第26話

私達が屋敷の門に近づくより先に、フェリックス様がズンズンと肩を怒らせながら、歩いて来た。


「こんばんは、フェリッ……」


「どうしてその男と一緒に居るんだ!!」

私の挨拶とフェリックス様の怒号が交じる。


「まぁ、まぁ、まぁ」

と私とフェリックス様の間に入るデービス様は何故か少しニヤけていた。


「貴様!!気安くマーガレットに近寄るな!!」


「フェリックス様!デービス様は遅くなった私を送って下さっただけです!!」


「まぁ、まぁ、落ち着いて、落ち着いて」


三者三様、好き勝手に喋るものだから、埒が明かない。


すると、屋敷から執事が飛び出して来て


「誰ですか!?屋敷の前で揉めているのは!!」

と私達の顔を見渡し、


「お嬢様……それに、フェリックス様にデービス様まで……何を騒いでいるのですか?」

と呆れた様に言った。


「ごめんなさい」

「騒いですまなかった」

「申し訳ありません」

三人とも執事の呆れ顔に我に返ると、素直に謝罪する。


その後ろから、


「三人共どうしたんだ?」

と父が現れた。


代表して私が、


「今日は図書館からの帰りが遅くなってしまって……デービス様に送っていただいたのですが……」

と話し始めると、フェリックス様が、


「その男に送ってもらわなくともうちの護衛がっ……!」

と言いかけて口を噤んだ。


なるほど。やはり私に見張りがついていた事は言いたくないらしい。


「フム……何やら三人とも話したい事がある様だ。ちょうど良かった。私も少し話したい事があってね。ついでに皆で晩餐を共にしないか?」

と父は自分の口髭を撫でた。


結局、私達は皆で食卓を囲む事となったのだが……


「何か微妙」


「シッ!黙って食べなさい」


「……三角関係って柄じゃないのにね、姉様」

ネイサンと私の小声のやり取り以外は僅かな食器の音が響くだけだ。フェリックス様もデービス様も最初に『美味しいです」と言ったっきり黙ってる。……楽しい晩餐には程遠い。


私は『話しがある』と二人を引き止めた父に『何か話して下さい』と目配せする。


すると父は徐ろにフォークを置いて、


「さて……食事も随分と終盤に近付いて来たね。皆も良く食べてくれて、家の料理長も喜ぶよ。ところで……マーガレット。私に話しておきたい事はないかい?」

と私に尋ねてきた。

私は何の事を父が言っているのか分からず、首を傾げる。


父は続けて、


「教師になりたいのなら、相談してくれたら良かったんじゃないか?」

と私に言った。


「あ…………。報告が遅れて申し訳ありません」


「怒っているわけじゃない。ただ相談されなかった事が寂しくてね。今日王宮で偶々スミス夫人に会ってね。話しを聞いて驚いたよ」


そうか……スミス夫人は現王妃様のマナー講師だった方だ。偶に王妃様とお茶をすると言っていた事を思い出した。


「はい……。今、私はアマリリス様の家庭教師をさせて頂いていますが、教える楽しさというものに目覚めまして……」


『フェリックス様が心置きなく私と婚約解消して、ステファニー様の専属騎士になれる様に』とは流石に両親の前では言いにくい。


「それは……フェリックス殿に相談した?」

そう言う父の目を直視出来ずに視線を逸らす。相談ではなく、一方的に宣言しただけだ。それにフェリックス様は『婚約解消はしない!』と断言していたし。私が何と言って良いのか躊躇っていると、


「きちんと相談されました。お……僕はマーガレットが教師になりたいと言うなら、応援したいと思っています」

とフェリックス様は父を真っ直ぐに見て言った。


父はその言葉に訝しげに目を細めて、


「フェリックス殿。それは……うちの娘とは結婚しない……という事かい?」

と尋ねた。




「とんでもない!僕がマーガレットを手離す事は有り得ません!」

フェリックス様はテーブルの上に置いた手の拳をギュッと握った。


父もその答えが意外だったのか、


「ではどういう事だ?君はマーガレットをどうしたいんだ?」

と尋ねる。

今までのフェリックス様の行いや態度には、父も母も思う所がある筈だ。


「どうって。マーガレットが教師になりたいのならそうすれば良い。だからと言って結婚出来ない事はありません。僕の妻として……教壇に立てば良い」

フェリックス様の言葉にデービス様が口を開く。


「この国で侯爵夫人でありながら教師をしている者など聞いた事がない。女性の社会進出が進んでいる国ならいざ知らず。伯爵はそれを心配しているんだろ?」

フェリックス様はチラリとデービス様を見てからこう言った。


「前例が無いなら作れば良い。ただそれだけだ」


「ふーん……でもそんな二足のわらじみたいな器用な事、メグに出来るかな……」


「メグって呼ぶな。馴れ馴れしい」


二人の間に何やら不穏な空気が漂う。デービス様はそれを何処となく楽しんでいる様だが、フェリックス様はデービス様に心底不快感を抱いている様な顔でそう言った。


「メグはメグだ。メグは君の所有物じゃないよ。それに僕がどう呼ぼうと勝手だろ?君に指図される覚えはない」


「貴様!!子爵のくせに……っ!」


「あ!それそれ。こんな時に身分を振りかざすのはみっともないよ。メグが伯爵令嬢だからって自分の思い通りに出来ると思った?邪険に扱って良い存在だと?」


その言葉にフェリックス様は、


「そんな!!」

と反論しようとするが、父も、


「……うちの娘が冷遇されていたのは事実だと思っているよ。さっき『マーガレットを手離す事はない』と君は言ったが、マーガレットが不幸になるのを見過ごす事は出来ない。これでも父親なんでね」

そう言ってフェリックス様の今までの行いを暗に責めた。


「僕は子爵を継ぐわけではないし、メグを幸せにしてあげる……なんて約束は出来ない。だから結婚を申し込むなんて馬鹿な事はしないが、君よりメグを笑顔に出来る自信はあるよ」


デービス様の言葉に今度は私が目を丸くした。『結婚』?デービス様の口からその言葉が出た事に私は心から驚いていた。確かに一緒に旅をしようとは言われたけれど……。


「平民になるお前にマーガレットを笑顔に出来ると言うのか?!」


「あぁ!君よりね。君はメグの笑顔を最近見たことがあるの?」


デービス様の言葉にフェリックス様が押し黙る。……笑顔。フェリックス様の前で笑顔になったのは、もうずーっと昔の事だ。

しかし、デービス様と父に責められて拳を握りながらも、


「それでも……僕はマーガレットを手離しません。デービス……お前にも渡さない。絶対に」

と声を震わせたフェリックス様に何故か私は胸が苦しくなった。




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