第10話 偽りの英雄

「おい、まだ動ける奴はいるか、ガッロ」

 キャプテンはやぐらから降りて、倒れている手下たちを見まわしている。

「だめです。無事なのは、ここにいる三人だけです。キャプテン、俺、そしてガッリナ[メンドリ]。あとはみんな、賢者に昇格しょうかくしてます。使いものになりません」

「なんでおまえらは無事なんだ」

「なんで、って。なあ、ガッリナ」

「うん」

 草をむ牛のようにのんびりと、ガッリナがこたえた。

「あ、そうか。ごめん」

「いえいえ、気にしないでください、キャプテン」

「それにしても、ただもんじゃないな、あのお嬢さんたちは」

 キャプテンは、ひとつ息をついた。

「ええ、まったく。なんて恥知らずな女たちなんだ。野郎どもは片っ端から喰いつぶされて、幸せそうに泡を吹いてます」

「サクラのお嬢ちゃんはどうしてる」

「見張りがやられた隙を見て、銃を取り返して逃げました。でも、牛車ぎっしゃから飛び降りる勇気はないようで、うろうろしてます」

「それならまあ、いいか」

 がくん、と牛車ぎっしゃの速度が落ちた。牛たちが叫び声をあげて混乱し、好き勝手な方に走ろうともがいている。

「なんだ」

 キャプテンが前方を睨んだ。そこには黒い人影が立っていた。土煙の舞う中、トレンチコートが乾いた風に揺れている。そばにいた馬が転げるように逃げた。

「来たか」キャプテンの口もとに残忍ざんにんな笑みが広がった。「ようやくお出ましだな、黒騎士」

 グリューネローゼとヴィオレッタの毒牙どくがから逃れたガッロとガッリナが牛車ぎっしゃから飛び降りた。銃を抜いて黒騎士に向けて撃ちまくる。しかし、一発も当たらない。まるで、弾が黒騎士を怖がって避けているかのように。

「抜けよ、黒騎士。銃を持っているのならな」あざ笑うようにキャプテンが叫んだ。「おい、おまえたち。怖がる必要はない。目をつぶって素手で殴れ」

 ガッロとガッリは顔を見合わせている。ふたりとも、膝が震えていた。

「やれ。それとも、俺に撃ち殺されたいか」

 ふたりの男たちの足もとで爆発が起きた。牛車ぎっしゃの上で、キャプテンがパイファー・ツェリスカを構えている。全長五百五十ミリメートル、重量六キログラムの巨体から像狩り用ライフルの弾丸を発射するという、悪夢のような拳銃だ。

 ハンドガン、というよりはハンドキャノンと呼ぶべきだろう。ふつうなら両手で構えてさえ射撃主がうしろに吹っ飛びそうなクレイジー・ガンを、キャプテンは片手で軽々と発射した。

「う、うわー」

 ガッロがヤケになって走りだした。目をつぶって黒騎士に殴りかかる。黒騎士は避けない。まともに顔面に拳を受けて、うしろにひっくり返った。

「え……」倒したガッロの方が驚いている。「なんだ? もしかして、弱い?」

 ガッリナも仕掛けた。寄ってたかって殴る蹴るの暴行を加える。ぼろぼろになりながら、黒騎士は反撃しない。いや、手も足も出ない。

「おい黒騎士。おまえのことはとっくに調べがついてるんだ」キャプテンの声は落ち着いている。「ただ目つきが鋭いだけの、なんにもできない奴だ。決闘どころか、銃を撃ったこともない。ふところのホルスターに収まっているのも、BB弾しか発射できないモデルガンだ。それなのに、よくも俺の前に来れたもんだとめてやるよ」

 ガッロたちの動きが止まった。丸腰まるごしの相手をいたぶることに飽きたのだろうか。黒騎士はひどい顔にされながらも、かろうじて立っている。

「仕上げは俺がやる」キャプテンがパイファー・ツェリスカを構えた。命中すれば肉片しか残らないかもしれない。「おまえ、うっとうしいんだよ。ちょろちょろ逃げ回りやがって。弱いくせに生き延びようとあがいてないでさっさと死ねよ。あいつのかたきが取れるわけでもないんだからな」

 引き金がしぼられていく。キャプテンは目を閉じた。大砲のような音を残して発射された弾が、空気を切り裂いて黒騎士に迫る。

 着弾音と共に湧き上がった土煙の中、ゆらりと立つ黒い影があった。

「くそ、余計よけいなことを」射撃の瞬間、サクラの十三年式村田銃の弾丸がキャプテンの右腕に命中し、狙いがはずれたのだ。マッド・ウェポンは牛車ぎっしゃから落ちて、牛糞ぎゅうふんにまみれた。「お嬢ちゃん。ちょっとイタズラがすぎるんじゃないか」

 サクラに詰め寄ろうとしたキャプテンが、頭に手をあててよろめいた。そのうしろには、中華鍋を手にしたグリューネローゼが憤怒ふんぬ形相ぎょうそうで立っている。いつの間にか服を着ていた。

「そうか、あんたもいたんだな。うちの連中が世話になったな」ごうこぶしが風を起こした。グリューネローゼはそれを鍋で受けたが、悲鳴を上げてうしろに吹き飛んだ。「おまえから片付けてやる」

 キャプテンがディアンドルの胸もとをつかんでグリューネローゼを立たせた。

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