裏のヒーロー

第1話夢見る少年【裏】

『——うおぉぉぉ!!!!!』


 テレビから、熱気のこもった声が聞こえてくる

 テレビで、毎週土曜日にある生放送を見ているからだ

 ヒーローが悪の組織、ヴィラッツェと戦っているのだ


 今日は幹部との戦いで、いつもより白熱している

 どちらもボロボロで、一生懸命戦っている


「シャーン!頑張れー!!!」


 日本の代表的なヒーロー、シャーン

 彼がヴィラッツから日本を守っているヒーローだ


『くらえ!必殺エナジースラッシュ!!』


 最後に剣で斬撃を飛ばしてシャーンが勝った


「勝ったー!!!」


 少年は無邪気にシャーンの勝利を喜ぶ

 後ろで見ている両親も、それを微笑ましそうに笑う


「僕もシャーンみたいな、強くてかっこいいヒーローになれるかな?」


 純粋に両親に聞くと、優しく言葉が返ってくる


「大地ならきっとなれるよ」


「そうね。けど、このおもちゃのお片付けができたらもっとシャーンに近づけると思うわ」


 そう聞いて、大地は急いで片付けを始める

 終わりかけとき、突然両親の方を見てキラキラした笑顔で話しかける


「ねぇ!これで、僕もシャーンに近づけるかな?」


 両親は声を揃えて笑いかけてくれた


「「もちろん」」




****



——4年後




 ある土曜日、大地は父とシャーン握手会に行った

 父は出費が痛いなーと言っていたが、シャーンに会えるんだからどうってことない

 大地は「いつも見てます!オレもいつか、シャーンみたいになりたいです!あと、明日も頑張ってください!!」覚えたての敬語でシャーンと話す

 シャーンはありがとうと答えてくれた

 それだけで大地は、シャーンが実在する喜びで胸が高鳴った




「生のシャーンは、テレビとは格別でかっっっこよかったね!」


 帰り道、大地は父の手を繋ぎながら興奮気味に話す


「そうだな。大地も頑張ってシャーンみたいになるんだぞ」


 父は話をしっかり聞き、止まって大地の視線と同じくらいまでしゃがむ

 そうやって頭を撫でてくれる。その手が、自分の何倍も大きいと感じた

 大地は、シャーンより強く、父より優しいヒーローになりたい。そう思った


「じゃあ父さんは、トイレに行ってくる。帰ってくるまでここで大人しくできるか?」


 父がおもむろに立ち上がり、大地を抱き上げベンチに座らせる


「うん!オレ、できるよ!」


 大地が、自信満々に伝えると父は頷く


「すぐ帰ってくるからな」


 父が向かった方向を眺めていると、裏路地に入っていくシャーンのような後ろ姿が見えた


「…しゃーん?」


 大地の底からの行動は早かった

 父に待っていろと言われた言葉を忘れ、その裏路地をめがけて走っていった


「シャーン。…シャーン!」


 大地は雑音と共に路地裏に消えていった




****






『ハハハハハ』


 路地裏からは、あちらこちらから笑い声が絶えず聞こえてくる

 入るのに躊躇ちゅうちょしたが、もう一度シャーンに会える、という欲望の前に大地の中の恐怖心は消え去ってしまった


 一歩、一歩と進むごとに歩みは早くなる

 (この先にシャーンがいる)

 それだけで大地は、なんでもできる気がした


「しゃっ…!!」


 ついに大地はシャーンを見つけた

 声をかけようとした時、思いがけない言葉がレンの耳に届いた


「日本って楽勝だな」


 ゲラゲラと笑いながら、仲間と思われる人物と話し続ける


「ガキも大人もぜーいん分かってねぇーよなぁ。悪者がもういるわけねぇーだろ。しかも平和を語る日本がそれを生放送?んなわけねぇーよなぁ!」


 息が詰まる、鼓動が早くなる、声が出ない、足が動かない

 シャーンの言葉が右耳から入り、左耳から出ていく

 頭が真っ白になり言葉が入ってこない

 正真正銘シャーンの声だ

 けど、口調や話す内容が変わるだけで全くの別人。シャーンの声をした誰か別の人だと言われた方が納得するほど、その内容が信じられない


「悪者のカッコしたバイト倒すだけで金もらえんだもんなー。それに今日は握手会っていう大イベント!ボーナスが弾むわー!!」


 楽しそうに話すシャーン

 目の前が真っ暗になるような衝撃

 大地は、夢が目の前で粉々に崩れるような幻覚を見る


「——っ!!」


 大地はその場を去るように走りだした

 シャーンにバレないように静かに、それでいて急ぐように走った


(嘘だ!嘘だ!!嘘だ!!!——こんなの、嘘だ…)


 頭の中では、あのシャーンを疑う気持ちでいっぱいだった

 ファンだからこそ偽物ではないかと疑い、ファンだからこそシャーンが本物だと分かった


「…シャーン」


 嘘ではないのかと、縋るような声

 その小さな声は、路地裏の雑音に消えていった




****




 大地は路地裏を出て父を探した

 だが、父は見つからない

 その焦りが、大地のなんとか正常に保っていた思考を鈍らせた


「——あっ…!」


 人に当たり、転んでしまった

 相手からは何か言われたようだが、大地はもう相手の声が聞こえないほど、情報の内容にいっぱいいっぱいだった


(痛い……!)


 転んだ時に擦りむいたようで、膝から血が流れる

 膝の痛みが、これは夢ではないと現実を叩きつけるようだった


「うぅっ……」


 涙がポロポロと頬を伝ってこぼれ落ちる

 三角座りで泣いているので、たまに膝へ涙が落ちて沁みる

 その痛さで、やはり現実だと実感して涙が溢れ出す

 視界が曇り、もう大地自身ではどうにもできない状況で声が聞こえる


「大地?どうしたんだ!?」


 焦るような父の声で、やっと顔を上げる

 自分への情けなさと、心配している顔の、いつもと何も変わらない父の顔だ

 その顔を見て、安心したのかさらに涙の勢いが増す


「どうした!?…あぁ、転んだのか。大丈夫だよ、父さんがおんぶしてあげよう。ほら、乗って」


 父が背中を向けてくれるので、その背中に乗る

 久しぶりの父の背中は、自分よりはるかに大きくて暖かい

 不安でいっぱいだった思考は、安心と温もりによって睡魔に塗り替えられていく

 いつのまにか涙は止まり、痛みさえ感じずに眠ってしまった


 起きたら、元の日常に戻れるように…

 そう願いながら、今日のことを忘れたように眠りに落ちていった

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自分の正義のために 黒丸 @kuromaru0522

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