第29話

「わ、笑い事じゃない!誰がそんな事を?!」


「誰って……皆です。多分フェリックス様以外の皆」


「俺以外って事は……もしかしてステファニーも?」


私は微笑んで頷いた。


「ステファニーは当事者だ。何故本人が否定しない?」

そこの答えは先程のアドバイスも加味すると、自ずと見えてくる。


「きっと……ステファニー様はフェリックス様がお好きなのです」


「ステファニーが?!それはない!だってあいつはいつだって殿下の婚約者である事を誇りに思って……」


「それは建前で、本音は違うのでは?」


「女心が難し過ぎて分からない……」

フェリックス様は首を傾げて黙り込んだ。


「ステファニー様のアドバイスにフェリックス様が従っていたのは分かりましたが……どうしていつも、私と話す時にはしかめっ面だったのでしょう?」

いや、言い換えれば睨まれていた。私が眼鏡を外せなくなった理由だ。


「……お前を見てるとニヤけてしまう。そんな男は嫌われると……ステファニーに言われて。表情を変えない様に顔に力を入れていた結果だ」


私は肩の力が抜けてしまった。本当に私達に足りなかったのは会話だった様だ。たった一つ、何かがずれるだけで、ボタンの掛け違いは起きるのだと思い知った。


私がフフッと笑うと、フェリックス様の顔が赤くなる。


「だから……その笑顔が反則なんだって……」

フェリックス様は呟いて天井を見上げる。

その様子が可笑しくて、私はまた笑ってしまった。


フェリックス様はそんな私に静かに話しかける。


「マーガレット。今まで俺は間違っていたんだな。周りからそう思われる程、俺はお前に対して不誠実だったと言うわけだ」


「そんなものだと思っていました。普通の婚約者としての関わりが出来ないのであれば、私もそれなりで良いと。この関係を良くしようと努力しなかったのは、私も同じです」


「お前に非は一つもない。全ては俺が招いた事だ。まぁ……俺はこれが普通だと思い込んでいたんだがな」

フェリックス様はそう言って頭を掻いた。


「専属騎士に……ならなくても良いのですか?」

私はもう一度改めてフェリックス様の気持ちを確認したかった。また『ステファニーを優先するから』と言われても困る。今ならまだ引き返せる。


「もちろんだ!頼まれても断ると誓う。だが……マーガレット。お前が教師になりたいのなら、俺はそれを応援する」


「あの時父には『相談された』と私を庇って下さいましたね。でも……このまま結婚するのであれば、私に侯爵夫人と教師の両立は……」

正直、自信がない。


「俺にも無断だったとすれば、伯爵も納得しないだろうと思ってな。

マーガレット、うちには優秀な執事もいる。それに俺が侯爵を継ぐまでまだ時間もある。両立が難しいなら、それまでの間でも良いじゃないか。挑戦してみたらどうだ?お前がなりたい自分になれば良いんだ。先の未来……お前はどんな自分に会いたい?」


「どんな自分……。教師になる事ばかり考えていて、侯爵夫人と教師の二足のわらじを履いた自分を想像した事はありませんでしたが……」

私の言葉に被せる様にフェリックス様は、


「ちょっと待て。俺と結婚しない自分に会いたいってのはナシだ!」

と慌てる。私はその様子にまたもや笑顔になった。



「フェリックス様……少しだけ考える時間をいただけますか?」


「え?お、俺との結婚をか?!」

フェリックス様はまた慌てている。こんなフェリックス様を見るのは初めてだ。


「いいえ。私に両立が出来るのか……をです」

私の答えに明らかにホッとした様子のフェリックス様に私は尋ねた。


「フェリックス様は先の未来、どんな自分に出会いたいですか?」


「俺か?俺は近衛騎士団団長になってマーガレットから『騎士が一番素敵だ』と言われる騎士になった自分だな」


フェリックス様が微笑んだ。フェリックス様の笑顔……も初めて見た気がする。

そしてフェリックス様は私の前で膝をついて、私の片手を取った。


「その為にはマーガレット、お前が側に居る必要がある。……俺と結婚してくれないか?」

私の指先を軽く握ったフェリックス様の手が震えていた。


「……はい」

私がそう答えると、フェリックス様は自分の額を私の指先に付けた。


「今まで本当に悪かった。これからはお前を大切にすると誓う」


「フェリックス様と共に、私も努力いたします。ここから……私達の関係を築いていきましょう」


ここまで十年かかった。長かったが、これから先の何倍もの時間を考えたら、ここで気づけて良かったと思おう。


「マ、マーガレット。その……抱きしめても?」

フェリックス様が立ち上がりながら、小さな声で尋ねる。私はそれに頷いて答えた。


フェリックス様は自分の両手をトラウザーでゴシゴシと拭いてから、そっと壊れ物を扱う様に私を抱きしめた。そのたどたどしさに、私は笑みが溢れる。

こんな恋愛小説があったら、私はきっと『もっとしっかりしなさいよ!』と二人にイライラさせられていただろう。しかし、現実はこんなものだ。気持ちは声に出さねば伝わらない。これからは何かあった時に、話し合って解決出来る二人になりたい。


「まずは……殿下の帰国に伴う諸々が最優先だが、その前に卒業式だな。卒業式の式典にはエスコートしたかったのだが……」

ステファニー様も卒業だ。ならば、きっとフェリックス様は……。私は続きの言葉を想像して苦笑する。理由はよく分からないけれど、フェリックス様にはステファニー様を優先させなければならない『約束』がある様だ。しかし……


「実は殿下を国境沿いまで出迎えに行かねばならなくなった。ほら……殿下の帰国が急遽早まったと言っていただろ?」


そう言えば、そんな事をフェリックス様の同僚が言っていた事を思い出す。


「そう言えば……」


「それが卒業式と重なりそうなんだ。申し訳ない」


「いえ。父がエスコートするって張り切っていましたから、断る事にならなくて良かったです。父が落ち込んでしまいます」


クスクス笑う私の顔を眺める様に、フェリックス様は少しだけ身体を離す。


「………お前の笑顔を見るとニヤけるんだが……そんな俺でも嫌いにならないか?」

と確かめる様に恐る恐るそう尋ねた。

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