第一話

冬の朝、黎は冷えた空気の中目を覚ました。

薄暗い家の中、戸の隙間から差し込む僅かな光が、床に敷かれた古い藁の上に静かに落ちていた。


外からは、村の男たちが準備をする低い声が聞こえてくる。それは黎の胸に重くのしかかり、彼の心を締め付けた。


(今日か…。)


14の黎にとって、自分が村の人々のために「捧げられる」存在であることは十分に理解していた。


家の中は冷たく、薄暗い。朝の陽射しが白くぼんやりと滲むように差し込んでいるが、心を温めるにはほど遠い。黎は肩にかけた薄い布をぎゅっと握りしめた。

その手は冷たく、震えている。


「おい。」


祠の扉が静かに開き、顔を覗かせたのは長だった。

その顔には優しさはなく、ただ義務感だけが見え隠れしていた。


「準備をしろ。もうすぐここを発つ。」


短い言葉に、黎は小さく頷くだけだった。

もうとっくに4年前から覚悟はできていた。何を言っても誰も手を差し伸べてくれない。そんなこともとっくにわかっていた。


長が去った後、黎はゆっくりと布を畳んだ。

手は震え、胸の奥では鼓動が痛いほど響いている。


前回、生贄を捧げた時のことを思い出す。前回は確か、14の幼女だった。



戸の外に出ると、冷たい風が顔を刺した。夜の間に雪が降ったらしく、地面はうっすらと白く覆われている。黎の小さな足跡が雪に刻まれるたび、その冷たさが薄い履物越しに伝わってきた。


村の祠の前には村人たちが集まっていた。全員が松明や供え物を手に持ち、険しい表情をしている。彼らの視線が一斉に黎に向けられた瞬間、胸の中が凍りつくようだった。


「さあ、行くぞ。」


村の長老が静かに声をかけた。彼の目は黎を見ていない「生贄」としてしか見ていなかった。



男たちは担いでいた駕籠を降ろし、入れ。と言う。俺はその中に足を入れ、体を入れる。駕籠で揺られながら山へと続く道を進み始める。


右手にはあの布を握りしめながら、刻々と近づく自分の死に急に虚しくなり涙が頬を伝った。

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冥狐ノ契り 如月 月華 @monaka211113

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