対戦車地雷女

オニキ ヨウ

対戦車地雷女

「ほっぺたのアザ、彼氏に殴られたの」


気まずげにミユリは言った。



人声のうるさいマクドナルド。

昼下がり。

場所は渋谷。



私とサツキは顔を見合わせる。


「ミユリが殴られた……?」

「DVを受けたってこと?」

「そうみたい」

「そうみたいって……!」

「どうして人ごとなの?」

「ミユリは殴られたんだよ!?」



慌てる私たちを交互に見るミユリ。

穏やかな微笑みを崩さない。



頰の傷ばかりが痛々しく腫れ上がっている。




ああ、私の方が泣きそうだ。

大切な幼なじみが殴られたなんて……。




「原因は何?」

私がしゃべれないのを察して、サツキが聞いてくれる。



「なんで殴られたの?」



「ミユの今月の稼ぎが少なかったから」

ミユリは言う。


「彼氏のルキくんは駆け出しのホストでお金がないの。俺と一緒にいたいなら、ちゃんと稼いでこいって殴られた」

ミユリは悲しげに微笑む。



「ミユのカラダで、もっと稼がなきゃ……」



だめだよ! と私は怒鳴る。


「どうしてそんな男と付き合ってるの? 別れなよ!」

「別れるなんてできないよ……」

「自分を傷つける人と一緒にいちゃダメ!」



「自分を傷つける人? それってミユのこと?」

ミユリの目から涙が溢れる。



「別れた方がいいのは、ミユリがルキくんを傷つけるから?」



何を言っているのよ、この子は……。



「彼氏のことだよ。私たちは、ミユリのことを傷つける人と付き合ってほしくない」

「ミユもルキくんを傷つけてる。お前のせいで俺は傷ついたってよく言われるよ」

「それはミユリの罪悪感を刺激するための、身勝手な言い分だよ」

「ルキくんは傷ついてるよ」

「傷ついてなんかいないよ」



「傷ついてるよ! 本当だよ!」

ミユリは声を荒げる。



「ミユのせいなの! 全部ミユが悪いの!」

「そんなことない! 悪いのは彼氏だよ!」



「違うよ! ミユのせいで、ルキくんの肋骨ろっこつ大腿骨だいたいこつ、折れてるの!」



マックシェイクを飲んでいたサツキが盛大に鼻と口から吹き出す。



鎖骨さこつ股関節こかんせつひざの皿にもヒビ入ってるの!」


「嘘でしょ?」


「本当だよ! 内臓もいくつかやってる!」

ミユリはぷんぷん怒りながら続ける。



「ルキくんが手をあげると、ミユ、反射的に見えないカウンター撃っちゃうの。それも本人が痛みを感じないまま、内部からむしばんでいくやつ」

「あんたケンシロウか何かか?」


「ルキくん、体調不良でずっと仕事休んでる。ミユのせいで……」


ミユリがウッと涙をこらえる。



「時期に体中の骨という骨が一斉に砕けて、入院どころじゃ済まなくなる……」


「そこは泣けよ」



ミユリの頬は、いつのまにか腫れが引いている。



殴られた跡がもうない。


超人的な回復力と攻撃力。



ピンク色のフリフリワンピースを身にまとったミユリから、立ち昇る青と黄色の波動。



華奢な体のどこにそんな力があるのか。


ごうじゅうで返しているのか。



「ミユ、カラダで稼いでるでしょ?」

ミユリは頬杖をつく。



「池袋の地下ファイトクラブで……」

「アングラ格闘技まだやってたの?」

「防衛戦があるから……」

「チャンピオンかよ」


「リングを去るときは、ルキくんと結婚するときだから」

ミユリはうっとりと宙を仰ぐ。



そのルキくんは、時期に体中の骨という骨が一斉に砕けて、入院どころじゃ済まなくなる。


どうしてこんな女と付き合ってるんだろう、彼氏は。


半殺しにされながらも強い態度に出られるのがすごい。



ありのままの感想を伝えると、ミユリは頬を赤く染めた(生理現象で)。



「ルキくんって男らしいの。ミユがファイトクラブのチャンピオンだと分かっても戦闘姿勢を崩さない。挑戦者を完膚かんぷなきまでに叩きのめし、名前を聞いただけで震え上がらせるミユの冷酷非道れいこくひどうな拳に、駑馬十駕どばじゅうがの努力で挑んでくるの。ミユはそんな彼の、戦う男の本能にときめいているんだ」


「殴り合いの話になると言葉巧みになるのなんで?」


「ミユは、ルキくんが好き。ずっと一緒にいたい。いつかミユを組み伏せて、1ラウンドでも勝ち取って欲しい。今回の殴打は希望だよ。ルキくんがチャンピオンベルトを引っぺがしてくれるって信じてる」


「彼氏、ホストだろ?」


「そして、ありがとうって言いたい」


「何も聞こえてねぇ」


「ありがとうの気持ちを込めて、リングの上にシャンパンタワーを立てて、彼のラストソングを聴くのが夢」


「ファイトクラブにホストクラブ引っ張ってくるんだ」



「だから、頑張らなくちゃいけないの!」

ガタッとミユリが音を立てて席を立つ。



私とサツキは瞬時に壁の角へ隠れる。



ミユリは長いまつ毛を伏せてにっこり笑うと小さなリュックサックを背負った。



「二人とも、話聞いてくれてありがとう。そろそろお仕事だから、行くね!」


「防衛するんだ……」


「うん! 二度とリングに立てなくしてくる!」


パタパタとドレスのすそをはためかせて、ミユリは雑踏へ消える。




私たちは人命救助のため、ミユリと彼氏が同棲する家へ向かった。

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