第9話 受け入れ難い助言






「この蜘蛛は呪術か、魔法陣によって操られているのだろう」

 

 ハーツが入れ物に顔を近づけて蜘蛛をじいっと見るので足が俺の肩に食い込んでちょっと痛いんだけど。仕方ないので俺自身がテーブルの前に膝をついて入れ物に近づく。

 呪術や魔法陣と聞いて部屋にいるみんなが各々話し出して騒がしくなる。


「ハーツでも見ただけでは判断が難しそうだな」

「うむ。少し時間をくれ」


 ルーガも俺の隣に来てハーツに話しかける。人型のルーガを見るのは久しぶりだな。古参の二人でもすぐに判断が難しいなんてな。一体この蜘蛛は何処から来たのだろう。


「ハーツ殿。それではフォスナー様は……」

「ああ。十中八九、この蜘蛛にやられたのだろう」

「…………やはりロレイグ様、」

「しつこいぞジェライド!」


 どうしたのだろう。ジェライドさんの言葉をロレイグ王子が強く撥ね飛ばした。部屋が急に静かになる。


「ですがロレイグ様。貴方様の御身をお守りするためです」

「ならぬ!この国には今、民を安心させられるのは俺しかいない」


 ジェライドさんが必死に懇願するのも虚しく、ロレイグ王子は一歩も引こうとしない。ホルストさんも二人の様子を見て目線を下に落としてしまった。きっとここ数日幾度となく同じやりとりを繰り返してきたのだろう。

 イーゼンが小さくなるほどと呟いて、父さんとルーガに目配せをする。二人は静かに頷いた。


「恐れながら、ロレイグ王子。発言をしても?」

「…………許す」

「ジェライドとホルストの言うことは道理が通っております。せめてハーツがフォスナー王子の容態を把握するまでは一時城を離れ、避難をするべきです」

「…………」

「ハーツがフォスナー王子にかけられた何かを突き止めれば、城で貴方様をお守りする術も見えてまいります。どうかそれまでは」

「…………期間はどのくらいを見込んでいる」


 イーゼンが今度はハーツに目配せをする。ハーツは「ふむ」と少し考えてから言う。


「一週間もらえれば十分じゃろう」

「………………少し考えさせてくれ」

「ロレイグ様!どこに行かれるのですか!」


 ロレイグ王子は足早に部屋を出ていき、ホルストさんがその後を追った。

 ジェライドさんが力が抜けたように椅子に座る。もう限界がきているように見える。


「すみません皆さん。お見苦しいところを……」

「なーに言ってんだ!気にするなよ」


 イーゼンがジェライドさんの隣に座って背中を摩る。ハーツは俺の肩から飛んでフォスナー様の枕元へ降りた。

 それじゃあ見てみようかのぅ、と魔法を発動した。波長を感じ取ると、治癒魔法の系統で相手の体を調べる魔法のようだ。俺は治癒魔法は初歩の魔法しか使えないから、ハーツや治癒魔法が使える郷人はとてもすごいと思う。

 ハーツの様子に見入っていたら、急にハーツの身体が俺の顔に向かって飛んできた。


「うわぁ!」

「どうした!?」

「アイテテテ……すまんウェイテル……」   


 セランが慌てて俺のそばにやってくる。幸い飛んでくるハーツを手で受け止めることができたからどちらとも怪我はなかったが心底驚いた。

 何をやっているんだ、とハーツを呆れた顔で見下ろすセラン。そんな顔で見なくたっていいだろ。


「おい、しっかりしてくれよハーツ爺さん」

「いやあ〜こりゃあびっくらこいたぁ〜!この王子はとてつもない精神力の持ち主だの!」

「どういうこと?」

「わしの魔法が弾かれてしまっての!ワハハ!」

「先行きが怪しくなってきたな……笑っている場合ではないだろう爺さん……」


 ワハハ!と笑うハーツだったが、俺は心配だ。これから何度も弾かれて飛ばされていたらそのうち怪我をしてしまうかも知れない。そんな俺の感情を察したのか、ハーツは俺の手にしっかり乗りなおして言う。


「優しいのうウェイテル。だが大丈夫じゃ。わしはこれでも郷一番の治癒魔法の使い手。自分の怪我くらい自分で直せるわい。グリンザと共に戦をくぐり抜けて来た歴戦の老兵じゃぞ〜」

「……分かったよ。でも、無理しないで。ハーツになにかあったらグリンザだって悲しむ」

「ああ、約束じゃな。しかしウェイテル、お前も為さねばならぬことがあるのではないか?」

「…………うん。そうだね」


 ハーツはもしかすると俺がローレンス王と話したことにうっすら気づいているのかもしれない。でも口に出さないでいてくれたんだ、俺が自分自身で決められるように。 

 確かにさっきロレイグ王子に面と向かってお会いしてから、ローレンス王から託された言葉を繰り返し思い出していた。


 〈…………ロレイグのことを気にかけてやってくれると、助かるよ〉


 ロレイグ王子は、どこかローレンス王の面影を感じる方だった。力強くも優しい眼差しや漆黒の髪。


「イーゼン、父さん」

「どうした?」

「ロレイグ王子ともう一度お話できるかな」


 二人とも俺の様子を見て何かを察してくれたのか、ジェライドさんを同時に見る。ジェライドさんは俺に顔を向けてくれたが、あまり勧めることはできませんと言った。

 でも、俺はロレイグ王子と話さないといけない。約束したから。


「…………ローレンス王に、託されたんです。ロレイグ王子のことを気にかけてやってくれと」     







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