第28話
「す、す、す、好きなのは……っ!気づけよ!」
フェリックス様は自分の拳で自分の膝を叩いた。
「お、落ち着いて下さい。……そんなに言いにくい方なのですか?……もしや……平民の方とか?」
身分を気にするフェリックス様ならあり得るかと思い口にすると、
「お前……鈍感過ぎるだろ……」
と呆れられてしまった。何故かしら?
ふと……今のフェリックス様の台詞で、私は少し前に図書館で借りて読んだ恋愛小説を思い出した。
すれ違う男女の想い。不器用な男性と少し鈍感な女性の恋模様を描いた小説にそんな台詞があった事を。
……ん?鈍感な女性と……不器用な男性……いや、まさか。
首を傾げるように考えていた私に、
「俺が好きなのは、お前だ!お前だよ、マーガレット!」
ヤケクソのように叫んだフェリックス様の顔は真っ赤だ。その様子はまるで怒っている様に見える。何だかこの顔にも見覚えが……。
いや、それより……。
「まさか……」
私は無意識にそう呟いていた。
「確かに……今までステファニーを優先していたが、お前も別にそれについて何も言わなかったし……」
「最初にそう宣言されていましたし、フェリックス様はその通りに行動されていましたし、期待すれば失望するので。それに、私が意見出来る立場にありませんでしたし」
私は淡々と答えた。フェリックス様は図星を突かれ言葉に詰まる。
「……ぐっ……。まぁ……言い返す言葉もないが」
そこでフェリックス様は私の背後にある本棚に目をやると、徐ろに立ち上がった。
フェリックス様は本棚に近寄ると、一冊の本を手にする。
私は振り返ってその本に目をやる、
「フェリックス様にプレゼントしていただいた本ですね」
「そうだな。これを贈った後、お前が俺に礼を言ったのを覚えているか?」
「はい。とても面白くて、その感動を伝えたくて、夢中でフェリックス様に本の内容をお話していたら、フェリックス様が真っ赤になって怒って……」
そこで私は先程の真っ赤になりながら私を好きだと言ったフェリックス様の顔と、本のお礼を言った時に真っ赤な顔をして怒った幼いフェリックス様の顔が重なる。あれって……。
「怒った訳じゃない。お前……あの時に俺が言った言葉を忘れてるだろ?」
「たった今……思い出しました。急に『魔法使いより騎士が好きだって言わせるから!』って……」
「おい。まだ忘れてる事があるだろ?」
確かに、その前に何か……フェリックス様が言っていたのを私は忘れている。私が眉間に皺を寄せて考えていると、
「お前が主人公の魔法使いの話ばかりするから、俺は途中で仲間になった騎士の方が格好良いって言ったら『騎士は野蛮だから苦手だ』って言ったんだ。だから俺は『将来騎士になるから、魔法使いより騎士が好きだって言わせる』って言ったんだ」
「……今言われて、思い出しました。私が言った騎士はその本に登場する騎士の事だったのですが、フェリックス様にそう言われて、てっきり怒らせたのだと……」
「で、その後の俺の言葉を忘れたってわけか」
あれ?まだその後の言葉があったかしら?
「その後……」
「やっぱり忘れてる。俺はこう言ったのに『だってマーガレットが大好きになったから』」って」
そんな大切な言葉……私、忘れてた?
「そんな事……言われましたっけ?」
「ほら忘れてた。だと思ったよ。本の感想をキラキラした笑顔で俺に話すマーガレットが可愛くて胸がドキドキした。生まれて初めての経験で自分でも戸惑った。だから『騎士が苦手』と言われて焦ったんだ。だが、あの時も随分と勇気を出したのにお前の反応が物凄く薄かったから俺はすっかり自分のやり方が間違っていたんだと思って……相談したんだ」
「きっと私の頭の中は『怒らせた』という意識で一杯で……その後の事を上手く考えられていなかったのだと思います。しかし……相談したとは?」
「俺は幼い頃から近衛になる事ばかり考えていて、女の子が何が好きなのか……とか、どうしたら喜ぶのかとか、全く何もわからなかった。だから相談したんだ、ステファニーに」
「ステファニー様に?」
「あぁ、俺の周りには母以外にそんな事を訊けるような女はステファニーしかいなかった。だから、ステファニーの言う通りに今までしてきたんだが……」
ちょっとだけ嫌な予感がする。
「果たしてどんなアドバイスを?」
「まず……本をプレゼントしたと言ったら怒られた。女の子には花束一択だと」
「だから、お誕生日には花を……」
「お茶会も毎月は多すぎると。だからふた月に一度にしたんだが、何故かその度にステファニーから用を頼まれ……いつの間にかどんどんと間隔が空いていってしまった。お茶会がある前日や前々日に用を頼まれるものだから、お茶会をキャンセルせざるを得なくて」
確かに最初の頃は何度かキャンセルが重なって……段々と三ヶ月に一回、四ヶ月に一回となっていったんだっけ。
「でも……せっかくのお茶会も良く呼び出されていましたね」
「そうなんだ。お茶会の日を黙っていても何故かバレてて。俺が文句を言うと『女の尻を追いかけるな。追われる男になれ』と言われた。なるべくマーガレットに冷たく接する様に……と」
「冷たく……」
フェリックス様はステファニー様のアドバイス通りに振る舞っていたと?私が冷遇されていた理由が朧げながら分かってきた。
「とにかく女性にどう接したら良いのか分からなかったからステファニーの助言を受け入れたのだが、その通りにしてもマーガレットの笑顔は見られない。次第に何が正しくて、何が間違っているのかわからぬまま、考えるのを放棄してしまった」
「なるほど。……つかぬ事をお伺いいたしますが、フェリックス様とステファニー様が何と言われているか、御存知ですか?」
「俺とステファニー?幼馴染だろ?昔から面倒を見ていたから、その延長だ」
「不正解です。二人は『悲劇の運命のお相手』です。お互い想い合っているのに親に決められた婚約者がいるせいで引き裂かれた二人」
そこまで言った私に信じられないと言いたげに目を丸く見開いたフェリックス様に、私は思わず笑ってしまった。
当人が知らないとは……。
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