第31話

「マーガレットに謝らなきゃなって思ってたんだよ」


「謝る?何故です?」


「フェリックスとの事を黙っていた事だ。僕は別にだからと言って君を見張っていた訳じゃないんだが」


「それなら別に謝る必要はないじゃないですか」


私はクスクス笑う。サーフィス様が謝る様な事じゃない。


「実はフェリックスに怒られてね」


「怒られた?」


「君とデービスが夏の夜会に行っただろう?あれでさ」


「どうしてサーフィス様が怒られるんです?」


「僕は君とデービスが仲良くしてる事なんて一つも言ったことがなかったんだ。まさか君が夏の夜会に男連れでやって来るとは思って無かった奴はかなり焦ったみたいでね」


その時を思い出して我慢出来なくなった様にサーフィス様は吹き出した。


「ご自分はステファニー様とご一緒してるのに?」


「本当にそうだよな。でも、君がまさか夜会に来るなんて思ってなかったらしいよ。デービスと君が何処で出会ったのか心配になって僕に尋ねてきたから、あっさり『図書館だよ』って答えたら、怒られた」

サーフィス様はそう言って肩をすくめた。


「まぁ……私が男性と出会うなんて学園か図書館か本屋ぐらいしかありませんから」


「それからあいつが考えた事といったら……君を図書館に行かせない事だったんだから、本当に馬鹿だよなぁ」


「まさか……あのお茶会……」

私は夜会の後、毎日の様にフェリックス様にお茶会の招待を受け、直前にキャンセルされたあの時を思い出していた。


「思い当たるだろ?君に行くなとも言えず、かといって毎日側にいる事も出来ず……奴の考えた苦肉の策さ。まぁ……許してやってくれ」


「フフフ。サーフィス様ったらフェリックス様の保護者の様ですね」


「あー、まさにその気分だよ。その上、あれからは君を見張れって言われた……いや、勘違いしないでくれよ?僕はスパイの様な真似はしていないから。君が図書館で過ごす時間は君の宝物だ。それを邪魔したくなかったからね。……デービスとの会話で婚約解消の話が出ていた時は焦ったが」


あの時……そう言えばデービス様が『スパイが居る』と言っていたが……あれはサーフィス様の事だったのか。デービス様はサーフィス様とフェリックス様の関係に気付いていたのか。彼の観察眼に恐れ入る。


「デービス様は薄々サーフィス様とフェリックス様の関係性に気付いていたかもしれません」


「彼は……きっと幼い頃から他人の顔色を窺ってたんだろうな。彼も複雑な家庭で育った様だから」


「そうですね。でもデービス様の観察眼はデービス様がこれから小説家になるのに、きっと役立ちますね」


「ほう……デービスは小説家を目指してるのか。今からうちの出版社で唾でも付けとくかな」


そう言ってサーフィス様は笑った。



「フェリックス様がいらっしゃったわ。通しても良いかしら?」


夕食後、残り少なくなった学園生活に見合わない程の大量の課題に取り掛かろうとした私に、母が声をかけた。


フェリックス様の気持ちを聞いたあの日から、もう一週間程が経っていた。

ここから私達の新たな関係を築いていこうと意気込んだは良いが、如何せんフェリックス様が忙しそうで、あれから全く会えてはいなかった。


そこまで考えて、私は一人苦笑する。

今までならフェリックス様に会うのは数カ月に一度。それですら心が重くなっていたというのに。私って意外と現金だった様だ。


すると、ノックが聞こえる。

私は鏡を見てササッと前髪を直してから、返事をした。


「どうぞ」


「マーガレット、ひ、久しぶりだな」


『久しぶり』と言ったフェリックス様の気持ちも、もしかして私と同じだったのかもしれないと思うと、少し嬉しい。


「随分とお忙しそうですね」


私が指し示した椅子に腰掛けながらフェリックス様が答える。


「そうなんだ……。殿下の帰国が早まった事もだが、殿下が客人を連れて帰るらしくてな」


「客人?どなたなのですか?」


「詳しくは教えて貰っていないのだが、どうも留学先の王族らしい」


「王族?!それは大変そうですね」


「あぁ。王宮の使用人達も皆、右往左往しているよ。殿下はこの十年で三カ国に留学したが、どの国の王族かも教えて貰っていなくてな」


「それじゃあ、おもてなしの仕方も分からないですね。国によって風習や好む物も違いますし……」


「だよなぁ。一応、その三カ国のどの王族が来ても良い様に、様々な形で用意しているが、皆手一杯だ。俺達も殿下を迎えに行く班、残って王宮を護衛する班と別れて準備していたんだが、他国の王族も一緒となると、殿下を迎えに行く護衛の数を増やさねばならなくなって、班編成も一からやり直しだ。それに……俺にはもう一つ厄介な奴のお守りがあるからな」


『厄介』

ついこの前までてっきりステファニーに好意を抱いていると思っていたのに、今ではこの言い様だ。


「ステファニー様は殿下の帰国をどのように?」


「それは物凄く喜んでいるさ。だからと言ってドレスを何着も新調したり、イヤリングやネックレスを何個も買ったり、靴を何足も買うのは意味が分からん。身体は一つ、首も一つ、耳は二つだ。そんなにたくさん買っても身に着けられないというのに……。靴など一足で良いだろう。タコやイカじゃあるまいし」

とフェリックス様は思いっきり顔を顰めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る