第10話 真の姿







 沈黙が流れる。一番に動いたのはセランだった。


「ラリーがお前にそんなことを託すとはな。……頼んでいいか?」

「ああ、もちろん」


 俺の返事に目を細めて嬉しそうに笑う。人型でここまで穏やかな表情をしているのを見るのは珍しい。

 ジェライドさんを見ると、つう、と頬に涙が一筋流れている。宰相として冷徹さを備えた人だと言われるが、今は王を慕っていたただの友人の姿にしか見えない。


「あ〜、ジェライド、泣いたらまた疲れるぞ」

「……っ、子供扱いしないでください」

「仕方ないな。ほら、好きなだけ撫でろ」


 イーゼンがジェライドさんの頬を優しく撫でた。ルーガは変身を解いて気持ち小さめの獣の姿になり、ジェライドさんをぐるりと身体で包みこむ。イーゼンや父さんからすると、ジェライドさんとホルストさんは弟のような存在だと以前聞いたことがある。

 戯れているのを見たセランとディアノまで人型から獣に戻ってジェライドさんにすり寄った。完全に遊ばれているジェライドさんが困ったように笑う。セラン達が落ち込んでいる者によくやる励ましの戯れ合いだが、郷の外の人間にしているのを見るのは珍しい。獣にも好きな匂いがあって、その人から発せられる感情や機微で匂いは変わると言う。ジェライドさんは誠実な人だから獣にも好かれる匂いを発しているのだろう。


「全く、緊張感が無くなっちゃったわね」

「ほらみんなそろそろロレイグ様のところへ行こう」

「三人はどうするの」

「うーん、一度獣の姿を見せておいた方が話が早いかもしれないね」


 久しぶりにジェライドさんと戯れて楽しかった様子のセランとディアノが俺とレイルのところに戻ってくる。

 父さんの提案をジェライドさんも受け入れてくれたので、このままもう一度ロレイグ王子と話すことになった。

 またジェライドさんの後ろについてぞろぞろと列を成す。ロレイグ王子は行き先を告げていなかったはずだが、ジェライドさんは迷わず進んでいく。

 着いた先は王の寝室だった。


「失礼します」

「…………」     


 ロレイグ王子は寝台側の椅子に腰掛けて、ローレンス王のお顔を見つめていたようだ。

 ホルストさんが俺たちを見て目を見開く。獣の姿を解いていないのを見て少し驚いたのだろう。


「ロレイグ様。もう一度彼らの話をお聞きください」

「……くどいぞジェライド…………誰だこいつらは!?」


 緩慢に顔を俺たちに向けたロレイグ王子が一瞬動きを止め、慌てて立ち上がり剣を抜いた。思い切り驚かせてしまっているじゃないか!これから怒られるかもしれないな……。


「ロレイグ王子、お待ちください。この者たちは先ほどご挨拶させていただいた者たちと同一の者です」

「何を言うか……侮るのも大概にしろ!!」

「お前ら、人型に戻れ」

「こちらが本来の姿なのだから、戻れというのはいささか違和感があるが?」

「い!い!か!ら!」


 細かい性格のルーガがまたイーゼンの言葉尻をつつく。二人とも、今はそんな話をしている場合じゃないと思うんだけど。俺と同じように呆れているセランとディアノが先に姿を人型に変えた。ルーガも同じように人型に変身すると、ロレイグ王子は剣を持つ手をだらり、と下ろした。


「一体……お前たちは……」

「我々ブレアニエはこうした獣の背に乗ったり、獣と背中を預け合って戦う戦士の集まりです。ブレアニエが戦うのは、歴代国王から脈々と続く盟約なのです。我々が住むのは常人は入ることができない隠れ郷、モディーグの郷です。そこであれば王子の御身を守るのに適しております。どうか、ご同行を」


 イーゼンが最大限畏まった言葉で王子に語りかける。頑張れば王家の方と話すのに失礼がないように話せるんだな。俺は隣にいたレイルをちら、と見た。レイルも同じようなことを考えていたのか、眉と口角を上げて悪戯っぽい顔をしてみせた。


「…………確かに、極秘部隊だな」


 ロレイグ王子は困ったように笑って椅子に腰掛けた。この非常事態に得体の知れない者たちが国の裏で動いていたと知って受け入れるのは難しい話だと思う。王子はなんとか自分を納得させようとしている。

 ローレンス王に頼まれたからには俺も何かしなければと思うがかける言葉も浮かばない。

 すると隣にいたセランが俺の肩に手を置いた。あぁ、考え込んでいるのに気づかれたか。焦るなと言いたいのだろう。


「…………見苦しいところを見せてしまったな。無礼を詫びさせてくれ」

「! いえ、こちらこそ突然の訪問、大変失礼いたしました」

「あなたたちにとって…………父がどのような王だったのか、…………この目で見たかった」


 郷で枯らしたはずの涙が再び溢れそうになる。偉大な方でした。獣たちも大好きで、事あるごとに口にしていました。

 王子にかけたいと思った言葉は、イーゼンが代わりに伝えてくれた。


「民にも獣にも愛される、唯一無二の王でした」


 ロレイグ王子が息を噛みながら目元を覆い、ありがとうと呟いた。








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先王直属隠密騎獣部隊は裏の裏の裏を表にする 淡波綴里 @31k4ou

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