第27話

『三竦み』と言う言葉が頭をよぎる。あれはカエルとヘビと……あと一つは何だっけ?あ……ナメクジだ。


三人はフェリックス様の言葉を最後に黙り込んだ。

ネイサンが呑気に、


「姉様、意外にモテるね」

と私に耳打ちする。こんな時に何を……と頭を叩きたくなる衝動を抑えた。


沈黙の時間はどうしてこんなに長く感じるのだろう。本当はごく短い時間のくせに。しかしこの空気感……給仕もデザートを運んで良いのか躊躇しているようだ。


ようやくフェリックス様が口を開く。


「王太子殿下が帰国すれば……。いや、とにかくマーガレットと一度ゆっくり話をさせて欲しい。……ダメだろうか?」


最後の問いは私に向けての言葉だった様だ。いつになく自信の無さそうなフェリックス様が別人の様に感じられて私は困惑した。


「マーガレット、お前が全て決めて良い。お前の思うように生きなさい」

父の言葉に、ここまで黙っていた母が口を挟む。


「でも……私はやはり女の幸せに結婚は不可欠だと思っているの。もちろん、それだけが全てではないわ。でも誰かと家庭を築く事、家族を作る事、それを全て放棄するのは……私は反対よ。でも……貴女を大切に思う人を選んでちょうだい」


母はどうもデービス様を推している様だ。フェリックス様の顔が強張る。


「僕も君たち二人には会話が必要だと思っているよ。僕とメグにはたくさん会話する時間があったけど……フェリックス殿は今までその権利を放棄していた様だったから。勿体ない事に」


デービス様は最後までフェリックス様を煽る事を忘れなかった。私はまたフェリックス様が怒り出すのではないかとヒヤヒヤしたが、フェリックス様はまた私の顔を見て、


「君の時間をくれないか?」

と不安げに瞳を揺らしながら私に尋ねてきた。

フェリックス様の顔色が心なしか悪い気がする。そんなフェリックス様に、私はまた胸が苦しくなった。


「では、フェリックス様。一度ゆっくりとお話しましょう。いつに……」

『なさいますか?』の言葉に被せる様に、


「明日からまた忙しくなるんだ。……出来ればこの後二人で話したい」

とフェリックス様が重ねる。


「なら、マーガレットの部屋で二人ゆっくりと話せば良い。……もちろん扉は少し開けておくように」

そう父に言われ、私は頷いた。



フェリックス様には先に部屋で待ってもらう様に伝えると、私はデービス様を見送る。


「今日は送って下さってありがとうございました」


「こちらこそ、夕食までご馳走になっちゃって。凄く美味しかったよ。それじゃあ」


デービス様は扉に手をかけてから、私に振り返る。


「フェリックス殿とゆっくり話すんだよ?せっかく僕が煽ったんだから……って、ちょっと煽り過ぎちゃったかな?」


「え?あれはやはり……わざと?」


「ふふ……どうだろうね?じゃあ!」


デービス様はあやふやな答えのまま笑顔で去って行った。



デービス様を見送り、急いで部屋へと戻る。

フェリックス様は私の部屋の前の廊下に佇んでいた。


「遅くなって申し訳ありません。部屋に入っていただいていて良かったのですが……」


「いや……女性の部屋に主も居ないのに勝手に入るのは……」


先程から、いつもの威張ったフェリックス様とは別人の様で、何だか調子が狂う。


私は改めてフェリックス様に入室を促し、二人で部屋へ入る。

部屋に置いてある小さめの応接セットに案内して、お互い向かい合って座ると、直ぐにメイドがお茶を運んで来た。



「どうぞ」

黙って俯いたままギュッと拳を握りしめて微動だにしないフェリックス様にお茶を勧める。

声をかけて、やっとフェリックス様は私を見た。


「マーガレット。何度も言うが俺は婚約を解消するつもりはない」


「それはお聞きしました。父や母はああ言っておりましたが、私としては侯爵様の決定に従うしかないと……」


「そうじゃない!そうじゃなくて……マーガレットは婚約を解消したいのか?教師になるために?」


私って教師になる為に婚約解消するんだったっけ?いや、違う。フェリックス様が心置きなくステファニー様の専属騎士になる為には、私の自立が必要だと考えたからで……あれ?でもフェリックス様は婚約解消しないと言うし……。少し頭がこんがらがってきた。


「いえ……婚約解消したい……というか、その方がフェリックス様が幸せになると思いまして」


「俺が?幸せ?お前と婚約解消して?そんな事あるわけ……」


「でも、ステファニー様の専属騎士になるには……家庭は邪魔になります。もしかするとご結婚されていて専属騎士になる方もいらっしゃるかもしれませんが……」


「それ!それだよ!何故俺がステファニーの専属騎士にならねばならんのだ?俺は近衛だぞ?主と認めるのは陛下だ。ステファニーを主になど……考えただけで……」

フェリックス様は大袈裟に見えるくらいにしかめっ面になった。


「え?でも皆様噂されていらっしゃいますし……私も直接言われた訳ではありませんが、ステファニー様の口から聞いた事が……」


「ステファニーが?何と?」


「えッと……『フェリックス様がステファニー様が王太子妃になったら、彼女の専属騎士になりたいと言っている』と……」


「俺が?ステファニーに?そんな事、言った事はないが?」


「………へ?でも……」


言ってない?でもあの話は私だけでなく、アイーダ様もステファニー様の取り巻きの方々も聞いているのは間違いない。


「まず、俺はそんな事を思った事も言った事もない」


「でも、私達が婚約した時にも言って……」


「あ、あの時は……。近衛になって王太子妃になったステファニーを守ると約束していたからだ」


「ステファニー様とそうお約束していたのですよね?なら、ステファニー様がそう思われても……」


「いや、だから。それはステファニーとの約束ではなく……クソッ!これはまだ言えないが、とにかく俺が今ステファニーの側に付いている事も、王太子妃になった後、ステファニーを守る事も近衛の仕事の一環だ。それ以上でもそれ以下でもないし、それは専属騎士になる事を意味していない。まず、この事をステファニーに言った事はない」


あまり話は分からないが『専属騎士になる訳ではない』と言う事は分かった。


「でも……フェリックス様はそれで良いのですか?侯爵様が副団長という立場で近衛を辞められないからそう仰られているのでは?」


ステファニー様を想うフェリックス様の気持ちは、それで納得出来るのだろうか?


「近衛騎士となり、王族を守る事が俺の幼い頃からの目標だ。その為にずっと努力して来たのに、何故そんな……」


「だって……フェリックス様とステファニー様は想い合っていらっしゃるのに……」


私が『可哀想だ』と言う前にフェリックス様が大きな声で言った。


「想い合う?誰と誰が?!」


「え?フェリックス様とステファニー様です」


「おい!待て!根本的に間違っている!俺はステファニーなんか好きじゃないぞ?!」


「え???だって……」

今まで何を置いてもステファニー様を優先してきたのに?


「だっても何も……俺がす、す、好きなのは……」

フェリックス様が顔を赤らめて急にモゴモゴし始めた。

まさか!……ステファニー様以外に好きな人でもいるのかしら?

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