第32話

「女性は自分を美しく着飾りたいものなのです」

私がクスクス笑うと、


「それは……お前もか?」

とフェリックス様は不思議そうに尋ねた。

不思議そうなのもちょっとムカつくが、実際私はあまりお洒落に興味がない。


だけど……デービス様と夜会に行くためにドレスを纏った時には気分が高揚した事は事実だ。


「そうですね……。今まではあまり興味は無かったのですが、夏の夜会に行った時……」


『夏の夜会』という言葉を口にした時、フェリックス様が思いっ切り不機嫌な顔をした。


「『夏の夜会』ね。あのデービスって奴は……何なんだ?サーフィスもみすみすお前達が仲良くしているのを見過ごしやがっ……」

とそこまで言って、フェリックス様は慌てて口を噤んだ。


「フフフッ。サーフィス様からお聞きしました。サーフィス様とご友人だったのですね」


「ど、どこまで聞いた?」


「本を寄贈して下さっていたと。お陰で図書館の本の種類が豊富になった様です」


「クソッ!黙っていろと言ったのに!」


「秘密にする様な事ではないじゃないですか。……ありがとうございます。私が本を好きになったきっかけは初めてフェリックス様から贈られた本です。ずっとフェリックス様に楽しませていただいていたのですね」


「本のプレゼントは……喜んで貰えていたんだな」


「もちろんです!お花も綺麗でしたけど」


「そうか……それなら良かった」

とフェリックス様は少しはにかんだ様に微笑んだ。……が、


「それより、本当にあのデービスって奴……。何故あいつと夜会に行ったんだ?」

と今度は不機嫌そうに私に尋ねた。


「誘われたので……」


「お前は誘われたら誰とでもホイホイと夜会に行くのか?婚約者が居るのに?」


「それ、フェリックス様が言います?」


詰めるフェリックス様に私がそう言い返すと、フェリックス様は言葉に詰まった。

私はその様子に吹き出してしまう。


「やめましょう。喧嘩はしたくありませんから」


「確かに……すまない。つい……。自分が嫉妬深い男だとは思っていなかったんだが、あの夜会でお前とあの男が一緒に居るのを見てカッとなってしまった事を思い出して。だが……お前のドレス姿は……その……美しかった」


赤い顔をして俯くフェリックス様が可愛く見える。こんな風に彼の事を思える様になるなんて……一週間前までは想像もしていなかった。


ここで私はちょっとした悪戯心が湧いた。


「そうだ!フェリックス様知っていましたか?夏の夜会の最後の花火。あれをカップルで一緒に見ると、その二人は永遠に幸せになれるんですよ」


私の言葉を聞いたフェリックス様は目を見開いて固まってしまった。


「そ、そ、そんな話は聞いたことがない!というか、マーガレット!お前はあいつと見たのか?」


自分だってステファニー様と一緒に見たくせに……とは思うがフェリックス様の慌てふためく様子が面白いので黙っておく。


「バルコニーは人が多かったので、少し離れた場所からですが……」

そう言いかけた私の目の前には、眉を下げて悲しそうに見えるフェリックス様が……。うん。これ以上虐めるのはやめておこう。


「フフフッ。単なる言い伝えですよ」


「俺は……何にも知らないな。そういう……その、なんだ。恋人が喜びそうな話も、女性を楽しませる術も、気の利いた言葉も……」

すっかりフェリックス様はシュンとなってしまった。


「でも……ステファニー様はフェリックス様からアクセサリーをプレゼントされた……と」


「は?!俺が?そんな事するわけないだろ。確かにアクセサリーを買いに行くステファニーに付き添った事はあるが」


「では……一緒に選んだ事は?」


確かステファニー様はフェリックス様の瞳の色である青色の宝石をよく身に着けていた。それにフェリックス様が『良く似合う』と言っていたとも。


「なぁ、マーガレット。俺に女性のアクセサリーを選ぶセンスがあると思うか?」


「……ありません」


フェリックス様とこうしてたくさん会話をするようになって分かった事。それはフェリックス様が女性関係にとても疎いという事だ。

私に言われるフェリックス様って大概だと思うが。

そんなフェリックス様がステファニー様に似合うアクセサリーを選んであげる姿は想像も出来なかった。


「だろ?……念の為訊くがそれもステファニーが?」


「ええ。皆様の前でお話されていたので、殆どの方々が信じていたのだと思います。フェリックス様が『よく似合う』と言っていたとも」


「はぁ~~。あいつ……何でだ?確かにアクセサリーを買いに言って『似合うか?』と何度も訊かれて、面倒だから『似合う、似合う』と答えた事はあったがな。

それに……お前は俺にあいつが好意を持っていると言っていたが、今回殿下の帰国に合わせて、自分も国境まで連れて行けとうるさく言っていた。さっきも言ったように客人も同行しているからと何とか説得して諦めて貰ったが……俺から見ればステファニーは殿下を愛している様に思う。あいつの行動の意味が分からん」

フェリックス様は首を傾げる。


私もそれについては同感だ。それを聞く限り、ステファニー様は殿下の事も大切に思っていらっしゃるように見えるが、フェリックス様に対する態度も好意故の事だと思える。

私はその時、アイーダ様の言葉を思い出していた。

『何だか解せないのよね。殿下の婚約者っていう立場を最大限利用しているくせに、フェリックス様まで手に入れようとしている様で』

アイーダ様は不快そうにそう言っていたが……確かに二人とも手に入れると言うのは、些か虫が良すぎる様に思う。


「殿下にもフェリックス様にもお側に居て欲しい……とかですかね?」


「馬鹿馬鹿しい。俺は近衛だ。ステファニーが王族になれば守るのが仕事だ。それに俺が側に居たいと思うのは……マーガレット、お前だけだ」


フェリックス様に素直に言われて、今度は私が照れてしまった。

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