第8話 王子たち





 ジェライドさんを先頭に、第一王子の寝室へ向かう。裏の通路なので窓は無く暗い。昼でも灯りが必要だ。

 王の間から歩いて程ない部屋の前でジェライドさんが足を止めた。


「ロレイグ様。ジェライドでございます」

「……入ってくれ」


 人がやっと一人通れるくらいの小さな扉を開き、まずはジェライドさんとホルストさんが部屋に入る。


「ロレイグ様。お会いしていただきたい方々がいます」


 俺たちを丁重に紹介するジェラルドさんの声を聞いて、イーゼンが「あいつ、また俺たちをそんな風に言いやがって」と呆れる。ブレアニエは王と国を守る部隊だ。イーゼンの言いたいことも分かる。

 少し間があって、ロレイグ王子の訝しげな声が聞こえてくる。


「こんな時に誰だ」

「彼らに直接話してもらう方がよろしいかと」

「…………」

「……フォスナー様の御身にも関係のあることです」

「! 通ってもらってくれ!」


 扉の近くにいたホルストさんが中に入るよう促してくれる。イーゼンから順に扉を潜った。

 王子の部屋は深い青色が印象に強く残る部屋だ。誠実さ、芯の強さを感じる。  


「あなたたちは……?」


 椅子から立ち上がったロレイグ王子を前にして、俺たちはその場に跪いた。


「ご挨拶が遅れました。私どもは“ブレアニエ”。……国王直属隠密騎獣部隊でございます」

「……国王直属?きじゅう?一体何の部隊だ…………?」


 ロレイグ王子は困惑する様子を隠すことなく、ジェライドさんに助けを求める。それに応じて、ジェライドさんが語り始める。


「彼らはこの国の王のみが知ることのできる、言わばこの国の最重要機密部隊です」

「……王のみ」


 力の抜けた声を聞いて心配になる。ジェライドさんがロレイグ王子の代わりに「皆さん、顔を上げてください」と言ってくれる。俺たちは顔をあげてロレイグ王子の方を見つめる。

 目を丸くしたまま口を半開きにしている。まずは驚いてくれて良かったと思う。ブレアニエの存在を知るのはローレンス王とジェライドさん、ホルストさんの三人だけだった。王のみ知ると言ったが、歴史上、王の采配で側近にブレアニエの存在を明かすことも多かったと聞く。  


「…………それならば、なぜ俺に伝える。……兄さんがいるだろう」


 喉をか細く震わせている。改めて現実を突きつけられてしまったのだ。

 今、この国の頂点はロレイグ王子だ。

 元々王妃様は病気がちで表舞台に出られることはあまりなかったし、王の崩御についてはすでに王妃様も知るところだろう。何よりジェライドさんが俺たちをロレイグ王子の元へ呼んだのが答えなのだ。


「……フォスナー様はもちろんですが、ロレイグ様もブレアニエの皆さんに護衛していただきます」

「近衛兵がいるだろう。不要だ」

「お言葉ですが、隠密機動ですら大人数が倒されました。近衛兵達には守り切れません」


 ホルストさんはロレイグ王子に強く進言した。ロレイグ王子も側近であるジェライドさんとホルストさんの言葉を無視するのは難しいだろう。

 部屋の中に緊張が走り、息がつまる。ため息と思われぬように細く息を吐いて瞬きをすると、視界の端に何かが映った。

 俺はそれと同時に前にいたイーゼンとルーガの間を抜け出し、その何かに飛びついた。


「何だ!?」

「……っと……」

「どうしたウェイテル!?」


 皆が慌てて俺を囲む。咄嗟に身体が動いた。自分でも何を見て何をしたのか分かっていない。


「すみません……咄嗟に、捕まえなきゃ、と」

「何を捕まえたんだ」

「分からないんだ。でもとにかく誰か拘束魔法をかけてくれないか。そうしないとまずい気がするんだ」

「やるわ」


 しどろもどろの俺の手にレイルが自分の手を重ねる。


「マグリア・セラジオネ〈別れの編み目〉」


 素早い詠唱。さすがレイルだ。俺は手の中の感触が変わったのをしっかり感じてから、ゆっくり手を開いて見せた。

 手の中には小さな蜘蛛がいた。何だ、こいつは。


「なるほどのぅ」

「ハーツ!これ何か分かるのか?」

「恐らくな。ウェイテルが気づかなければ、ロレイグ王子もフォスナー王子と同じようになっていたのだろう」


 俺が捕まえた時はよく動いていた蜘蛛も、今はレイルの拘束魔法によって動きを止めている。


「潰した方がいいの?」

「いや、分析した方が今後のためになるじゃろう。潰さなかったのはお手柄だの」


 ハーツが俺の肩に乗って頬に頭を撫で付ける。ふわふわの頭の感触が心を少し鎮めてくれる。でもそうか、良かったな。咄嗟のことだったけど生き物なのはどこかで気づいていて、生き物を大切にする習慣が役に立ったようだ。

 部屋にいる皆が肩の力を抜いたようだ。急にブレアニエのみんなが話し始める。


「お前が急に飛び出すから、俺の心臓も飛び出るかと思ったぞ!」

「イーゼンの言うことは気にするなウェイテル。本当によく見つけたな」

「我が息子ながらよくやったよ、ウェイテル。レイルもさすがの魔法発動速度だったね」

「調子が戻ってきたのを確認できて良かったわ」


 イーゼンは胸元を抑えて俺を睨みつけたが、ルーガが一蹴した。父さんは和らいだ笑顔で呑気なことを言っているが、そんなことを言っている場合じゃないよ。

 レイルはさっさとバッグから入れ物を取り出して捕まえた蜘蛛をそっと入れた。入れ物の蓋をしっかりと閉めると、ハーツに見せた。


「とりあえずそこのテーブルを借りてしまおうか」

「分かった。すみません、いいでしょうか」

「あ、あぁ……構わないが」


 怖いもの知らずのレイルはさっさとロレイグ王子に許可を得てテーブルに入れ物を置いた。ロレイグ王子は何が起こったのか分からない様子で、ジェライドさん達に視線で助けを求めている。


「ハーツ殿、ウェイテル殿、説明していただけますか?」


 ジェライドさんが畏まって俺の名前を呼ぶのがむず痒い。後で名前呼びに変えてもらうよう伝えなきゃ。

 ハーツがジェライドさんに体を向けて説明を始める。


  

   







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