深夜の運動会

香久山 ゆみ

深夜の運動会

 どこかから騒々しい音楽が聞こえてきて目が覚めた。天国と地獄。パンパン、発砲音が聞こえる。――運動会だ。

 ええと、今何時だ? 寝るのが遅かったせいかぼーっとする。全然寝た気がしない。

「アンカーにバトンが渡りました! 赤勝て! 青勝て!」

 放送席の実況がうるさい。どうして運動会の時って、こう町内一帯に響き渡るような爆音で放送するのだろうか。毎週しているはずの全校集会の声がこんなに響いてくることはないから、もっとボリュームを落としたって十分学校内で聞こえるはずだと思うんだけど。それとも孫の活躍を見に来た年寄りを気遣っての音量なのだろうか。

 そんなことを考えながらカーテンを開けると、暗い。夜だ。いくら田舎だからって、夜中に運動会するような慣習はない。

 前にも一度こんなことがあったな。チリリと頭が痛む。

 そうだ、まだ私が小学校に上がったばかりの頃だった。その時もこんな風に深夜に目が覚めて、運動会の音が聞こえてきた。私はうきうきして窓を開けたけれど、外は真っ暗で、音がどこで鳴っているのかも分からなかった。

「ねえ」

 突然背後から声を掛けられて、振り返ると赤い顔の女の子がいた。

「あたしの代わりにリレーを走って欲しいの」

 そう言って女の子は被っていた赤帽を、私の頭に乗せた。

「むりだよ、ばれちゃうよ」

「帽子被るから、だいじょぶよ」

 女の子は強引に私の手を引いて運動会まで連れて行った。両親や祖父母や一族全員が応援に来るから、足の遅いとこ見られて失望させたくないの。それで、私は鬼の運動会に出ることになった。

 確かに私は学年で足が速いけど、その時はいつもよりさらに速く走った。すぐ後ろから追い掛けてくる子鬼達が怖くて逃げなきゃいけなかったから。

 そうして一等賞でゴールした私を、鬼の母さんは「すごいすごい」と言ってぎゅっと抱きしめて離さなかった。私はばれないようただ黙ってニコニコしていた。

 けど今にして思えば、ばれていた。我が子を間違えるはずがない。他の鬼達に人間が紛れていることを悟られないよう庇ってくれていたのだ。

 子供部屋へ入り、布団を引き剥がす。

「きゃっ」

 娘の代りに鬼の子が丸くなっていた。

「行くよ」

 帽子を被って、その子の手を引いて家を出る。おぼろげな記憶ながら、あの時母が迎えに来てくれたのだった。

 母になったあの子に再会するのが楽しみだ。

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