ひよこ鑑定士の話

かもめ7440

第1話


ひよこ鑑定士(以下鑑別師)というのがあるけど、

高収入というのはまず嘘で、

これは「頭なしで一八カ月間もニワトリは生きた」という話に似ている。

資格を取得しても五百万なんてまったく稼げないのが実情らしい。

ただ養鶏が盛んな岡山とか、優秀な人しか派遣されない、

狭き門らしいけど外国での仕事をしたらこれは嘘ではない。

「ニュージーランドが一番儲かる」という情報もある。

また欧米人は手が大きく、アジア人の小さい手の方が作業しやすくて、

効率がいい、という話もあるように、重宝されるらしい。

ところで鑑別師の収入は、基本的には歩合で決まる。

卵用のヒヨコ一羽が約四円、

ブロイラーのヒヨコだとその倍以上の値段になる。

日によって仕分ける羽数は異なる。


日本の鑑別師の中で、鑑別一本で働いているのは二十パーセントほど。

残りの八十パーセントは兼業で生活している。

兼業をしている鑑別師の中には年金を受給していたり、

家族の仕事を手伝っている人も含まれる。

とはいえ、コスパがいいのは昔も今も変わらない。

そのため、必ずしも食べていけない職業というわけではない。

また、鑑別の仕事は平均週四日勤務でお昼には終わるため、

自由な生き方がしやすいといえる。

ただ、『孵化場の都合に合わせて仕事が来る』

という他力本願な職業であり、

早ければ一時間で終わり、

遅くなれば十時間以上、という話もある。


本当に昔は「半年働けば家一軒建つぐらい稼げた」らしいが、

いまは全然そんなことはなく、

ひよこ鑑定士がAIに切り替わる可能性もあるらしい。

またいかにもファンタジーな職業だけれど、

メス以外のオスは殺処分するという現実がある。


害虫・害獣駆除の話よろしく、

きれいごとが通用しない現場というのもある。

研究では卵内一三日目から、生理学的な脳活動を確実に記録し、

雛が痛みを感じる能力が卵内で発達しはじめるのは産卵七日目

(あるいは六日目)以降だとも言われる。


SFよろしくで言えば、生まれて来る子供が何らかの精神疾患ないしは、

先天的な病気を持っているのがいちはやくわかった場合、

流産するのかどうか、という言い方になる。

生きとし生けるものには生まれて来る権利があるが、

この場合、親の都合だけではなく、

生まれてこない方が幸せだと考えられる場合もあり得る。

毎年一.三億羽も殺される。

ちなみにただ処分されるならと、

ソーセージなどに利用することを思いついた人もいるが、

実現には至っていないというニュースがあった。

そもそも肉質がかたく、食用に向いていないらしい。

多くは、爬虫類の餌になるらしい。


普通はそこまではしないのだろうけど、

眺めるというよりは検問するような気持ちであたっているので、

調べてみたら、『冷凍ひよこ』という名前で引っ掛かった。

値段や、個数については語らないが、

爬虫類だけではなく鳥類の食事にもなっているよう―――だ。

そういえば、孵化直前のアヒルの卵を加熱したゆで卵である、

『バロット』というのがあったな、と思い出す。

SNSウケを狙うのなら、おぞましい料理とすべきだろうが、

食文化であり、これだって捨てる神あれば拾う神ありだ。


とはいえ、こういうのを見るにつけ、

バイオ肉というのを推したくなるのが人情だが、

別に嫌がらせで書いているわけではないが、

残念ながら、すべては完璧なバランスの中にある。

そのバランスを崩せばまた違う問題が出て来るに決まっているのだ。

だからしない方がいい、といいたいのではない。

逆だ、今だって好き好んでやっていたわけではない、

奈良公園のように、雄の鶏のテーマパークを作れるわけじゃない、

便利さには弊害があるように、そこには見えない視座が隠れている。


僕だってこいつが「ひよこ豆」や、

「ひよこマシマロ」にでもなったらいいな、と思う。

命というのがもっとファンタジーなシロモノだったらいいのにな、と思う。

でも子供だって大人だって知っているはずだ。

僕等が死ぬということは生きている間があったということであり、

生きている間には何も食べないわけにはいかなかったことを、だ。

命が姿かたちを変えた料理はお伽噺じゃない。

一年間に数度は、そのことをつくづく思い知ることがある。


さて、雛を殺処分する方法として、「袋に入れて窒息死」させたり、

「雛を積み重ねていって圧死」させる方法、

もっとも一般的なのは「粉砕機に入れて処分」する方法だ。

ちなみにスイスやフランスなどでは粉砕機に入れるのを禁止にしているが、

日本ではそもそも殺処分に関して問題提起されることもない。

いや、そもそも、すべてお金に関わって来る問題なのだ。

若かりし頃、パチンコ屋で働いていた折に上司から、

「パチンコ玉をすべてお金と思え」という言葉を思い出す。

お金は歴史上、人を死へと至らせる最高の毒薬である。

ゆえに止められるものではないという企業的な意見も理解しつつ、

ではこのままでいいのかという問題提起は始まるだろうか。


サイコパスな意見をするわけだが、

人というのは「眼の前で蟻を踏む人間」に抵抗を感じても、

「自分の庭に蟻の巣があれば市販の駆除剤を入れる」のを厭わない。


犬や猫を虐待をしている人にみんな目くじらを立てるだろう、

けれど、虐待はまだ見えるだけまだマシな部類だ。

場合によっては救済措置が待っている、

けれど犬や猫のオークションに、劣悪な飼育環境での繁殖は、

捕まらない限り終わることがない。

悪い奴は何処にでもいる、は真理だ。

そしてペットブームを生み出すことで底辺の人間が飼育し、

犬は捨てられる。傍らではきちんとしたブリーダーがいるのに、だ。

こういう話を聞いて動物を食べる、

殺すということに耐えられなくなったという人もいる(はずだ)。

そしてそんな優しい人間の神経を逆撫でるように、

ヴィーガンが肉を食べている人に暴言を吐きまくっている動画がある。

閑話休題。


そういう中で、卵から孵化する前に性別を調べて、

オスであれば孵化させないという手段をとったり、

肉用と卵用を兼ねた卵肉兼用種の飼育や、

卵用のヒヨコのオスを肉用として飼育する、

「アニマルウェルフェア(Animal Welfare)」

みたいな考え方がある。

今後、ひよこ鑑定士の仕事がなくなることは、十分にあり得ると思う。

ただ、なくなってしまうには惜しい仕事だな、というのも率直に感じた。


ひよこ鑑定士は、初生雛鑑別士(ひな鑑別員)ともいい、

養鶏場でニワトリの雛のオス・メスの判別を行う。

ニワトリのほかにも七面鳥やウズラ、アヒルなどの、

鑑別を行うこともあるらしい。

スピードと精度が要求される厳しい仕事で、二秒から四秒程度で次、

もう次という感じで、一時間に千羽以上、向いていないと相当にきつい。

もし興味があったら、工場のベルトコンベアーの作業の動画なんかを、

一度見ておくといいかも知れない。

ちなみに指を使ってひよこの肛門を開き、

オス・メスの生殖突起を確かめる、

雌の方が突起が長いというが見極めるのは素人では不可能である。

“わかったような気がする”を“わかるかも知れない”ではなく、

“わかる”だけではなく“絶対にできる”へと、

ステップアップしなくてはいけない。

口で言うのは簡単だ、努力とか、積み上げていくことというのは、

けして楽しい作業であるわけではない。漫画は一瞬で省略する。

音楽はきれいごとで圧縮する。

ニュースは都合のいい場面だけを切り取る。

そういう「肛門鑑別法」(指頭鑑別法)のほか、

伴性遺伝を応用した羽色によるカラー鑑別法、

ひなの羽毛の伸びの速さの違いを利用した羽毛鑑別法。


ところで、ひよこってピンキリで、一羽百円のもいれば、

ブランド鶏だと一羽数万円するものもある。

時間とノルマと求められてる嫌悪と畏怖とも言い換えられるクオリティで、

きちんと見極められなくては成立しない。

また、鑑別するのは熟練者でも難しい。

そもそも、性別が分かるまで育てるとなると、餌代や施設スペースに、

無駄が生じてしまうので、ひよこ鑑定士という職業が必要なのだが、

プロフェッショナルとして一本立ちするまでには、大変な苦労がある。


なかでも前述した、手順が多い肛門鑑別法は習得が難しく、

これがどれぐらい難しいかというと、はじめたばかりの生徒は、

まずヒヨコを掴むのがやっとで、手の中で暴れる。お尻が上手く開けない。

一か月で何とか固定できるレベルになるらしい。こういうことを習うのが、

「初生雛鑑別師養成所」だ。

この入所試験に合格するには、大きく分けて以下の二つの受験資格があり、

一、満二十五才以下で、高校卒業者もしくは同程度の資格。

二、視力が一.〇以上で身体強健。

受験には願書のほか、戸籍謄本、健康診断書、写真、

最終出身校卒業証明書及び見込み書などが必要だ。

ちなみに視力矯正も可能なので、向いている人であれば年齢など関係ない気はするが、

当時は若い人にじっくり教えたいとか、眼や体力ができるだけある方が、

ということだったのかも知れない。


毎年十二月二十日までに申し込み、試験は翌年二月中旬に行われる。

国家資格ではなく民間資格だが、事実上この資格がないと就職は無理だ。

受験料は入所試験に一万円、初等科受験料が百十三万円、

予備試験料六万六千円円、高等検査料七万五千円。

養成所では「初等科」にて、五ヵ月間の専門的な教育を受ける。

養成所の入所試験の内容自体はそれほど難関ではないらしいが、

採用人数は非常に少なく、入所後にかかる諸費用は二、三百万。

これも上手くいかなければもっとかかる。

訓練内容が専門的すぎて資格取得に至らずに中退してしまう人もいる。

(ちなみにどんなところでも一定数いる、

優等生が劣等生がいる、要領がいい人に要領が悪い人がいる、

「こんなことをするぐらいなら、もっとましな仕事がある」

と考える人もいれば、手に職とかに見切りをつける場合もあるだろう)

そのようにして、養成所での訓練を修了し、さらに研修も終えて、

実際に資格を取得するのは入所者の半数だ。


人によって差があるが、高等考査にパスし、

ひよこ鑑定士になるまでには最低でも一年から二年かかる。

ただ昔の高等考査は厳しくて、三年、四年かかっていたらしい。

合格基準は、卵用種百羽九十九パーセント以上、

肉用種九十七パーセント以上の鑑別率が必要で、

四百羽の鑑別を三十六分以内に終えなければいけない。

勉強よりも鑑別率とスピードが重要。

試験はタイムで落ちるか精度で落ちるかのどちらかで、

人生のかかった試験よろしく、

試験を受ける人達は努力だけではない精神力を試されることになる。

一挙手一投足はらはらしている心臓に悪い場面をイメージするといい、

嵐を見つめる眼、逃げ場を失って追い詰められた眼の色をしている。

真剣さってそういうものだ、公正なんてない、努力とか下積みなんか関係ない、

結果を出さなければいけない時には誰でも出さなくてはいけないのだ。


二〇二一年時点で日本で養成された初生雛鑑別師は約百五十名存在し、

そのうち海外には約六十名、国内で約九十名が鑑別を行っている。

高い精度を追い求める鑑別師たちは、九十八パーセントの精度を求められ、

もしその二パーセントのミスがあれば賠償問題になる。

ヒューマンミスは起こりうるものとはいえ、飛行機事故や、

列車事故、バス事故を起こしても大多数の人は同情さえしてくれない。

命を商売にするのだ、誰にでも相応の覚悟や責任があるだろうと思う。

それでも人は馴れる。

馴れるけれど、忘れるということはできない。

それが心の痛みというものだ。

ちなみに熟練鑑別師が多い日本では、九十九パーセント以上の精度を求められ、

五カ月の講習や、研修、海外派遣、選手権大会などは、

こうした規格外の技術を求められるために存在している。






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