第11話 理由

「触るな」

 弾丸がキャプテンの顔の前を通過した。解放されたグリューネローゼは床にうずくまった。

「おまえ、まだ動けるのか」

「あたりまえだ。俺たちは――騎兵隊だからな」ブラウが、ニューナンブM60の銃口から立ち上っている煙を吹いた。「いくらおまえが強くても、丸腰で銃を相手にはできないんじゃないのか。なぜか手下たちもみんなひっくり返ってるしな。乗り物酔いか?」

「ある意味、乗り物酔いだな」

 キャプテンは苦笑いしている。

「なにを言ってるのか分からんが」ロッソがレベデフPL―15Kを構えた。「覚悟しろ」

 ジャッロはコルト・オフィシャルポリスをベロリとめた。

「バカめ、銃をひとつしか持っていないとでも思っているのか」

 腰のベルトからスミスアンドウェッソンM500を引き抜いて、キャプテンは無造作むぞうさにロッソを狙った。ロッソの手からPL―15Kが弾け飛んでばらばらになった。これだからロシア製は、とロッソは悪態あくたいをついた。

「ガッロ、ガッリナ、おまえらも撃て」ふたりは首を振っている。「なんだ、弾切れか。しょうがないな」

 キャプテンは、ブラウとジャッロに向けて乱射した。ふたりとも、みっともない踊りを披露ひろうしながら尻もちをついた。どちらの銃も完全に破壊されている。アメリカ製もダメか、とロッソが呟いた。

 カチリ、と音がしてM500が沈黙した。弾が切れたのだ。

 黒騎士は、その瞬間を見逃さなかった。牛車ぎっしゃの側面に設置されている梯子はしごに飛びついて、一気に駆け登った。床に降り立ってキャプテンに迫る。

「銃をふたつしか持っていないと、誰が言った」

 ふところからスターム・ルガーGP100を取り出して、キャプテンは黒騎士に向けて発射した。目を閉じている。黒騎士はその場に崩れ落ちた。彼の背後で、紫色の布が花を咲かせた。

「ヴィオレッタ!」

「間に合ったようね」

 黒騎士は、ヴィオレッタに突き飛ばされて転び、難を逃れたのだ。

「おまえ……だから言っただろ、俺にかまうと――」

「死ぬだけの話でしょ。どうってことないわ。それより。せっかく助けた命なんだから、大事に使ってね。そして、私の家族の仇を」ヴィオレッタは、ほとんど見えていない様子の目でキャプテンを探した。「あなたと共にいれば、必ずあいつを倒すチャンスが来る。思ったとおりだわ」

「どこかで見たことがあると思ったら、あのときのお嬢ちゃんか。かわいがってやったら、いい声で歌ったよな」

 キャプテンは下品な笑い声を上げた。

「きさま」

 黒騎士は身を震わせながら立ち上がった。キャプテンが銃口を向けた。連射する。弾はすべて、黒騎士を避けていった。

「おっと、さすがだな。やはりこの俺にも、その睨みは有効というわけか。目を開いてちゃ当たらない。だが、ちょうど弾もなくなった。素手で勝負しようや」

 キャプテンは銃を下ろした。

 男たちは牛車ぎっしゃの上で対峙たいじした。静かに雨が、降り始めた。

 風が湿った土ぼこりを巻き上げている。は傾き、西の空はくれないに染まりつつあった。ふたりの男の影が長く伸びている。一歩、また一歩、黒騎士は前に進んで行く。手を伸ばせば届きそうな距離にまで迫った。

「なんてな」キャプテンが銃口を黒騎士の胸に向けた。ほとんど接触している。「この距離ならはずさない。念のため、打つ瞬間に目を閉じれば完璧だ」

 黄色い歯を見せて、キャプテンは引き金に力を込めていく。目を閉じた。その瞬間。

 黒騎士は左に飛んだ。キャプテンの弾はトレンチコートを打ち抜いた。

 転がりながら、黒騎士は手を伸ばした。雨で濡れた床の上を十三年式村田銃が滑ってくる。つかんで素早く構え、引き金を握りしめた。同時にキャプテンも撃鉄を落とした。

「ねえ、サクラちゃん、弾は装填したの?」

 グリューネローゼが叫ぶ。サクラは両手で口を押さえた。

 風が静止した。

 中折れ帽が吹き飛んだ。キャプテンが微笑む。

「銃だけが武器じゃない」

 黒騎士の言葉を聞きながら、巨体が後ろに倒れて床を震わせた。その胸に十三年式村田銃の銃剣が深々と突き立っている。

「嘘の情報を流して油断させ、確実にふところに入る。しかも、銃をフェイントに使って銃剣で仕留めた。さすがは黒騎士ね」

 紫の影が隣に立っていた。

「おまえ、大丈夫なのか」

「鋼鉄のコルセットを舐めないで。気を失うほど痛かったけど」

 黒騎士は目を閉じて息を吐き、首を振った。

「全員、無事か」

 女たちはうなずいた。騎兵隊もうなずいた。ガッロとガッリナもうなずいた。

「ふふ」

 最初、それは風の音に聞こえたかもしれない。

「ふふ、ははは、あはははは」

 黒騎士は笑った。何年ぶりだろう。そのこめかみに、冷たい鉄の感触があった。

「あなたは死なせない。なぜなら、私が殺すから」

 ヴィオレッタの手には、ワルサーペーペーエスが握られている。

「そうはいきません」グリューネローゼが、黒騎士の首筋にパン切包丁を当てている。「この人は私の獲物です」

「ねえ、勝手なこと言わないでよ」

 十三年式村田銃が、黒騎士の額を突いていた。

「おまえたち、なぜ俺を狙う」

「女が男を憎むのに、理由わけなんていらないの」

「殺す」

「どうして私になにもしないんですか」

 黒騎士は、女たちにゆっくりと視線を巡らせた。その瞳に鋭さはなかった。

 男が女を愛するのに、理由わけなどない。

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黒騎士 宙灯花 @okitouka

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