第02話 魔物と人攫いを他所に……
地面が揺れるような音を響かせて複数の魔物がやってくる。
「効果、強すぎだ……これはあきらかに悪用されるだろうから売っちゃいけないものだろ」
つい買ってしまったコンセイが言うのもおかしな話だが……ともかく今は効果が出てよかった。色々助かるかどうかは正直、解らないが。
臭いに呼ばれて複数のコボルドとオークが洞窟の近くにやってくる。
「ま、魔物だっ!」
見張り役の男が叫ぶ。
その叫びと無遠慮な魔物たちの足音に、洞窟内の男たちが様子を見に出てくる。
「なんだこの臭いは……う、うわああああ」
「コボルドとオークだと? なんでこんなところに……魔物だー!」
『魔物ほいほい』の臭いに戸惑う間もなく目の前に迫る魔物に叫ぶ男たち。
引き寄せられた魔物たちは興奮しているのか、引き寄せられてすぐに人攫いの男たちに襲い掛かってきた。
混乱しながらも、何とか武器を手に取り応戦する人攫いの男たち。
下手に逃げても追いつかれてやられると思ったのだろう必死になって戦っている。
「よし……今の内に」
必死になって魔物に対抗する人攫い。数としては魔物が多く何時まで持つか解らない。
さすがにこっそりととはいかないので、素早くコンセイは洞窟の中に潜り込んだ。
コンセイに気付いた者が居たのか、後ろから怒声が聞こえるが魔物の対応で手一杯で追ってくる者はいないようだった。
「……」
その喧騒が洞窟に響いているものの、下手に声を上げては反響して残っているものに気付かれるかもしれないとコンセイは警戒しながら奥へ進む。
洞窟内はそれほど深くなく、またヒカリゴケが生えて仄明るかったので苦労せずに目的の少女を見つけることが出来た。
ついでに、その少女に邪なことをしようとする輩も一緒に見つかった。
これだけの騒ぎだというのに、何をしているんだと呆れつつ、コンセイは少女が襲われている場所へと距離を詰める。
一人の男がしばられた少女に覆いかぶさるようにして襲い掛かろうとしていた。
「な、何だお前は……や、やめるでござるっ……くっ」
少女も目を覚ましたようで嫌悪の表情で拒絶してみせる。
ただ縄で縛られていて反撃できない状態では言葉はむしろ男の劣情を煽るだけだった。
「何だか、外が騒がしいけど、味見なんだな……げへへー」
見張りの叫びも、その後様子を見に行った者の叫びも無視して欲望に忠実とはたいしたものである。
「な、なんでござるか……それがしを嬲ろうとするなど……やめ……痛いっ」
「怯えた顔もたまんないなー、ひひひっ」
嬉しそうに涎を飲み込む男。欲望まみれの顔が洞窟の暗さで余計に恐怖を与えてくる。
「……」
コンセイは少女に跨っている男の首根っこをぐいっと引っ掴むとそのまま少女から男を引き剥がして首筋にナイフを突き立てた。
「な、なんだっ……ぐぁっ……」
ばたんと男の身体が倒れる音と叫びが響いた時には終わっていた。
侍少女に襲い掛かっていた男は何が起こったか解らないまま絶命した。こういうとき、躊躇ってはいけないことをコンセイは嫌というほど知っていた。
「大丈夫か」
「あ、ああ……それがしは平気でござる」
コンセイに助け起こされた少女は、まだ薬の効果が抜けきっていないようで眉間に皺を寄せていた。
コンセイが彼女の身体を縛っている縄を解いて、身体を自由にするとすかさず乱れた胸元を恥ずかしそうに正す。どうやら先程の男が胸元に手を入れていたようである。
「かたじけない……」
そういって立ち上がろうとする少女。が、そのバランスが崩れ足を鳴らして踏ん張ろうとする。
「大丈夫か?」
「……くっ……だ、大丈夫でござる」
強がってそう言うものの少女の足取りはおぼつかないものだった。
「く、薬を盛られるとは不覚でござった……それにしても一体何が……」
少女が洞窟の外へ視線を向ける。
「経緯は解らないが君は人攫いに攫われていて、それをたまたま俺が見つけて、助けようと思ったのだが……」
コンセイも少女に説明しながら彼女と同じように洞窟の外へと視線を向ける。
外からは激しい戦いの音が聞こえてくる。
「そ、そうでござったか、それはかたじけないでござる」
「ただ、俺はソロでな……人攫いは複数人……五人以上居たので……アイテムを使って魔物を呼んだんだが……君を助けた後どうやって逃げるかまでは考えていなかった」
「……それはまた……何というか無謀な御仁なのでござるな」
おそらくは呆れた表情でコンセイを見ている侍少女。
「しかし、そういう御仁は嫌いではないでござるよ」
ごそごそとヒカリゴケに照らされた洞窟で武器を探す侍少女。
「こういう無謀なのは得意じゃないんだがな……けど本当にどうしようか」
始末した人攫いを適当に洞窟の奥に押し込めて辺りを見回す。
背嚢にはもう使えそうな道具はない。
「そんなに俺強いわけじゃないからな……魔物と人攫い、複数居たら難しいかな……」
「あった。よかったでござる……我が愛刀……これさえあれば……おそらくなんとかなると思うでござるよ」
仄明るい洞窟の中、侍少女は笑みを浮かべていた。
「何とか、なるのか……」
外の戦いは激しそうだったが、それでも侍少女は気にすることなく歩き始める。
「ちょっ……」
かと思うとまだ薬が抜け切っていないのかコンセイの見ている目の前で少女はまた足元をふらつかせた。
「だ、大丈夫でござるよ」
「……ちょっとまってろ」
背嚢を下ろし、解毒薬を取り出す。これで治るといいんだが、と彼女に勧める。
「凄く変な臭いがするでござるが……」
受け取って瓶の蓋を開けた侍少女が顔を顰める。
「その辺は我慢してくれ」
コンセイは顔を歪ませる侍少女にそう言って解毒薬を飲むように促した。
勧められるがままに素直に解毒薬を飲む侍少女。
「……なるほど」
こういうところを付け込まれて捕らわれてしまったんだろうなとコンセイは何となく納得する。
怪しいと思っていても、こんな風に眠り薬入りの何かを勧められて口にしてしまったのだろうと。
「な、何がなるほどなのでござるか。ま、まさか……」
あまり良い味ではない解毒薬を頑張って飲み干した少女が身体を庇うようにコンセイと距離を置く。
「いや、違うさ。俺みたいなひねくれ者と違って素直で可愛いと思っただけだよ。それよりも、ふらつきは大丈夫そうか?」
警戒を解くために笑みを浮かべてみるが……仄かに明るいとはいえ中年の男の微笑などかえって警戒心を高めるだけだろう。
「か、可愛い……あ、だ、大丈夫そうでござるよ」
けれど、彼女はコンセイの表情を見ていなかったのか、言葉だけを受け取りしっかりと答える。
わざわざぴょんぴょんと飛び上がってコンセイに無事であることを示してみせる。
リボンでまとめたポニーテールも彼女が飛び上がるたびに同じように跳ねる。
まるで童心に帰ったかのような彼女の振る舞いはとて可愛らしく思える。
「……」
外は魔物と人攫いが血で血を洗う戦いを繰り広げているであろうことを一瞬コンセイは忘れそうになった。
場違いだがとても微笑ましくコンセイの心を癒してくれる。
「そ、そうか……ならいいが」
良くも悪くも素直な彼女が眩しく、魅力的である。
見惚れそうになったが、咳払いをして仕切りなおす。
「それで、どうやって出るかだが……」
外から聞こえる音は物騒かつ激しさを中に充分に伝えてくる。
「それがしにおまかせあれでござる」
自信満々に洞窟の入り口へ向かう侍少女。しっかりと解毒薬が効いたのかその足取りは力強いものだった。
「……」
ただならぬ雰囲気で刀を抜いてみせる。それが気持ちの切り替えなのだろうか、侍少女の纏っている空気が、雰囲気が、変わった。
ぴんと張り詰めたような空気を纏い少女が歩を進める。
静かだが鋭い殺気が放たれているようであった。
「……」
コンセイも続くように剣を構えて少女に続いた。
残念ながら、彼は剣を構えたところで先導する少女のような張り詰めた空気を纏うことはない。それでも、臆することなく彼も少女に続いて洞窟の外へと踏み出していく。
次の更新予定
サムライ少女と中年冒険者の旅路 踊りまんぼう @kuragedoushi
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