第33話

「そこで……俺達の結婚式の事なんだが、半年後を予定しようかと思っているんだ」


私は想像以上に早い日程に驚く。


「え?半年後ですか?」


「ダメ……だろうか?殿下の帰国が当初の予定通りなら一年後ぐらいが妥当だろうと思っていたのだが……」


「急ぐ理由は?」


「理由?特別な理由が要るのか?」


フェリックス様は少し嫌そうに口を歪めた。


「出来れば教えていただけると」


「………誰にも盗られたくないからだ」

またもや赤くなったフェリックス様はそう言ってそっぽを向いた。


「盗られる?何を?」


「お前をだ!!」

そっぽを向いたまま少し怒った様に言ったフェリックス様は耳まで真っ赤になっていた。


「私なんて、誰も盗りませんよ」

クスクス笑う私に、


「あのデービスって奴がいるだろ!」

とやっとこっちを向いたフェリックス様が言った。


「デービス様があの時フェリックス様にあんな風に言ったのは、わざと煽ったと言っていましたよ。フェリックス様の気持ちを聞き出す為に焚き付けただけです」


私はあの『三竦み晩餐会』を思い出しながらそう言ったのだが、フェリックス様は呆れた様に、


「はぁ~~お前は何も分かっていない。本当に鈍感だな」

と緩く首を振った。

正直、フェリックス様だけには言われたくない。

言い返そうとする私の言葉を遮ってフェリックス様は言った。


「とにかく。安心したいんだ、俺は!」


そう言われてしまえば、私も反対は出来ない。


「分かりました……。半年後ですね。それでは準備を急ぎませんと」


「もちろん。何故か母が張り切っている。うちには女の子は居ないからな。今からワクワクしている様だ。……もちろん俺も」

そう言ってフェリックス様は私の手を握る。


「フェリックス様……」


「し、し、し、幸せにするから」


物凄く恥ずかしそうなフェリックス様に吹き出しそうになる。……フェリックス様ってこんな人だったかしら?


「はい」


私の返事に少しだけホッとした表情のフェリックス様が可愛らしかった。


しかし……準備を急ごうと言った私達だったが、その翌日からフェリックス様は王太子殿下の出迎えに国境まで向かってしまった。


……結局……私がやるのか……。私は思わず遠い目をしてしまった。


「何だか忙しそうね」

アイーダ様に言われて、私はため息を吐いた。


「結婚式が半年後になりまして……それに教師になる為の試験もあるし、アマリリス様の授業の準備も……それにフェリックス様も不在ですし」


フェリックス様が『半年後に結婚式!』と宣言してから三日が経っていた。


アイーダ様にはフェリックス様との関係が好転した事、結婚もするが、教師の夢も諦めない事を話していた。

話した時にはフェリックス様への罵詈雑言が止まらなかったが、当の本人である私がフェリックス様を許しているなら……と渋々納得してくれたのだ。


「半年後?!それまた急ね」


「はい……殿下の帰国が早まったので、半年後には落ち着いているだろう……というフェリックス様の見立てです」


「はぁ。殿下も気まぐれよね。最初は三年とか、四年とか……それぐらいの留学期間を十年に延ばしたかと思えば、急に帰って来るとか……振り回されるこっちの身にもなって欲しいわ」


アイーダ様のお父様も大臣をされている。振り回されている内の一人だ。

それより振り回されているのはジェフリー様のお父様だろう……この国の宰相だし。


「それに……何だか客人も連れて帰るそうじゃない」

こっそりと小声でアイーダ様は言った。この事はまだ、主要な貴族しか知らない事だからだ。


「みたいですね。王宮は大騒ぎなようで……」


「本当に……迷惑な話よ」

アイーダ様は大袈裟に肩をすくめてみせた。


「学園も……何だか静かになりましたね」

私は教室の中をぐるりと見回した。授業が終わっているからだけではなく、もう一つ理由がある。


「卒業を待たずに結婚したご令嬢もいらっしゃるものね。私はまだまだ先だけど」

アイーダ様は苦笑する。ジェフリー様の卒業を待たなければならないアイーダ様だが、幸せそうなので、私は何も言わなかった。


「まぁ……卒業式の式典はまた騒がしくなるでしょう。貴女、結婚式の準備も忙しいでしょうけど、そっちの準備は出来てるの?」


「準備?特に何かする必要が?」


「普通は婚約者や、結婚相手がドレスを贈るのでしょうけど……もちろんフェリックス様からは何も贈られてないわよね?」


「フェリックス様はご不在ですから父のエスコートですし、手持ちのドレスで良いかと……」

私は夏の夜会で着たドレスをまた着ようと思っていただけだった。


「まさか貴女……夏の夜会で着たドレスを着る気ではないわよね?」 

図星を突かれて言葉に詰まる。私はアイーダ様の顔色を窺う様に、


「ダメ……ですかね?」

と尋ねた。


「ダメじゃないけど、ダメよ。今から用意しても間に合わないかもしれないけど、せめてリメイクぐらいはしなさいよ。全く同じドレスで出るのは女の恥よ」

ピシャリと言われて、私は若干青ざめた。

デービス様にローレンさんのお店を尋ねようか……彼女に頼めばあのドレスをリメイクしてくれるかもしれない。


私がそんな事を考えていると、にわかに廊下が騒がしくなった。


「そう言えば……今日は来てるって言ってたわね……例のあの人」

とアイーダ様が廊下へと視線を送る。すると、数人の取り巻きと共にステファニー様が現れた。


私も無意識に廊下を見る。その瞬間ステファニー様と目が合った。



私はいつもの様にそっと視線を外して、今まで確認していた結婚式までの予定表に目を落とす。

ステファニー様も、もう私の事など見向きもしていないと思っていたのだが……


「ス、ステファニー様?」

「ちょっと、貴女、何を……?」

ステファニー様の取り巻きやアイーダ様の声がざわざわと混じる。私は机に落ちた影に顔を上げた。


そこには、いつもの様に美しい顔で微笑むステファニー様が、私を見下ろしていた。


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本の虫令嬢は幼馴染に夢中な婚約者に愛想を尽かす 初瀬 叶 @kanau827

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