コリウス

「何歌う?」

ジャケットを手早くたたみ、スピーカーの音量をほんの少し、下げた。

モニターを迷うことなく操作し、採点をつける。

手慣れてんなぁ。と思った。

私もジャケットを脱いで、彼女の隣に腰掛ける。

「てか、カラオケでよかったの?勢いで決めちゃったけど。」

「うーん、まあ。ちょっと話がしたかっただけだし、いいよ。」

彼女は持ってきたポテチを開け、口に放り込む。

「じゃあ、ちょっとおしゃべりしちゃう?

カラオケでおしゃべりってなんか贅沢じゃない?

まあ、話聞かれることもないし便利だけどね〜」

彼女はへへっと微笑んで私の顔を見た。

薄暗闇で、彼女のそばにいる。

なんか、ちょっと、いけない感じがした。

ていうか、密室の時点であんまり良くないような感じもする。

「うーん、でもいざおしゃべりって言っても何話したらいいのかわかんなくない?

なんか話したいことある?」

「確かに、何話したらいいかわかんないかも。誘っておいてごめんね。」

「全然いいよ〜実は誘ってくれてめっちゃ嬉しかったんだ!」

「そうなの?」

「うん!私の周りには笹野さんみたいな人いないからさ〜。もっと知りたいと思ってたんだよね。」

苗字+さん。

距離の遠さに愕然とする。

ピコン

「あ、ゆうだ。」

彼女の目がキョロキョロと動いて、文字を追いかけた。

そして、ふっ、と小さく吹き出す。

「聞いて、ゆうが今度デートしようだって!」

ゆう?

ケラケラっといつものように楽しげに笑った。

おかしい、と言った。

「女同士なのにさ、デートとか、変なの!」

心臓が止まった。

体から体温が消えていく。

分かってた。

分かってた。

分かってたのに。

指が冷たい。

世界が遠い。

絶望、

彼女はご機嫌に画面を見つめている。

それがすごく恨めしく思えてしまう。

やっぱり、どうやったって、時代が変わったって、

おかしいのは私。

マイノリティなことに変わりなんてないんだ。

別に、知ってた。

分かってた。けど…

少し、期待していた。

「笹野さん?」

「私…私、は、」

多分これ以上仲良くなることなんてない。

彼女には友達がたくさんいるんだ。

好きな人だっているんだ。

うちのクラスは人数が多い。

来週席替えをする。

ならもう、いいや。

彼女に気持ち悪がられていたって。

避けられたって。

もう、どうだっていいよ。

知らないよ。

彼女が戸惑ったように見ている。

彼女の手を奪うように震える手で握った。

細くて長い指が、私の手を包む。

涙が出た。

「え、どうしたの!?」

私はもうどうだってよかった。

これだけ彼女に入れ込んでいる理由なんて知らない。

出かけたこともないし、彼女は私のことをさん付でよぶ。

遠い場所にいる私の好きな人。

もうこんな世界いらない。

彼女を抱きしめる。

香水じゃない、甘い香りがした。

ああ、大好き。

私は涙を拭って、ぼそっと独り言を呟いた。

「あなたのことが、好きでした。」

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暗闇の中で花は舞う。 星影瑠華 @Ruka-ningen

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