【カクヨムコン】吸血鬼の散歩【短編】

楠 菜央

✜ 吸血鬼の散歩 ✜

 吸血鬼というだけで目のかたきにされるのは納得がいきませんね。

 人間が恐れるのも分かりますよ。ですが、私は決して生き血を求め、夜な夜な彷徨さまよっているわけではありません。ひそかに医療機関から不要になった血液をいただいておりますからね。これといって不自由はしていないのです。


 私が今ここにいるのは、単に歩いていただけ。それなのに警官ときたら目くじらを立てて「そこの男、こんな時間に何をしている」と言うのです。気分が悪いですね。


「ウォーキングですよ。吸血鬼に昼間歩けと?」


 そう申し上げましたら、彼の顔から見る見る血の気が引いていきました。

 どうやら私が吸血鬼だと知らずに声をかけたようです。お気の毒に。


「それにしても、そんな顔をされましたら、さも私が血を吸ったみたいではありませんか。誤解を招くような真似はやめてください」


 丁重に苦言をていしたのですが、どうも彼の耳には届いていないようです。

 わなわな震えているので、彼を安心させることにいたしました。


「ただの散歩ですよ。毎日、ひつぎの中に引きこもっているのも精神衛生上よろしくないと思いましてね」

「あなたにうろつかれると、我々の精神衛生上良くないんです」


 などと反論してきました。これは心外。


「ですが、私も運動不足で」

「あんな広いお城に住んでいるのですから、ご自宅の中を歩けばよろしいじゃないですか」


 彼が丘の上を指さしました。木々に囲まれた古城が青白い月の光に照らされえています。ああ、美しい。我が城を見てうっとりした後、私ははたと我に返りました。


「あいにく私は独り暮らしなんですよ。掃除が行き届いてなくて、どこもかしこもほこりまみれ」

「掃除をすれば運動不足の解消になるでしょう?」


「あなた、案外賢いですね。でも、私は外に出たいのです。たまにあるでしょう、外の空気を吸いたくなるときが」

「ん、まあ、そうですね」


 彼は渋々同意する。


「だいたい、皆さんは勘違いされています。吸血鬼が人の血を吸ったからといって、その人が吸血鬼になることはありません。あなた、に刺されて、蚊になったことがあるんですか?」

「ないです」


「でしょう? 吸血鬼は皆さまからほんの少し血を分けていただいているに過ぎません」

「はあ……」


「はっきり申し上げて、人間のほうがよほど恐ろしいですよ」

「そうですか?」


「ええ。だってつい先ほど、新鮮な血の匂いに誘われその角のお屋敷をのぞきましたら、若くて美しい女性が男性の首を切り落としていましたからね。いやあ、驚きました」

「え……?」


あふれる血をガラス瓶にたっぷりと溜めて、にたにたと笑っていました。私、あまりの恐怖に全身からさあっと血の気が引いてゆきました。あ……、よく考えたら今のあなたと一緒」


 なごませるつもりだったんですけど、彼は一目散に私の前から去っていきました。

 彼の背を目で追いかけてみれば、どうやらあのお屋敷に向かっている様子。


「……これはウォーキングを続けても良い、ということでよろしいですね?」


 私はそう解釈し、燕尾えんび服のえりを正しました。

 その時、道路わきに捨てられた新聞が風に運ばれ私の足元に引っかかりました。何気に見下ろすと、一面にはセンセーショナルな大見出しが――。



『連続死体遺棄事件。犯人の手掛かりいまだつかめず』




          〈了〉

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