番外編.見返り side前側妃

side 前側妃



「王太子ですか? 可愛らしい方ですわ」



ロザリア王女に、王太子をどう思うか尋ねた返答に、思わず耳を疑った。



前王妃と私で手塩にかけて育てたシャルロットとエルミーヌ。あの子たちと勝手に婚約解消をしたと聞いた時には、王宮に乗り込んでいこうとまで思った。しかし、体調が回復しつつあった前国王であるエドアルド様が、その話を聞き体調がさらに悪化したため叶わなかった…。



でも、さすがあの子たち。理不尽な目に遭っても、我が国にロザリオ王女という人物を引き入れてくれたのだもの。




そして、そのロザリア王女が、挨拶にと私たちを訪ねてきてくれた。彼女の姿は、端正で品格に満ち、言葉一つ一つに自信と知性が宿っていた。彼女を見たエドアルド様が嬉しそうな、安心したような顔をしたわ。きっと、これから回復に向かうわね。しかし…




「可愛らしい? あの王太子が?」




前王妃の直系の孫であり、亡くなる直前まで『どうか、王太子のことをお願いね』と最後まで心配されていた王太子が?



「ええ、凡庸であるがゆえに、固定観念にとらわれにくく、他者の意見を素直に受け入れることができる。突出した才能がない分、やれと言われたことに疑問は持っても反抗したりしない。可愛らしいですわ」



紅茶を一口飲み、優雅に答える王女。



「褒めているのよね?」



思わず苦笑しながら尋ねる。



「ええ、もちろんですわ。頼りになる人がいれば自然と頼ってしまうタイプなのでしょう。妃たちもおそらく。まあ、私は頼られることを好みますので、口を出さないのであれば、特に問題はございません」



「妃たちは特別優秀というわけではなかったけれど、そつなくこなしてはいたのよ。でも、私たちや王太子の婚約者二人に頼ることも多かったわ」


流石、ロザリア王女。本当によく人を見ている。




「王太子は、政務に関わっても『女のくせに』と言いませんし、満面の笑みで感謝を述べます。それだけで、私にとって良い伴侶ですわ。私の"王とは"という話をしっかりメモして聞いておりますし、作ってあげたスピーチを部屋の隅で練習する姿も愛らしい。練習に付き合ってほしいと恥ずかしそうに言いに来るところや、上手くいった時に褒めてほしそうな顔をするところも。ええ、やはり可愛らしい方ですわ」




「確かに、過剰な野心や過度な自信に満ち溢れていないところが、あの子のいいところかしら?」



王としては、ものすごく頼りないけど。




「頻繁に私の執務室に遊びに来るところを見ると、人と話すことが好きなのでしょうね。お話できなくて寂しい、友達の家に行く、アンナが話を聞いてくれた、癒された、一緒に居たい。こんなところでしょう」



「はぁ、私もそう思うわ。シャルロットとエルミーヌが忙しくて時間を取れなかったことが、王太子や妃たちのせいだということには…気付かない子よね」



少し考えればわかるでしょうに。




「ふふ、忙しい原因に、のほほんと話しかけられても、たいていはイラっとしますわ。私もこの年齢でなければ、怒り狂ったでしょうね。出会ったのが、余裕のある今でよかったですわ」




…王女でもやはりそう思うのね。




「ただ、あなた、将来的には、王の仕事も王妃の仕事もやるつもりなのでしょう? 余裕がなくなるのではなくて? 王太子たちからの見返りなど期待できないでしょうに」



家臣を上手に使っても多忙なことには変わりない。



「いいえ、王太子たちの面倒を見ることの見返りに、政務に携わることができるそう思っておりますわ。それで十分。王族であること、他国であれど民と国のためにこの身を捧げる。それが私の生まれてきた意味ですもの」




思わず目頭が熱くなる。なんて、ありがたい人物なのだろう。



「…私の娘がモンテクリスト公爵に嫁いでいるわ。ここは王都から少し離れているから、何かあれば公爵家を頼ってちょうだい」



「ふふ、ありがとうございます」




王太子のことはひとまず安心した。だが…




「それで、アンナって子は、どうなのかしら? そのまま側妃にするつもり?」



同じく凡庸だと聞いている。



「ええ、『親しみやすい側妃』になれると思っておりますわ。アンナは、今の状態が限界ではありません。新しいスキルを学ぶ、教養を深め努力を続けることで、徐々に自分の価値を高めることができます」 




「王妃と側妃の手に余るという話を聞いたのだけれど」




例の任せたというお茶会の話は…鳥肌が立ったわ。




「王太子と同じく、たくさんのことをやるのは無理なのです。無理なものを無理にやれと言って、できたら苦労はいりませんわ。アンナは『できること』を一つずつ積み重ねることで、毎日楽しそうにしておりますの」



「できること?」



「ええ、例えばアンナは、刺繍が得意なのですが、自分で考え作り上げたデザインは…かなり独特なデザインです。ただ、決められている紋章などを刺繍するのは、得意なようで素晴らしい出来ですわ。私は恥ずかしい話、刺繍はあまり得意ではないのです。不得意というより、それにかける時間が無駄のように感じて、今までまじめに取り組んでこなかったということが正直なところですわ。なので、貴族たちへの贈り物にアンナの刺繍したハンカチを重宝しております」



「そうなの」


その特技は使えるわね。



「それに、物を見る目は確かですわ。ただ、それを生かすことができず、使いこなせるセンスもないのです。ええ、壊滅的です。しかし、自身が得意でなくても、才能ある人々を見つけて支援する、そう、王族としてパトロン的な役割を担うことは可能です。良い品を見つけて誰かに活用を任せることも。ええ、アンナは、これからですわ」



なるほど。




「こう言ってはなんだけど、…アンナのことは切り捨てた方が早いのではなくて? もっと優秀で即戦力になれる令嬢もいるでしょう?」



私の言葉に一瞬考えたようなそぶりを見せた王女だったが、すぐ微笑んで話し始めた。




「そうですわね…しかし、民とは切り捨てるものではなく、慈しむものですわ」




王の発言だわ。恐れ入る。




しかし、王女にこれほどの力があれば、下手にまあまあ仕事ができるレベルの令嬢が側妃になれば、逆に災いになりそうね。アンナが最善と王女が判断したのであれば、この話はもうやめにしましょう。




「…あなたには、長生きしてもらわないといけないわね」



王太子とアンナが残されたら、この国は終わりだわ。




「ええ、この先産まれるであろう子たちが立派に育つまで、あの二人より先に死ぬわけにはいかない。そう決意をしておりますわ」




王女は教養が深く、その後の話も尽きることがなく、時間はあっという間に過ぎ去った。






「今日は二人に留守番を頼んできましたの。やることをやれる分だけ指示して。あの二人、言いつけを守るのは得意なのですよ」



その微笑みの中には、温かさが滲んでいる。




「ふふ、では早く帰らないと、門のあたりで寂しそうに待っているのではなくて」




二人の子供たちが不安そうにしている姿を想像してしまい、思わず笑ってしまった。




「そうですわね、そろそろお暇致します。言いつけをきちんと守れていましたら誉めてあげないと」




ああ、今日はロザリア王女に会えてよかったわ。心の底から安心した。




「王太子を、王家をよろしくお願いするわ」



微笑む王女の姿は、頼もしさに満ちていた。素晴らしいカーテシーを披露した後、彼女は颯爽と帰っていった。




陛下と王妃たちが、譲位してこの地に来るのも遠くなさそうね。


そうしたら、エドアルド様の体調も回復していることだし…お世話を任せて、娘や孫のところに遊びに行きたいわ。旅行もいいわね。





ふふ、今まで王家に尽くしてきた見返りに。



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【完結】見返りは、当然求めますわ 楽歩 @rabu2

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