が宿っている。


「今のカイルがいる限り、大丈夫だと思っています。」


 その言葉に、今度こそ自信が湧いてきた。セリスを連れて行くことは間違いではなかったと。彼女のその瞳に宿る決意が間違いではなかったと示していこうと強く思った。


 これから始まる困難な日々を思うと、胃が重くなる。それでも、隣にいるセリスを見つめると不思議と心が軽くなるようだった。


「セリス、ありがとう。」


 小さな声でそう呟いた言葉は、彼女に届いていないかもしれない。それでも、今はそれでいいと思えた。これからの行動で、もっと彼女を安心させ、笑顔を増やしていけるはずだから。


 馬車がゆっくりと街道へと進んでいく。セリスの視線はまだ窓の外に向けられていたが、ふと彼女がこちらを振り返り、穏やかに微笑む。その表情を見た瞬間、カイルの中に迷いは消えていた。


 ――私なら今度こそ、必ず彼女を幸せにできる。


 朝霧の向こうに広がる未知の未来。その先に何が待ち受けていようとも、もう二人なら立ち向かえる。そう強く信じながら、カイルは静かに目を閉じた。





コウノトリです。ここまで読んでくれた人は本当にありがとうございます。


本当はもう少し明るい話にするつもりだったんですが、なぜか暗くなってしまっていました。


本当はセリスを傷つけた王子に痛い目にあってもらってそのままセリスと結ばれるようにしたかったのにコウノトリが一番セリスを傷つけてしまったような気がします。


この後に領地編という形で続けようかと思ったりしていたのですが、書けば書くほど、自分で読み返すのも辛くなってきました。



もし、のちの展開に期待している人がいらっしゃったのでしたらもしかすると書くかもしれません。


今後とも、執筆活動は続けていきますのでその時はよろしくお願いします。



追記


読み直すと当て馬のごとく捨てられたレナ嬢が可哀想すぎて悲しくなったので短編を書いてみました。

https://kakuyomu.jp/works/16818093090451590237

もし、よろしければこちらの方も読んでください。こちらの方が出来栄えに自信があります。

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《完結》すれ違う善意 コウノトリ @hishutoria

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