第30話
「どう?ゆっくり話せた?」
図書館に顔を出した私に、デービス様はにこやかに尋ねた。
「はい。デービス様の言う通り私達には圧倒的に会話が足りなかった様です。十年もあったのに……」
「時間は作るものだ。意識しないと漠然と流れる」
「確かにその通りですね。最初から諦めていたので、どうにかしなくちゃいけない……とも思っていませんでした」
「まぁ『雨降って地固まる』だ。ところで、教師になるっていう夢はどうするんだい?」
デービス様の表情は少し残念そうに見えた。
私の夢を後押ししてくれた人がいた。手助けしてくれた人がいた。諦めてしまうのはその人達を裏切る様で心苦しい。だけど……。
「デービス様が昨日仰った様に、両立出来る程、自分が器用だとは思えなくて……」
私の頭の中に、デービス様の声が木霊している。『メグにそんな器用な事が出来るかな?』そう言われて私も自分の事ながら同感だった。
するとデービス様はあっけらかんと言った。
「あー!あれ?あれはわざとだよ」
「わざ……と?」
「うん。あぁ、言えばフェリックス殿が反発するかなぁ~って。だけど元々彼は君が教師になる事を反対するつもりは無かった様だし、余計な事だったね。僕は……メグなら出来るって思ってるよ」
デービス様は最後、真剣な顔でそう言った。
「デービス様……」
「メグ、僕も頑張るから君も頑張れ。フェリックス殿との事、最初から諦めた事を後悔したんだろ?なら、諦めるな。やるだけやってみようよ」
デービス様は力強く頷いて私の顔を真っ直ぐに見た。
「フェリックス様も『なりたい自分になれ』と言ってくれました。……挑戦……してみます。やる前から諦めちゃダメですね」
私が笑顔でそう言うと、デービス様は『その意気だ』と笑顔を返してくれた。
デービス様と別れて、図書館を出る。今日も何処かでハウエル侯爵家の護衛が居るはずだが、心配だと言うフェリックス様の気持ちを尊重して、気にしない事にした。
すると後から、
「マーガレット!送って帰るよ!」
とサーフィス様が追いかけて来た。
「サーフィス様?お仕事はもう終わりですか?」
私の隣に並んだサーフィス様と共に私は歩き出した。
「あぁ。今日はちょっと夜に用があってね。早上がりにさせて貰ったんだ。家に帰るんだろ?通り道だから送って行くよ」
「用事に間に合わなくなりません?」
「大丈夫、大丈夫。……ちょっとマーガレットに話もあってね」
サーフィス様私に少しぎこちない笑顔を見せた。
「お話ですか?」
隣を歩く長身のサーフィス様を見上げる。長く伸ばした銀髪が一つ結びで風に揺れていた。
「うん。……何から話そうか……。そうだな……僕の友人の話をしよう」
ちょっとだけ思い出し笑いの様に微笑んだサーフィス様が話し始めた。
「僕は前にも言ったように、ちょっと複雑な家庭環境に居た。そんな僕がこの国に来て、ある男と会った。そいつは騎士を目指していてね。何となく威張った男だった。だが話してみると、結構いい奴でさ。
だけど彼には少しだけコンプレックスがあった。高い身分に生まれたくせに、身分に拘る妙な所があったんだ。話を聞いて……ちょっとだけ分かる気がした。僕も実家が没落して……色々と嫌な思いをしたからね」
その時を思い出したのか、サーフィス様は悲しそうな、痛そうな表情を浮かべた。
「大変な思いをされたのですね」
想像する事すら出来ないが、きっと辛かっただろう。そう思った私はつい口に出していた。
「まぁ……ね。若い時は。今は逆に自由だと感じてるけどね。好きな事が出来る。
で……た。その男と僕は友達になった。全く性格も真逆だったが、何かと気が合った。歳は少し離れていたが、弟の様に思っていた。
その友人には婚約者がいてね。大人しくて少し地味だが、キラキラした瞳で本を読む。その横顔が凄く可愛い婚約者だ。友人がその婚約者に夢中なのが理解出来た。けれど……その友人は婚約者を全く放置していたんだ」
………おや?そう思ったが私はサーフィス様の話の続きを待った。
「理由を訊いても秘密だと言われた。僕は何度か苦言を呈したんだがね。でも彼が婚約者の事を想っているのは知っていたから、それ以上言えなかった。そんなある日彼からある事を頼まれた。彼女が好きそうな本を教えてくれって。
お!彼女にプレゼントでもするのか?と思ったんだが……僕が教えた本を奴は図書館に寄贈したんだ。訊くと彼女へのプレゼントは花束と決めてるからって訳の分からない事を言っていたな」
「あの……そのご友人って……」
「フェリックスって言うんだ。君、知ってる?」
とサーフィス様は少しいたずらっぽく笑った。
「ええ。フフフッ。一応知ってます。サーフィス様はフェリックス様とお友達だったんですね」
私も笑って答えた。
「そうなんだ。知り合ってもう七年になるかな?あいつは……本当に不器用でさ。やる事がズレてるし、訳がわからないけど……悪い奴じゃないんだ。この三年間で、図書館に寄贈した本は数百冊になるよ」
「数百冊?!そんなに?!」
「そうなんだ『今日はこんなジャンルの本を読んでいたよ』と教えたら翌月にはドン!とそのジャンルの本が贈られてきたよ。直接君にプレゼントすれば、君は喜んだだろうにね」
そうサーフィス様に言われて私は心の中で『数百冊もプレゼントされていたら、本当に『家の床が抜ける!』って父に怒られただろうな……と思って私は逆にホッとした。
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