おばあちゃんのアンティーク着物
藤村紫苑
第1話
『わあ!めっちゃ可愛い~!』
そう言って私を見るあの子の瞳は まるで宝石のようにキラキラしてた
たとう紙と風呂敷に包まれた私を 大切に大切に
宝物を抱くように腕に抱いて 家に連れて帰ってくれた。
それからは お友達と会う日 ショッピングに行く日 家族と食事する日
何でもない日も 特別な日も あの子は私を着てくれた
たくさんの思い出を あの子と過ごした 幸せだった とっても幸せだった
戦争が始まるまでは…
全部燃えた 全部壊れた 町も物も人も…
何もかもなくなったけど あの子が私を連れて逃げてくれたおかげで
私はあの子の側にいられた。
他の姉妹達は残念ながら 皆燃えてしまったけれど…
戦争から立ち直る為に あの子はたくさん頑張った
大好きなお洒落も我慢して たくさん たくさん 働いた
そうしている内に あの子が私を着る機会も減った
あの子の顔を見ない日が増えた 寂しかったけど 仕方ないと思った
あの子が元気でいるなら それでいいと思った
時が流れて あの子は結婚して 母になって おばあちゃんになった
私は長い間 ずっと箪笥に仕舞われたまま
もうあの子は 私を着る事は無い 身体が辛いらしくて…
もう私を着て行く場所も無いからって…
すっかりおばあちゃんになったあの子は 家族に囲まれて 亡くなったの
優しいあの子 大好きなあの子が 孤独な中で 恐怖の中で 苦痛の中で
その命を終えなくて 本当に良かったって 心から安心したの
でも 同時にとても悲しくなった ああ もう誰にも着てもらえないまま
私はこのまま朽ちて行くんだと思っていたの
そんな時 誰かが私がいる箪笥を開けた
光を浴びるのは久しぶりだったから 驚いたわ
『わ~!めっちゃ可愛い~!!』
時が止まった気がした あの子が帰って来たのかと思った
出会った時の あどけない少女の面影を残した
キラキラした瞳のあの子は もういないはずなのに
驚いて固まっている私を そっと抱き上げたのは あの子にどこか似ている若い女性
思い出のあの子よりは年上かしら? でもあの子の面影があるその子
『お母ちゃ~ん! この着物 おばあちゃんの~?』
ああ、この声 覚えてる あの子の孫娘だわ
『あ~そうやなぁ おばあちゃんが 若い頃に着てた着物やと思うわ』
あの子の娘 この子の母が そう言うと 孫ちゃんは頬を薔薇色に染めながら
私を広げた
『この着物 ウチがもらっても良い?』
え…?
『ああ、ええよ~ 他に誰も着ぃへんし。お母ちゃんも着物着る人ちゃうし
アンタやったら上手い事着るやろ
おばあちゃんも喜ぶと思うし、他にも着れそうなもんあったら
持って行ってええよ』
『ホンマ!?やった~!他にもあるかな~?見てみよ~!』
そう言って 私を抱いて 孫ちゃんは鏡の前で 私を羽織った
ああ… 人の温もりを感じるのは いつ以来だろう…
あの子が 私を最後に着たのは いつだっただろう…
もう 思い出せないぐらい 遠い昔なのね…
手際よく着付けて行く孫ちゃんに
今時の子は着物を着慣れていないと思っていたから 驚いたわ
簡単に紐で留めて おはしょりを作って
鏡の前で嬉しそうに頬を緩ませる孫ちゃんの顔は
思い出の中の あの子にそっくり お友達とお出かけする時
いつもこうやって楽しそうに支度をしていた…
『うん!やっぱり可愛いわ~!この着物!
アンティークらしい雰囲気の中に甘い可愛さもあってたまら~ん!!』
…ふふっ あの子もよく こんな風に私の事
可愛い可愛いって 褒めてくれたっけ…まるで幼子みたいに
はしゃぐ所もそっくりね
照れ臭さと懐かしさに浸っていると 箪笥の中が騒がしくなって来た
―私も着て!
―アタシも!
―私も!!ここにいるの!!
ずっと仕舞われてた妹達 やっぱり皆 ずっと寂しかったのね…
『おばあちゃんって おしゃれさんやったんやねぇ
他にも着れそうな着物あるかな~?』
ワクワクしながら 孫ちゃんが箪笥を開けて行く
見付けてあげて 妹達も皆可愛い子ばかりだから…
孫ちゃんが開く先に あの子が大切に大切に守り 仕舞っていた 着物達が顔を出す
あの子が 大切に着てくれていたから どの子もとても状態が良いの
『わあ~っ!どれもめっちゃ可愛い~!!おばあちゃんと趣味合うわ~!!』
きゃっきゃっとはしゃぐ孫ちゃんは あの頃のあの子と同じ
キラキラと宝石みたいな瞳をしてた
このまま朽ちて行くだけだと思っていた私達を
孫ちゃんは全員引き取ってくれた
『さあ!今度のイベント当日の推しコーデを考えるで~!どの着物で行こかな~?
やっぱりこのアンティークの柄が推しの概念にピッタリやから
これにブラウスを合わせて~…』
オシ…って何なのかちょっと分からないし
まさか洋服と一緒に着られるなんて 思って無かったから 驚いたけど
これが今時の ハイカラなのかしら…?
今度は孫ちゃんとの思い出が増えそうで 嬉しいわ
アナタが私を着れなくなる その日まで たくさん素敵な思い出を
一緒に過ごしましょうね
例え着られなくなっても 思いはずっと 私達の中に残るわ
私をたくさん愛してくれた 大好きなあの子の 大切な孫ちゃん
今度は孫ちゃんの事を包んで あの子の分まで守っていくわ
もう一度 私達を愛してくれて ありがとう
おばあちゃんのアンティーク着物 藤村紫苑 @hujimura_sion
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