額の十字架 ~彼は異世界のひとでした~
卯月二一
額の十字架 ~彼は異世界のひとでした~
「タフでなければ生きて行けない。優しくなれなければ生きている資格がない」
「えっ? いまなんて言ったの」
隣の席に座る
「い、いや。なんでもない……」
高1にして身長187センチ、体重86キロのガタイのいい彼は、そういうと今読んでいた実際よりもとても小さく見えてしまう文庫本を慌ててポケットにしまった。
「そ、そう……」
数学教師の山田が教室に入ってきたので、私は慌てて教科書とノートを机の上に出す。授業が始まり隣の席を見ると彼はいつものように机に突っ伏して眠ってしまっていた。私は初めて彼と言葉を交わしたことに興奮していた。そう、私の気持ちはこの無口な彼に全集中なのである。あれは学年が始まったばかりの春の……。
「じゃあ、次の問題を
「あっ、はい!」
ひとがせっかく彼との思い出に浸ろうとしているところをあのエロ眼鏡め、邪魔しやがって! でも、彼への一方通行の私の肥大した妄想なのだけど、別にいいでしょ! 私は顔を上げ黒板を見て焦る。えっ、その問題って私の分かんなかったやつじゃん。これはマズい……。
すると、動揺する私のほうに太い腕が伸びてきた。そのノートを破ったページには美しい文字でその問題の完璧な解答が書かれている。
「えっ、礼門土くん……」
こ、これはあの春の再来。私は救世主さまからの宣託の書かれた紙を自分のノートに挟むと、自信満々の顔で前に向かった。
「おーっ!」
私じゃなくて彼の解いたものだけど、みんなできなかったのかそんな声が上がり、エロ眼鏡も感心して頷いていた。礼門土くんのほうを見たが彼はぐっすり睡眠中のようだった。きっと授業が終わったら彼は目を覚ます。今度こそ彼にお礼を言うんだ。そう私が決意を固めたとき異変が起こった。
「ん? 先生?」
エロ眼鏡と女子たちから忌み嫌われている初老の数学教師、山田の動きがピタリと止まっている。他の生徒たちも時が静止してしまったかのようにピクリとも動かなくなってしまった。
「何よこれ!?」
すると教室の真ん中あたりの天井に光る円と謎の文字が浮かび上がった。これはまさか異世界転移ってやつ?
現在進行系で中二病の私は一瞬興奮しかけたが、なんだか違うようである。その魔法陣と思われる天井から人の足が……。すうっと降りてきたのは西洋人顔の金髪の超絶イケメンさんであった。これは礼門土くんへの愛を試す女神様の試練なのだろうか。いや、私はただ顔のいい男に屈しない! たぶんだけど……。
「あれ、ヤツ以外で僕の魔法をレジストする存在がいるなんて驚きだよ」
そう金髪イケメン様は流暢な日本語で言うと私を見た。ヤバい、何かドキドキする。
「あ、あの。どのようなご要件でこちらにいらっしゃったのでしょう?」
「ふむ。僕の登場に驚きもしないとは、こっちの世界はやはり
そう彼は呟くと、私のことは放っておいて教室の後ろへと向かう。
「ねえ、寝たふりなんてしても僕は
イケメン様がまばゆく光る剣を抜くと、礼門土くんが起き上がった。
「ああ、お前か……。よく
イケメン様も高身長だけど、礼門土くんが見下ろす感じになっていた。
この構図はまさか……。勇者と魔王的なやつ? あの礼門土くんの
「れ、礼門土くんって、魔王だったの?」
一瞬、さらにさらに時が止まってしまった気がした。イケメン様は振り返り、礼門土くんは大きく口を開けて固まっている。
「僕が魔王だよ」
「俺が勇者だし……。この額の十字架の紋章、勇者の証だし」
二人が同時に私に向けてそう言う。あれ、逆なの? ちょっと間違えたみたい……。でも私は悪くない。礼門土くんの言う額の十字架だってなんかちょっと
「なんか
「ああ、同感だ」
「雰囲気的にも、ここってちょっと違う感がある気がしないか、勇者」
「そうだな魔王。やはり決戦というのは、あの
「それはそれで困るんだけど、雰囲気っていうのは大切だよね。だったら帰る?」
「ああ、俺もこの世界でハードボイルドなる概念を学んだからな。帰ろう」
そう言うと二人は仲良く天井の魔法陣に吸い込まれて消えてしまった。同時に止まっていた教室の時間が動き出す。
「手嶌、もう席にもどっていいぞぉ」
「は、はい?」
もとに戻った数学教師山田の声で、私は我に返る。
そして
了
額の十字架 ~彼は異世界のひとでした~ 卯月二一 @uduki21uduki
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