うちの子が関わった物語- 「花は枯れても輝きを追い求めて」
冬月加奈
一人で過ごす時間【夜の旅路のフリージア】
夜の静けさが深まる中、小さな足音が軽やかに響き渡る。月明かりに照らされたのは、イヌホオズキの短命種、フリージア。
華奢な身体を薄布の服で包み、頭から垂れ下がる枯れた花が、歩くたびにかすかに揺れている。
彼女は眠る必要がない。それは時に便利だが、それ以上に孤独を伴うものだった。皆が夢の中に逃げ込む時間、フリージアだけが現実の中で彷徨う。
「今日も誰もいないねぇ……」
彼女はぽつりと呟いた。声は軽やかで楽しげだが、その裏に寂しさが滲んでいる。
「まあ、仕方ないか。夜の世界は私だけのものだもんね。」
ふと窓の外を見上げると、満天の星が彼女の瞳に映り込む。
「星っていいよね。咲いてるみたい。いつか私もこんな風に、きれいに咲けたらいいな。」
枯れた花をそっと触りながら呟く。
ふと胸の奥がざわつくのを感じ、彼女は足を止めた。それは過去の記憶が蘇る瞬間。監禁されていた日々、毒を飲まされ、その度に生き延びた痛み。それでもフリージアはその痛みを軽い笑顔で押し隠した。
「でもさ、私がこうして歩けるのも、全部あの過去のおかげなんだよね。強くなったんだから。」
自分に言い聞かせるように笑顔を浮かべる。だが、その瞳には影が差していた。
彼女はまた一歩を踏み出す。夜の車両は冷たいが、フリージアにとっては居心地のいい自由な場所だ。帽子のつばを押さえながら、彼女はふわりと踊るように歩き出す。
「さあ、次はどこに行こうかな。誰か新しい人に会えたらいいな。いろんな話を聞けるかな。」
彼女の声はどこまでも明るい。しかしその言葉の中には、誰にも触れられない孤独と、自由を手に入れた代償への深い理解が秘められている。
花を隠す帽子を少しだけ揺らし、フリージアの背を押す夜風。そして彼女は夜の闇の中へと、再び足音を刻んでいった。
車両の中は夜の静けさに包まれ、車輪の微かな振動が心地よいリズムを刻む。フリージアは狭い通路を歩きながら、ぽつりぽつりと独り言を漏らしていた。
「これ、何の音やろ?がたこと?それとも…風かな?」
通路の端に置かれた古いトランクに目が留まると、彼女は足を止め、小さな声で続けた。
「おっきいトランクだぁ…中には何が入ってるのだろ。宝物?それとも服がぎっしり詰まってるとか?」
一歩、また一歩と歩きながら、何か思いつくたびに小声でしゃべる。まるで誰かに話しかけるように。
それでも確かに、誰もいない。
ただ彼女の声だけが車両の中で反響している。
ふと窓際に目を向ける。窓の外には漆黒の闇が広がり、時折小さな明かりが一瞬で流れていく。
「あの光、どこ行くのかなぁ。消えるわけちゃうけど、どっかで止まるんかな…私みたいに。」
彼女は立ち止まり、自分の胸を軽く叩いて笑った。
「なーんて、ちょっと考えすぎかな。私、歩いてるだけやし。ほら、ちゃんと前見て行かな。」
独り言を繰り返しながら、フリージアはまた歩き出す。足音と振動の音が静寂の中で小さく混ざり合う。
窓ガラスに映る自分の姿を眺めながら、ふと過去の旅路に思いを馳せる。
「私さ、これからもみんなと一緒に、もっといろんな思い出作れるかな。ううん、作れるよね。もっと楽しいこと、いっぱい待ってるはずやもん!」
フリージアの言葉は夜の列車に響き、彼女の姿は再び静寂の闇に溶け込んでいった。
うちの子が関わった物語- 「花は枯れても輝きを追い求めて」 冬月加奈 @huyutuki_kana
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