交わした秘密

夕緋

交わした秘密

 その日はいつもの通学路を使って帰りたくなかった。

 テスト期間ということもあって、普段は部活に行っているような子達もみんな一斉に帰る。その人の多さが嫌で、でも学校に残っていると教師たちに怒られるから、私はわざと遠回りして帰った。

 寂れた商店街を抜けると、仄暗い路地に出る。きっと夜になったらどこからも明かりが入らないような場所だ。今は昼間で太陽が輝いていることに感謝しつつ先へ進んでいると、人の声が聞こえて来た。「ミーちゃん今日も可愛いでちゅね~」と、ただでさえ甘ったるい猫撫で声を使って、さらに赤ちゃん言葉で話している。どこかで聞いたような声の気もするけど、どうしよう。このまま路地を進むと確実にその声の主と鉢合わせる。もし私の記憶が正しければ、あまり会いたい相手ではない。けれど路地を抜けないことには帰れない。

 何も知らないふりして通り過ぎよう。

 そう心に決めていたはずなのに、声の主の答え合わせがしたくて一瞬ちらっと目を向けてしまったのが悪かった。

「あ」

 思い切り声の主と目が合った。

 私は足早にここを去ろうとしたけれど、声の主が追いすがってきた。

「待って待って待って!!」

 仕方がないので立ち止まる。一つ大きく溜息をついて振り返ると、そこには幼馴染の直人がいた。

「あんた何やってるの?」

 私が聞くと、直人は頭を掻きながらしばらく「えー」とか「あー」とか言っていたけれど、やがて決心したように私を手招いた。

 近寄っていくと、段ボールの中に猫がいる。

「こいつ、二週間前くらいからここにいてさ。誰も世話してなかったみたいなんだよ。でも俺の家ペット飼えないし、だからここで面倒見てるんだ」

 さっきの猫撫で声はまさに猫撫で声だったというわけだ。

 それにしても直人はずっとこの段ボールの中で猫を飼うつもりなのだろうか。直人ならあり得そうで危うい。

「動物愛護センターとかに連れて行ったら?」

 私が言ったら、直人は少しの間ポカンとして、その手があったか!! と驚いた様な表情をした。ほんとに肝心なところが抜けている。

「それ! 愛護センター! どこにあるの!?」

「いや、知らないわよ。自分で調べて」

 それもそっか、と呟いて直人は早速スマホを取り出す。アプリを立ち上げて検索窓に文字を打ち込もう、というところで動きが止まった。

「……あのさ」

 神妙な面持ちでこちらを向くから何事かと思ったら、存外くだらないことだった。

「さっきの、聞いてた?」

「あぁ、さっきのお手本のような猫撫で声?」

「頼む! クラスの奴らには秘密で!」

 手をパシッと顔の前で合わせてお願いしてくる直人に再び溜息を吐く。

「私が言いふらすわけないでしょ。ていうかだいたいなんて言うのよ」

「そっか、それもそうだよな……でも頼む!」

 わかったわかった、と適当に返事をしておいたら直人はホッとしたような顔でスマホに向き直った。

 直人はこれでもクラス内では人気のある方で、自分でもそれを自覚している。というか、いわゆる高校デビューというやつで、直人は掴み取った位置から転落したくないからと、私に様々なことを秘密にしてくれとお願いしてくる。今回も猫撫で声を出していたら恥ずかしいとか何とか思ったのだろう。

 心配しなくても直人と私を繋ぎ止める秘密をバラす訳がないのに。

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交わした秘密 夕緋 @yuhi_333

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