合コンというものは、きっとあなたと縁遠い

合コン、とは合同コンパの略で、男女の出会いを目的とする飲み会のことです。


はい、もちろん知っています。恋とか、彼氏とか、そういうものに疎いわたしでも、合コンの意味はわかります。


だから今、わたしはとても困っています。


「ええと……あの、わたしはやっぱり」


「だから、あまねは絶対参加だって! ずっと彼氏いないんでしょ!」


都内に住む、高校の同級生からの電話。わたしを下の名前で呼ぶめずらしいひとで……面倒見が良い、けれどすこーし……おせっかいなひと。


彼女に合コンに誘われ、というより無理矢理行かされようとしています。


「それは、その、今はいいというか……」


「そんなこと言ってたら行き遅れちゃうよ! あんたももう二十五でしょ? 職場でもいい人いないなら、こういうのでゲットするしかないんだって」


それは全くの正論なのですが……

わたし、彼氏はべつに……ほしくないのです。


愛する神様がいて、わたしの心は満たされています。生活面も不安はありません。

今のままが十分、幸せ。


けれどそれを、どう説明すればいいのでしょう。

彼氏がいなくても、結婚しなくても幸せ。それはふつうの価値観にもなりつつありますが、そういうひとは大抵、仕事や趣味に生きています。そしてそれを公言している。

また、性質として恋愛感情を持たない方もいらっしゃいます。

わたしがそういうひとであったなら、彼女だって無理にわたしを連れ出そうとはしなかったのでしょう。


でも、わたしはそうではないのです。

仕事も趣味もほどほど。恋愛感情も……ないことはないのです。高校時代にきっと、幼い日の初恋なども話したことがあるでしょう。


だから、断るだけの理由がないのです。

なるべく嘘はつきたくないし……神様のことも、軽く口にはできません。


「ううんと……わたしより、もっといい人がいると思います」


どうにか捻り出すと、


「……あたしの周り彼氏持ちばっかなのよ」


スマートフォンごしでもわかる、悲しみの滲む声。

どう返すべきか迷っていると、はあ、とため息が聞こえてきました。


「大学から付き合ってた彼氏に振られて、さ……あたし……早く、次を見つけたいの。そりゃ、いなくったって死ぬわけじゃないけど……寂しいじゃない」


「……そう、ですね」


「だから、ね、人助けだと思ってさ。あまねも、もしいい人いたらラッキーだし」


いい人……は、わかりませんが。断るタイミングも逃してしまいましたし、人数合わせで彼女の役に立てるなら……行ってみても、いいかもしれません。


「他に行ける人がいないのであれば……行きます」


「ありがとう! じゃあ、参加ね。場所と時間メールする、あまねとも会えるの楽しみにしてるから!」


返事をしたとたん、一方的にそう言われて切られました。


……だまされましたかね。


まあ、でも、いいです。彼女が心配してくれているなら、それも無下にできませんし。


送られてきたメールを確認します。

今週の金曜日。場所は渋谷のバー。送られてきたURLを開くと、小洒落た内装と、カラフルなお酒の写真が出てきました。ふだん行かないような、都会っぽいお店です。


……場違いじゃないでしょうか。


なんとなく不安になりますが、約束してしまいましたし……。久しぶりに友達とも会えますし、うん、せっかくなので楽しみましょう。


お店のサイトのメニューを見てみると、きれいな色のお酒が並んでいます。様々な種類に興味深く思ってスクロールしていると、一つのドリンクに目が留まりました。


ほのかに茶色がかった薄緑……神様の目の色と、似てる。


拡大して、もう一度じっと見ました。

やっぱり、似てる、似てます、あなたの瞳に。

長い睫毛にふちどられた、ヘーゼルの、まるい、あの瞳に……


わたしは、どきどきして……息をするのも、忘れてしまいそうでした。


神様の、あなたの瞳を思い出すのは久しぶりなのです。あなたの姿として思い浮かぶのは、いつも、後ろ姿。それか、ふり返った時の、ふわりとなびく髪やスカート。遠くからでもわかるきれいな微笑み。


あなたの瞳の色が、見えるまで近づいたことは……そんなに、ないのです。だって、あなたは神様だから。尊くて、不用意に近づけなかったから。

けれど、あなたは気まぐれに寄って、離れて……。その度に、わたしがどんな思いでいたか、わかりますか。……ああ、きっと、わかるのでしょうね。あなたなら。わたしのこの、途方もないあなたへの愛も、気持ちも、ぜんぶ。


神様に思いを馳せて、心が満たされるのを感じながら。再び、メニュー目を落としました。そっと名前を追います。アラスカ、というカクテル。


頼みましょう、絶対。強いお酒、みたいですけど大丈夫です。……たぶん。


ふあ、とあくびが口からこぼれました。電話をしていたら遅くなってしまったようです。寝ましょう、明日も仕事ですし。


スマートフォンを手近な充電コードにさして、布団にもぐり込みました。五月だというのに、なんだか冷えます。


すでに随分眠たくて、目を閉じました。

神様の夢、見られますかね。

あなたがいなくなってから。……永遠に、なってから。……あなたの夢、一度も見たことがないんです。それまでも夢に見たのは、数えるほどですけど。


夢でもいいから、会いたいです。たとえ目覚めた時に、どんなに虚しくても。……それでも、いいです。もう生きているあなたには二度と……会えないのですから。










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わたしの愛する神様にむけて 千蔭えく @nanohana_yagi

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