第35話

 少し本気を出して走り出した剣士は、もはや誰の目にもとまらぬ速さのごとく、人並みを縫うように走り抜けていく。

 もちろんお嬢様育ちの娘の足が、その速さに付いていけるわけもなく、ほぼ足が宙に浮いた状態で連れられていた。

「ラ~イ~ズ~~~~」

 声をあげることが精いっぱいのリーシャは、ただ彼女の名前を叫ぶことで気を紛らわし、港に着くまで耐えるほかなかった。

「はぁはぁはぁ」

 港に着くと、引き連れられていたリーシャは息を切らしながら、まるで死にかけたような顔をしながらうつむいていた。

 必死に呼吸を整えようとしているリーシャの背中を軽さすりながら、不思議そうな顔をしながら、下を向くリーシャの顔を覗き込んだ。

「なぜ、何もしてないリーシャが呼吸を荒げて疲れているのだ?」

「はぁはぁはぁ……は?今日は風も吹かないいい天気のはずなのに、私だけ超向かい風で、呼吸すらままならなかったからよ!!ライズが人間離れした速さで走るから」

「馬や馬車よりよっぽど早くて、運賃はかからない。それだけで儲けものだと」

「もう二度と使うものですか。逆にこちらがお金貰いたいくらいに、最悪な乗り心地だわ」

「そんなことよりも向こうにケニル殿の姿が」

「分かったわ」

 ケニルの姿が見えた瞬間、二人はすぐに背筋をピンと伸ばし、ライズは主人であるリーシャの一歩後ろで待機する。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

家出して"元"貴族になった娘、領地どころか国ごと買ってしまう 入江 郊外 @falie

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画